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店長から「今日は店空いてるから外で食べてきてもいいよ」と言われ、アサはお言葉に甘えて、持参した弁当を手にお昼休憩に出た。
晴れている日は、外で食べたくなるのは自分だけだろうか。そんなことを思いながら少し歩くと、子どもたちの元気な声が聞こえ、それは近くの公園から聞こえることに気づいた。その小さな公園のベンチが運良く空いていたため、アサはそこに座り、弁当を食べることにした。
公園の中央では小さな子どもたちがボールで遊んでおり、その近くには、子どもたちを見守りながら談笑している数人の母親。そして、さらに遠くからそれを眺める、一人の父親らしき男性がいた。彼の視線の先には、周りの子どもと元気に遊ぶ五歳くらいの女の子。きっと彼の子どもなのだろう。近くで楽しそうに話している母親たちには混ざらず、木陰でしゃがみながら頬杖をついてぼんやりと眺めている。
そんな風景を、アサはさらに遠くのベンチから眺めながらミニトマトを口に運ぶと、子どもたちが遊んでいた青いボールが、アサの方に転がってきた。
「あーっ、えまちゃん下手っぴ!」
「なんでそんなこと言うのぉ!」
「こらこらちょっと、仲良くしてちょうだい」
喧嘩になりそうな子どもを母親たちが慌てて宥める中、父親は転がってきたボールを追いかけて駆け足でこちらに向かってきた。アサがボールを拾って手渡すと、「すいません、どうも」と頭を下げて、彼は子どもたちの方を振り返った。そして、まだムスッとしている子どもを必死に宥める母親たちを見て、小さな溜め息をついた。
その表情には、疲れが迷いが浮かんでいるように、アサには見えた。
「行かないんですか?」
「あぁ、いや、まだ遊べる雰囲気じゃないかなって」
「……そっか。お子さんに声かけなくていいんですか?」
「はは……僕が何か言っても、聞いてくれないですよ」
乾いた笑いをこぼした父親は、彼の体に対して小さいボールを両手に抱えながら、ゆっくりと元の木陰に歩いていった。
アサは食べ終わった弁当をしまい、まだ揉めている親子を横目に、職場へと戻った。
その日はずっと、仕事中もあの光景が頭から離れなかった。泣き出しそうな子ども、焦る母親、立ち止まった父親の表情、転がってくるボール……。
「アサちゃん、お昼になんかあった?」
アサの心の揺れは、店長にまで伝わってしまった。
「休憩から戻ってきてずっとぼーっとしてる」
「すいません……店長、ボールってどこに売ってますかね」
「ボール? って、あの丸いやつ? 何用かにもよるけど……安いおもちゃなら、トイショップとかにいっぱいあるんじゃない?」
「なるほど」
あの青くて丸いボールが、頭の中をずっと転がっている。昔、教育番組でボールが転がるだけの映像が流れており、アサはそれを見るのが好きだった。軽いビニール素材のボールが跳ねる音、ボールが二つに増えた時の不規則で軽快なリズム。転がる場所によって、その音はどんどん変わる。さっきの公園で、砂の地面を転がってこちらに向かってくる青いボールの映像が、アサの頭の中で無限に再生されている。
どこか一点を見つめて険しい顔をしているアサを怪訝そうに眺めていた店長は、店の外に客が見えたのに気づき、パンパンと手を叩いた。
「なんかよくわかんないけど、ボール買って仕事に集中できるようになるなら、今日上がった後にでも早く買ってきて」
「わかりました」
アサは自分に喝を入れるべく、頬を軽く叩いてから仕事に戻った。
仕事が終わると、アサは最寄りのバス停からいつもは乗らないバスに乗って、ボールの為に数分揺られてみた。そして交差点の角に佇む小さなトイショップに入る。
どこか懐かしい匂いのする店内で、細いネットに包まれた青いボールを見つけ、アサは立ち止まった。その隣には、同じようにネットに入ったピンクのボール。数秒その場に留まり、アサは結局ピンクのボールを手に取ってレジへ向かう。いい歳をした女性がおもちゃのボールを買うのが珍しかったのか、店員は少し目を見開いた。しかし光沢のあるピンク色をしたボールはすぐにアサの手に渡り、それを両手で抱えながら、アサはまたバスに乗り込んだ。




