08 盗賊
持ち帰った薪を家の裏手に積み上げて家の中に入るとエレナとフレアが台所で夕食の準備をしていた。
「フレア、帰ってたのか」
「あ、兄ちゃん。お帰り~」
「薪割りご苦労さん、オリオン。今、ウルトがお湯を用意してるから汗拭いちゃいなさい」
「ウルトが? 魔法でお湯が作れるようになったかな?」
家の隅にある小さな個室は床が滑らかな石造りになっていて、洗濯や水浴びが出来る洗い場になっていた。
オリオンが手拭いを持って洗い場に向かうと大きなタライを前にして唸っているウルトがいた。
上手く適温のお湯が出せないのか、床は水で濡れているがタライの中は空のままだった。
「何だよ、まだお湯用意出来てないじゃないか」
「あ、兄ちゃん。う~ん、温かいお湯を出すのって難しいんだよ。水なら簡単なのになぁ……『熱球』『熱球』」
ウルトが何度か試してみるがタライの中に貯まった水から湯気は立っておらず、オリオンが手を入れてみても。
「う~ん、ちょっと温いくらい? 修行が足りないな、ウルト」
「ダ~メだ。頭クラクラしてきた」
「魔法の使い過ぎだな。仕方ない、この温い水で我慢するか」
オリオンとウルトが汗を拭っていると農場帰りのオルフが洗い場に顔を出した。
「父さん。お帰り」
「お帰り、父ちゃん」
「おう、ただいま。お湯残ってるか? 父さんも使いたいんだが」
「残念、最初っから温い水だよ」
「ふ~ん、まぁ冷水よりマシか」
オルフは二人が拭き終えるのを大人しく外で待つ。男三人が入れるほど洗い場は広くないのだ。
その後二人と入れ違いでオルフが洗い場へと入り、サッパリとしたオリオンとウルトの鼻に食欲を誘う良い匂いが漂ってきた。
「あ~腹減った。魔法をたくさん使うと腹減るんだよなぁ」
「そんなのウルトだけだろ。魔力の消費と空腹には何の関係もないぞ」
「そんな事ないよ、腹一杯になれば元気が出てきて魔力も何となく回復してる気がするもん」
「……まぁその辺は人によりけり、なのかな?」
食卓では出来上がった料理をフレアが並べている。
「フレアフレア、肉団子もう一個乗っけて」
「ダ~メ。一人二個まで」
「じゃあ、そこの一番大きいヤツを乗っけて」
「ダ~メ。これは私の分だから」
「ズッルゥ! もしかして、わざと大きいのを作ったの」
「えへへ、その為にお手伝いしたんだもん!」
ウルトとフレアが夕食の量を巡って喧嘩になりかけると、オリオンは街で買った土産の菓子を取り出し二人の注意を引いた。
「夕食前に喧嘩するような奴には、この美味しい菓子はやれないなぁ」
「菓子ぃ!」
「やった! 仲良くしま~す!」
些細な喧嘩などいつもは放置するのだが、お互いにヒートアップし過ぎて食卓を荒らすような事になれば、またエレナの機嫌が悪くなる。折角の楽しい食事の時間を台無しにしない為に、兄はささやかな苦労を被るのだ。
そうこうしている間に土汚れを落としたオルフが食卓の席に着き、全員が席に着くと食事が始まった。
街までの出来事やハーベルの市場で見掛けた品物などオリオンの土産話を聞きながら、和やかな雰囲気で夕食を取っているとオルフがフェルネンの伝言を思い出した。
「そういえばオリオン。明日の午前中に自警団詰所に来てくれとフェルネンが言っていたな」
「うん? 何だろ」
「さてな。少し表情が険しかったからあまり良い話では無さそうだが……」
「兄ちゃん、何か悪さしたの?」
「あはは、ウルトじゃあるまいし」
「フレアに言われたくないよ!」
「何よぉ!」
「はいはい、食事中に騒がないの! あっちで土産の菓子でも食べてなさい」
