06 ハウンドウルフ
街中に朝靄が立ち込める早朝、オリオン達一行は正門前に集まっていた。
セドリックやオルドーは大きな欠伸をこぼしながら固まった身体を解し、ルナは少し緊張気味にそわそわしながら辺りを見回していた。
「ちっと落ち着けよ、お嬢。そんなに力んでると身が持たないぞ」
「そうそう。多少の無作法に目くじらを立てるような奴じゃねぇぞ、ロイは」
「それはそうだけど……って言うか、何か気安いわね。おじさん達はロイ様と親しかったっけ?」
「まぁな。俺とオルドー、ロイはこの街の出身で小せぇ頃からのダチなんだよ」
「え、そうだったの?」
ルナの知る二人は数年前に村に移住してきた少し柄の悪い元冒険者というだけで、街の真面目な役人であるロイと接点があるとは思いもしなかった。
「初めてあの野郎と出会った時はクソ生意気な奴だと思ったもんだぜ。何かっちゃー学をひけらかしやがってよぉ」
「ぶははは! そうだったそうだった。特にセドリックは直感的に行動するから『君の頭には脳ミソ入ってるんですか?』なんて言って、よく喧嘩になってたなぁ」
「あぁ。モヤシのくせに負けん気は強ぇから何度も向かってきたっけ」
「えぇ……意外。あのロイ様が」
ルナが思い浮かべる街役人のロイは、物腰穏やかで声を荒げるような事もなく、ただの平民でしかない村人達にも優しく接する人柄の良い人物だ。子供の頃の話しとはいえ、よく喧嘩をしていたと聞かされても想像しづらかった。
「まぁ、あの野郎が丸くなったのも初恋相手の……」
「本人のいない所で恥ずかしい昔話はやめてくれないかな?」
興が乗ったセドリックがさらに話しを続けようとした所で待ったがかかった。
いつの間にか身なりの良い初老の男性がすぐ近くにいた。濃い緑色のコートを羽織り、短く整えられた口髭が特徴的な五十代ほどの男性。少し困り顔で歩いてくる。
「おぅ、ロイ。遅かったな」
「お、おはようございます! ロイ様」
「あぁ、おはよう。ルナ、話は聞いているよ。村長の具合はどうかな?」
「はい、比較的症状は軽いです。あまり動き回れませんがロイ様がいらっしゃるのを心待ちにしています! それと直接お出迎え出来ず、申し訳ないと言っていました」
「そうか、律儀な事だ。サジッタ村で村長の元気な顔を見るのも楽しみだ……ところでルナ、そこの不良な大人の話しなど鵜呑みにしてはいけないよ。話半分くらいだと思っておきなさい」
「はい、わかりました」
「よろしい。では、出発しよう」
ロイに促され、一行を乗せた荷馬車はハーベルの街を出発した。
しばらくはセドリックとロイが思い出話に花を咲かせて旧交を温めていると、荷馬車が螺旋鳥に襲撃された場所に差し掛かった。
「そういえばこの辺りで螺旋鳥を討伐したらしいね」
「そうだが。ずいぶんと耳が早ぇな」
「昨日ジェニーと話す機会があってね。厄介な魔物だと聞いていたがほぼ傷み無しで討伐するなんて大したもんじゃないか」
「あぁ、うちのオリオンが魔法の使い手でな」
「ほぅ。魔法の……オリオン君は将来、セドリックやオルドーのように冒険者を目指すのかな? それとも貴族の私兵かな」
「いえ、俺は村を守りながら農家を継ぐつもりです」
オリオンの返答にロイは意外そうな表情を浮かべた。
「おや、そうなのかい? 君くらいの年頃なら……」
「ちょい待ち。何か来やがる」
ロイの言葉を遮って、魔物の接近を感知したセドリックが平原を見詰める。
全員がセドリックと同じ方向に目を向けると、疾走する獣の集団がいた。
「あれはハウンドドッグと……ハウンドウルフの群れだな。オリオン、範囲攻撃だ」
「はい……『地面衝波』!」
地面を広がる衝撃波がまず先頭を走る二体のハウンドウルフに迫る。
進行方向から向かってくる魔法攻撃を察知したハウンドウルフは衝撃波に飲み込まれる前に大きく跳んで躱した。しかしすぐ後ろを走るハウンドドッグ達は上手く回避出来ず、衝撃波に飲み込まれ悲鳴を上げて地面を転げ回った。
「二体逃しました!」
「流石は進化個体。そう易々とはやられねぇか! なら、これはどうだ。『五つ矢』!」
セドリックが手にした五本の矢が弓も使わずにハウンドウルフに向かって放たれた。
時間差を付けて飛ばした五本の矢をハウンドウルフ達はジグザグに躱しながら走り抜ける。そのままオリオン達の荷馬車に襲い掛かるかと思われた瞬間、片方のハウンドウルフが鋭い悲鳴を上げて倒れた。
それを見て動揺し脚を止めたハウンドウルフにセドリックの矢が刺さり、魔物の襲撃は終わった。
「これは……」
戦闘後、オリオンが不自然に倒れたハウンドウルフを見ると顔面を貫通する穴が開いていた。穴を調べようと手を伸ばすと透明な矢が刺さっているのが分かった。
「これはオルドーの『影矢』だ。矢を透明にして気付かれにくくしたのさ。俺の『五つ矢』に気を取られて、こっちの『影矢』に反応出来なかったんだろ」
「なるほど」
討伐したハウンドドッグとハウンドウルフを解体し、魔石と毛皮を回収する。
「これから寒くなるからな。コイツらの毛皮はありがたいぜ」
「ハウンドドッグとウルフの毛皮が十体分か。幾つか売りに出そうかな」
「ははは、お嬢は商魂逞しいな」
総出で毛皮を剥ぎ取り、残りの肉と内臓の始末を終えると一行は再度出発した。
「お待たせしました、ロイ様。出発します」
「うむ、頼むよ。しかし、ジェニーも言っていたが先程の戦闘を見る限り、セドリックやオルドーもまだまだ現役を退くには早かったんじゃないか?」
「そうでもねぇよ。今回は無傷で済んだが、いつもこうとは限らねぇからな。無理を重ねてしくじれば、いつかコレ以上の痛手を食らう事になる」
自らの眼帯を指差し、全盛期もとうに過ぎて致命的な手傷を負った以上、冒険者稼業は続けられない。引き際を見誤ってはならないとセドリックは語った。
一瞬の油断で命を落とす者がいる中で、今の歳まで生きてこられただけでも幸運だったと思っているようだ。
「まぁ残りの人生は酒でも飲みながら若けぇ奴らをイジって暮らすさ」
「やれやれ、ほどほどにしておかないと性悪な年寄りは嫌われるぞ」
「だぁーはっはっは! もう遅ぇぜ」
やがて荷馬車はゆっくりと動き出し、サジッタ村を目指した。




