04 街へ
次の日、まだ日が昇ったばかりで少しばかり空気が冷たい早朝。オリオンが首を竦めながら、そろそろ冬支度の用意が必要かとボンヤリ考えていると集合場所に意外な人物がいるのに気付いた。村長の孫娘のルナだ。
「ん? ルナじゃないか。もしかして同行するのか?」
「まぁね。本当はお爺ちゃんが行く予定だったんだけど、朝に腰をやっちゃってね。いい加減、歳なんだからお父ちゃんに仕事を譲ればいいのにまだまだ現役だっつって言うこと聞かないのよ」
「ははは、村長も頑固だな。でも村長の代理をルナが務めるのか?」
「何よぉ、文句あんの?」
幼馴染みのルナがギロリと睨んだ。だがオリオンと同い年で成人してはいるがまだ幼さの残る容貌では凄みなど皆無な訳で、精々仔犬に吠えられているようにしか感じないオリオンは、軽く受け流した。
「それよりルナの仕事って何なんだ? 村長が街へ行くって事は村の用事なんだろ」
「ふん! 領主様が派遣するお役人様を村へお招きする仕事よ。多分、ロイ様だと思うわ」
「あぁ、いつものあの人か。お招きって言っても村へ連れてくるだけの仕事だろ? ロイ様だって何度も村に来てるんだから、買い出し班が帰りのついでに連れてくればいいんじゃ?」
「お馬鹿。仮にも領主様に代わって村に視察に来られるお役人様を相手するのに村の代表者が出向かなくてどうすんのよ。軽く扱ったなんて思われたら、領主様からどんなお叱りを受けるか分からないじゃない」
「そういうもん?」
「そういうもんなの」
本来なら次期村長であるルナの父親が出向くべきなのだが、視察に来る役人を迎える準備に忙しい上に腰を痛めた村長の看病もあり、猫の手よりは幾らかマシとばかりにまだ年若いルナに任せる事となったのだ。
ルナが家を出る際に村長からは、代役を立てた事をしっかりと詫びておくようにと言い含められていた。ルナとしても唐突ではあるが初の大役にやる気が漲っている。もっとも、そのやる気の幾らかは多めに貰った小遣いが有るがゆえにだが。
「ルナちゃん。荷物の積み込み、終わったよ」
馬車二台に街で売る分の作物と『サジッタの秘酒』を積み終えた買い出し班の一人が荷物のリストをルナに手渡し、サッと目を通して問題が無い事を確認して出発の準備は整った。
「うん、全部あるね。後は……おっさん二人がまだか」
「ははは、面目ない」
「ったく、しっかりしてよね。そろそろ出発だってのに」
そろそろ予定の出発時間だというのに護衛役のセドリック班が揃わないのだ。街までの慣れた道、そこまで問題は無いだろうが移動中に突発的なトラブルでもあれば街への到着が遅れるかもしれない。なるべく余裕を持って行動したいと考えているルナは残りの二人を呼びに行くか迷っていると、ちょうどセドリックとオルドーがやって来た。
「遅いよ、二人とも!」
「あんれ? 何でお嬢がいんだ?」
「村長はどうしたよ? ポックリ行っちまったか?」
「縁起でもないこと言わないで! ちょっと腰をやっちゃって動けないから私が代役なの」
「へぇ。親父さんや兄貴は手が放せないってか。お役人の案内役だよな、お嬢で大丈夫なのかぁ?」
「出来るわよ! 遅刻ギリギリのどっかのおっさんと一緒にしないで!」
「ははは、そりゃ頼もしい。そんじゃ出発しようぜ」
ようやくセドリック班が揃い、二台の荷馬車が街へ向けて出発した。
街までの道中は順調に進み、懸念していた魔物の襲撃も無いまま予定していた行程の半分を過ぎようとしていた。
二台の荷馬車のうち、先頭に買い出し班の他にルナとオリオン、セドリックが乗り、二台目にオルドーが乗っていた。
