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大学が全休の日、私はいつものように完全防備をして、街に出た。今日は人気カフェチェーンの新作フラッペを絶対に飲むと決めていた。今日のために撮影の予定を立て直すほど、私はそこのカフェの新作は毎回欠かさず購入している。今日はその発売初日だ。
いい秋晴れの中、散歩をしながらそこまで向かう。人は多いけど、ここまで隠していればバレることもない。のんびりと一人で歩く時間が意外と好きだったりする。
店に着くと、今日は新作の発売初日だからかそこそこ混んでいた。列に並ぶと、目の前に並んで立っている女性の後ろ姿に見覚えがあることに気づく。肩につかない長さの内巻きボブ、小柄な身長、そして何より、あの日見たピンクのチュニックワンピース。
「……あ」
思わず声が出てしまい、後悔した時にはもう遅かった。目の前の彼女はくるっと振り向き、私と目が合うとぱあっと笑顔になった。
「あの時のお姉さん。こんにちは、このワンピース、デニムの上から着てみたんですけど、こういうことで合ってますかね?」
「はい、合ってます……お似合いです」
「ほんとですか?ありがとうございます」
彼女の笑顔には嘘がない。まっさらで、まっすぐだ。
「偶然ですね、お姉さんも新作フラッペを買いに来たんですか?」
「そうですね……あの、私成田です」
彼女が私のことをお姉さんと呼ぶのがなんだかむず痒くて、気付いたら名乗っていた。普段なら、そんなことはありえない。それでも彼女は顔色一つ変えず、ワンピースをふわふわさせながら楽しそうに話す。
「私は朝倉明咲です。成田さん、この後なにかご予定あります?」
「いや、特に無いですけど……」
「じゃあ座ってゆっくり飲んでいきません?」
誰かに誘われることは数え切れないほどあったけど、自然と頷いていたのは初めてだった。
「でも、朝倉さんそれ着てるってことは、この後お出かけするんじゃ……」
「そうなんですけど、まだ全然時間あるので大丈夫です。成田さんと、フラッペの感想を共有したくて」
あぁ、今までそんな魅力的な誘いがあっただろうか。私は彼女に言われるがまま、注文したフラッペを手に奥の二人がけのテーブルに向かい合って座っていた。
今季の新作は、キャラメルナッツ&クリームフラッペ。すごく甘そうだが、甘党の私からしたらかなり惹かれる商品。
「いただきます」
軽く混ぜて一口吸うと、甘いキャラメルソースと同時に、エスプレッソのほろ苦い香りが口の中に広がり、思わず目を見開く。なんだこれ、美味しい。甘さと苦さを、ミルククリームがまろやかに包み込み、色んな大きさのクラッシュナッツの食感が、口に入れる度に楽しい。名前の甘さと味の大人っぽさのギャップに、喋るのも忘れて夢中で飲み進めた。
ふと思い出したように目の前に座るアサを見ると、ストローを咥えたまま私のことを見つめ、目が合うとふっと微笑んだ。
「成田さん、飲むの速いですね」
「あっ、すいません、美味しくてつい」
「全然いいんです。美味しいですね、これ。もっと甘いかと思ったのに」
「そう! 本当にそうなんです、名前とのギャップにやられました。甘党なんで甘いのも大好きなんですけど、エスプレッソの苦味がより癖になるというか……」
そこまで一息に言って、またハッと我に返る。いけない、この人といると、余計に自分が分からなくなる。いつもこんなに早口になることも、無言になることも無いのに。
いや、もしかしてこれが私の素なのか?
「見た目も名前も甘そうだと、甘いんだろうなって予想しちゃいますよね」
「……はい」
「でも本当に甘いかどうかは、飲んでみないと分からない」
「そう、ですね」
「飲んでみて、予想と違ってガッカリする人もいると思うけど……このギャップを楽しめるって、なんかラッキーだと思いません?」
「ラッキー……か」
ラッキーとかいう言葉、久々に耳にした。ハッピーとかラッキーとか、能天気で何も考えていなそうな言葉はあまり好きじゃなくて、口にすることを避けていた。でも、この人が「ラッキー」と言うと、まるでそれが本当かのように、彼女とその周りを包む空気が温かくなったような気がした。
「大衆受けじゃなくて、ラッキーを感じられる人向け?っていうのかな。中身を知ってガッカリした人は、もうきっと飲まないだろうけど、私はこのフラッペが存在し続ける限り、またこれを飲みます」
そう言って、アサはまた嬉しそうにストローを咥えた。私はおもむろにスマホを取りだし、自分のSNSアカウントを開いて彼女の前に突き出した。
「私、成田ゆずっていいます。インフルエンサーとして活動してます」
「へぇ、そっか」
「……え、それだけ?」
「え?あ、すみません、私そういうのに疎くて、全然知らなくて。インフルエンサーって、芸能人ってことですか?」
まっすぐな目でそう聞いてくる彼女が、私は好きだと思った。
「……アサちゃん」
「……なぁに、ゆずちゃん」
「私と友達になりませんか」




