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ダメなことを普通にできる人って、どうかしてる。そう思って生きてきた。
教師である両親の間に一人っ子として生まれた私は、幼い頃から厳しくも甘やかされ生きてきた。やりたいと言った習い事は全部やらせて貰えたし、服や音楽の趣味にも口出しされたことは無い。
ただ、“常識”という言葉を常に言い聞かせられてきた。常識を持って、礼儀正しく生きなさい。そうすれば、大抵のことは上手くいくから。そう教わって、確かにその通りだなって、十八年間生きてきて思う。校則を破ったり、先生に口答えしたり、勉強をサボって成績が落ちたり。みんな、ダメだと分かることをやって、それ相応の結果が返ってくる。だからちゃんとすれば、大変なことにはならない。困らないし、悩まなくていい。人間関係だって同じ。
そう、思ってた。
高二の冬、私は体調を崩して満足にテスト勉強が出来なかった。今まで学年で一桁の順位を死守してきたのに、ここでそれが崩れることが怖かった。『莉佳子、テストの日学校来れそう?』という友達からのメッセージに布団の中で『絶対行く』と返信し、高熱が微熱になった瞬間から、朦朧とする頭を働かせながら勉強した。
そんな必死の努力は報われず、順位は学年で真ん中くらいには留まれたものの、一番苦手とする数学の点数がギリギリで赤点になってしまった。
目の前が真っ暗になった気がした。赤点なんて、今まで遊び呆けてきた人が取るものだと思っていたのに、赤いペンで点数が書かれた解答用紙が、自分の手に回ってきた。そんなことは初めてで、焦りと不安でどうにかなりそうだった。
魂が抜けた状態で帰宅し、「テストどうだった?」と聞いてくる親には「及第点だった」と必死に笑顔を作って返せば、親はどこか安心したように「まぁ体調悪かったもんね、仕方ない」と言ってくれた。私は、初めて親に嘘をついた。
次の日の数学の授業でも、真面目に聞こうとすればするほど、数式は頭に入ってこない。教科書の文字が全て呪文に見え、そのページを睨みつけながら混乱している時に、私の名前が呼ばれた。
「ここの問題、答えは何でしょう」
「あ、え、えっと……」
まずい、何もわからない。こんなこと今まで無かった。手汗が止まらない、どうしよう、どうしよう。
「…………わかりません」
「そうですか。では次の人……」
結局何も答えられず、私の番は飛ばされた。それがまた、強い不安を煽った。みんなの視線が怖い、先生の視線が怖い。どう思われたかな、バカだって思われたかな。これから友達と距離置かれたらどうしよう、クラスで仲間はずれにされたらどうしよう、親にも、バレたらどうしよう……。
ぐるぐると考えて込んでいたらいつの間にか授業が終わっていて、「須田さん」と自分を呼ぶ声がすぐ側から聞こえた。横を見上げると、数学教師の立花先生が心配そうに立っていた。
「大丈夫ですか?具合悪い?」
「いえ、大丈夫です」
「そう……今日の放課後、ちょっと職員室来れますか」
「……え?」
「少し話したいことがあって」
「……わかりました」
今度こそ、目の前が真っ暗になった。呼び出しなんて、生きてきて初めてされた。感じたことの無い絶望感だった。私が授業で答えられていればこんなことには、いや、テストで赤点を取らなければ、いやその前に、体調を崩さなければ……。
「莉佳子、今日なんか顔色悪いよ? 大丈夫?」
「え、そんなことないよ、全然大丈夫」
「ほんとー? 無理しないで保健室行ってね」
「うん、ありがと」
体調を心配してくれる友達にも本当のことが言えず、みんなに嘘をついているような気持ちになって苦しかった。