心地よい日差しを受けてルナがうとうとしているとそれまで寝転がっていたセドリックが不意に身を起こした。
「セドリックさん?」
「……オリオン、馬車の左側から何か来るぞ。防御しろ」
セドリックの言葉に促されてオリオンが咄嗟に土魔法で壁を作ると衝撃音と共に土壁に亀裂が走った。
唐突に鳴り響いた音に驚き、目を覚ましたルナが何事かと辺りを見回した。
「えっ? な、何」
「オルドー! 姿が確認出来たか?」
「鳥系の魔物が三体! 多分、矢尻鳥だ」
後方からオルドーが飛翔する鳥に矢を射るが難なく躱されてしまった。
矢尻鳥というのは硬く鋭い嘴で獲物を串刺しにする魔物で、特に顔面を狙って突っ込んでくる習性がある。敏捷性も高く、集団で来られると厄介な魔物だ。
「お嬢、頭を低くしてろよ! オリオン、魔法で奴らの動きを止めろ!」
セドリックとオルドーが空に向けて弓を構えた。オリオンの土魔法で石を飛ばしても矢尻鳥は軽く避けるが構わず連射して矢尻鳥の動きを牽制する。
そして矢尻鳥が石弾をスレスレで躱した瞬間。
「爆散!」
オリオンの言葉と同時に飛ばした石弾が弾けて無数の破片となり矢尻鳥の身体や翼を叩いた。
二体の矢尻鳥がダメージを受けて失速し、よろめいた隙を突いてセドリックとオルドーの矢が命中した。
「よし! 残りは……っと!」
セドリックが最後の一体に狙いを定めて弓を引くが、破片のダメージなど無視して高速飛行を続けてセドリックの顔面を狙って急接近してきた。
「気を付けろ! ありゃ矢尻鳥じゃねぇぞ。進化個体の螺旋鳥だ!」
耳元を掠めるように通り過ぎていった魔物の姿を確認したセドリックが皆に警告を発した。
矢尻鳥と姿が酷似している魔物、螺旋鳥。矢尻鳥が成長し、より凶暴性が増した存在だ。矢尻鳥の特徴的な嘴の部分が螺旋状に変化して貫通力が増しており、その威力は討伐に来た兵士や冒険者の金属製の盾や鎧にも穴を開ける程だ。
「やべぇな……お嬢、絶対に頭を上げんなよ。アレにやられたら顔に大穴が開くぞ!」
「ひいぃ! さっさと追っ払ってよぉ」
「そうしてぇが……速ぇ」
仲間を討たれた怒りなのか螺旋鳥は異常な速度と俊敏性を発揮してセドリックとオルドーを執拗に狙っている。不幸中の幸いなのは二人だけを狙っているお陰で、無防備な馬や他の人間は比較的安全な事か。
だがそれもいつまで続くか分からない。何とか攻撃を凌いでいる二人を諦めて別の相手に狙いを移すかもしれない。
「何とかしないと……『石壁』!」
行く手を阻むように現れた石壁に向かって螺旋鳥が加速する。矢尻鳥は亀裂を入れる程度だったが怒りに燃える螺旋鳥は避ける事などせず正面から石壁へとぶつかり、これを貫いた。
「少々のダメージでもお構い無し、か……それなら『石壁』『泥壁』!」
再び出現した石壁に、螺旋鳥が飛び込んでいく。
最初の石壁と同様に螺旋鳥の嘴が壁に激突して強引に突き破ると、そこに泥で作られた次の壁があった。石製の壁と異なり、ただの泥壁に螺旋鳥を止める力など無い。
一瞬で泥壁を突き破った螺旋鳥は全身を泥に塗れただけでダメージは皆無。旋回して次の獲物に狙いを付ける。
「躱せるだけの能力があるのに、やっぱり突っ込んだな。それが命取りだ……硬化!」
螺旋鳥の身体に付着した泥が固まり、翼の動きを阻害した。羽ばたきを邪魔され、余計な重りが付いた螺旋鳥が失速し落下していく。
「よくやった、オリオン」
ただ落ちていくだけの的をセドリックの矢が容易に射貫いた。




