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二度目のアラームを止め、アサはようやく体を起こした。寝癖のついた髪が、肩の上でぴょんぴょんと揺れている。まだ開ききっていない両目を擦りながら、ベッドから抜け出しカーテンを開ける。遠くで顔を出しかけている太陽を見つけ、そんなことが、アサの気分を少しだけ上げた。
「今日はいい天気だぁ」
部屋の植物に水をやり、歯を磨いて顔を洗う。そしてようやく、朝ごはんの時間である。
炊きたての白米を茶碗によそい、昨日作った味噌汁が温まるのを待つ。沸騰する前に火を止めて、梅干しときゅうりの漬物、ご飯と味噌汁を並べたら、朝食の用意は整った。アサは一つ呼吸を置いてから、静かに両手を合わせた。
「いただきます」
四月の朝はまだ少し冷える。この時期の花屋は、小さい店とはいえ地域の人にとっては欠かせない存在であり、このような繁忙期には通常より早く出勤して準備をしなければならない。でも、アサはこの通勤時間が好きだった。人の少ない道をのんびり歩きながら、鳥の鳴く声や町が起き始めた音を聴き、風に揺れる桜の木を見上げ、たまに鼻歌を歌う。天気がいい日は、こんなにも気分がいい。
裏口から店に入ると、店長は既に出勤していて、予約されていたブーケを整えていた。
「おはようございます」
「アサちゃん、おはよう。準備できたらこれ手伝って」
「わかりました」
アサはいつも通り、小さな花屋を開けるための準備を始めた。
客足が落ち着いてきた頃、アサが腰に手を当てて息を吐いていると、カランと入口のベルが鳴り、大学生くらいだろうか、若い男性が一人で店に入ってきた。
「いらっしゃいませ」
背が高く明るい茶髪をした彼を、アサは見たことがなかった。とは言っても、アサはこの町に来てまだ数年しか経っておらず、町の人全員を把握しているわけでは当然ない。しかし、こんなにいかにも都会人っぽい見た目をした人は、一度あったら忘れるはずがないと思ったのだ。
彼は店内の花を少し見渡した後、アサに声をかけてきた。
「すいません、お見舞い用の花が欲しくて」
「お見舞い用ですね。どんな色がいいとか、雰囲気のご希望はございますか?」
「……これがいいんですけど」
彼が指さしたのは、近くにあった赤のチューリップ。迷った様子もなく、男性はまっすぐそのチューリップを見つめていた。
「かしこまりました。ブーケやアレンジメントなど、何かご希望ございますか?」
「えっと、よく見る花束みたいな感じでできたりしますか」
「もちろんです」
アサは赤いチューリップを数本手に取り、ピンク色の紙で包んで丁寧にブーケを作った。その様子を、男性は黙ったままじっと見つめている。アサは視線を感じることに少し緊張しながらも、チューリップのブーケを完成させた。
「こんな感じでいかがでしょうか」
「うん、いいですね、ありがとうございます」
「では料金こちらです」
支払いを済ませ、ブーケを受け取った男性は、少しはにかんで店を出ていった。恥ずかしそうな、自信のないようなその表情は、見た目の明るさからは少しギャップを感じた。
その一幕を見ていた店長は、男性が店を出た後、そっと顔を寄せて聞いてきた。
「赤いチューリップの花言葉って何だっけ」
「“真実の愛”とか“愛の告白”とかですね」
「だよね。お見舞い用って言ってなかった?」
「言ってました」
「ピンクとか白ならわかるけど、お見舞いに赤のチューリップって珍しいなと思ってさ。恋人にあげるのかな」
「……それよりもっと、遠くて近い人かもしれないですね」
店長は、心底その言葉の意味が理解できないといった表情で首を傾げる。
アサは、男性が出ていった店の外を眺めていた。
「花言葉は、一つじゃないですから」
初めまして、あひるのひるね です。
この度はお読み頂きありがとうございます。