エレナが二人を移動させ、残った三人で再び話し始めた。
「詰所に集合って事は何か荒事かしらね。もしかしてロイ様から何か言われたのかしら」
「かもしれんなぁ。自警団だけに召集をかけたのなら、そんなに切羽詰まった状況では無いって感じか」
オルフの言うように、もしも村に重大な危機が迫っているのならフェルネンは村の大人を全員集めている筈。そうせずに自警団員だけを集めたという事は、まだそこまで大事になっていないか或いは全く別の用事なのだろう。
「まぁ何にせよ、慌てる事のないようにな。俺の取り越し苦労であればいいんだが……」
◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️
翌日、オリオンは村の自警団詰所に足を運んだ。詰所は正門近くに建てられた小屋で、自警団員が仮眠を取る為のベッドの他に、ロープや木材など雑多な荷物が置かれた休憩所兼物置きみたいな場所だ。
オリオンが到着してからもぞくぞくと人が集まり、最後にフェルネンが詰所に入ってきた。
「皆、おはよう。全員集まっているかな」
フェルネンが集まった顔触れを確認し、話しを切り出した。
「皆も知っているだろうが、昨日ハーベルの街からロイ様がお越しになった。その際、ロイ様から重大な情報を知らされた。隣領の話ではあるが幾つもの村が盗賊団に襲われて、相当な被害を出しているそうだ」
「盗賊団が……」
「それなら、領兵が動くんじゃ……」
「被害が大きいって事なら、大規模な集団なのか?」
集まった自警団員から様々な呟きが飛び、少しざわつき始めるとフェルネンが声量を上げて話しを続けた。
「まだ続きがある。その盗賊団は討伐にきた隣領の領軍を返り討ちにしたそうだ」
フェルネンの言葉により一層、周囲が動揺しざわめいた。
「フェルネン。その盗賊団は本当にただの盗賊なのか? 擬装した隣国の兵団じゃないのか」
団員の一人がフェルネンに疑問を投げ掛けた。盗賊の規模にもよるが鍛えられた領軍の部隊が返り討ちにあうなど普通、考えられない。団員の言う通り、どこぞの敵対する国からの干渉を疑うのも無理はない。
「盗賊の正体に関してはまだ分からない。ただわずかな生存者の証言によると、盗賊を率いていた男は巨大な蜘蛛の魔物を使役していたらしい」
「魔物を使役?」
「従魔士か……」
「だとすると、元冒険者なのか」
魔物を意のまま操る術を持つ者を従魔士という。確かに魔物の力を使えば、領軍の部隊を返り討ちにする事は可能だろう。
基本的に王候貴族は従魔士を自軍の兵として組み込もうとはしない。従魔士の能力が有用なのは理解しているが、魔物という存在を忌避する傾向が強く積極的に雇い入れようとはしないのだ。
ゆえに従魔士のほとんどが民間の傭兵か冒険者として活躍している。今回、盗賊団を率いているのが従魔士ならば正体は傭兵か元冒険者だと想像がつくわけだ。
そしてどちらの場合にせよ、傭兵ギルドや冒険者ギルドの本部に問い合わせれば盗賊団の素性が判明する可能性は高い。と言うのも従魔士が使役出来る魔物の種類というのは術者本人との相性が深く関わっていて、獣系、鳥系、亜人系などほぼ一つの系統しか使役出来ないのだ。
巨大な蜘蛛を使役していたという事は盗賊団を率いているリーダーは虫系の従魔士という事になり、その情報も素性を探るヒントとなる。
「まだこちらに来るとは限らないが、とにかく皆にはいつも以上に警戒して見回りをしてもらいたい。何か異変があればどんな些細な事でも報告を上げてくれ」
フェルネンが話しを締めくくり、一同は厳しい顔で頷き返した。




