03 城塞蜂
一人、森の奥へと入っていったオリオンの耳に蜂の羽音が聞こえ、さらに進むとそこに異形の魔物がいた。
見上げる程の巨体ではあるが巨大なのは下半身のみで、その下半身は地面の上でドーム型の眷属蜂を内包する巨大な巣を形成している。巨大な下半身に対して上半身はとても小さく貧弱な姿をしていた。
この魔物は城塞蜂という種族の女王蜂で、移動能力を失う代わりに下半身を眷属蜂の住む強固な巣に変えて、あらゆる行動を手のひらサイズの小さな眷属蜂に委ねるという習性を持っている。無数の眷属蜂達は女王の巣に守られながら様々な仕事をしている。
幼虫を育てる事、巣の中を整備する事、敵を倒す事、そして蜜玉を作る事だ。
巣の中で作られる蜜玉は当然、蜂の養分となるのだが森に住む他の魔物達にとっても貴重な嗜好品で、常に狙われていた。
城塞蜂という魔物の強さは周辺の魔物の中ではそれほど強くなく、オマケに女王は移動能力を失っている。格上の魔物に見付かれば、かなり不利な状況となってしまうのだ。オリオンがこの城塞蜂と出会った時も蜂の巣が二首熊に襲われている時だった。
その時オリオンが二首熊を退治し、お礼とばかりに城塞蜂達が数個の蜜玉をオリオンに渡したのがきっかけで付き合いが始まったのだ。
それ以降、オリオンが魔石を手土産にして壺を持っていくと眷属蜂達が壺に蜜玉を摘めてくれるようになった。
城塞蜂が人間一人一人を識別出来ているのかは不明だが、少なくともオリオンだけで近付けば攻撃される事はなく彼以外の人間が近寄ると攻撃されてしまう。その為、蜜玉の回収はオリオンの専任となった。
なお手土産にした魔石は女王蜂の餌となる。味があるのか不明だが食した女王は興奮気味に顎を鳴らし、脚をバタつかせて喜んでいるようだった。
サジッタ村では定期的に蜜玉が手に入るようになって村で話し合った結果、その使い道として蜂蜜酒を作るようになった。上手く村の特産品になれば儲け物だと思い挑戦したのだが、これが予想以上の結果となった。蜜の質が良いせいなのか、出来上がった酒の味も良く、街へ売りに行くと高値が付いた。今では『サジッタの秘酒』などと呼ばれ珍重されている程だ。
こうなればさらに品質を高めて生産量も増やしたい所ではあるが、肝心の蜜玉の入手量が増やせなかった。
城塞蜂とオリオンは互いに攻撃しないされない間柄ではあるが意思の疎通が出来ているわけではない。蜜玉の量を増やして欲しいと身振り手振りで伝えようとしても通じず、訪れる機会を増やしても毎度蜜玉をくれるわけでは無かった。
結局、今のような一定の間隔で手に入る壺一つ分が規定量となった。
売りに行くハーベルの街の商人からは秘酒の増産を強く求められているが、現状は不可能だと断わるしかなかった。
しかし少量しか作られないという事が秘酒の価値を高める結果となり、徐々に他の街の商人達の間にも『サジッタの秘酒』の名は広まっていった。
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蜜玉の詰まった壺を造酒小屋の担当者に渡した帰り、オリオンが酒場の前を通り掛かると店の軒先で酒盛りをしているセドリックとオルドーがいた。
「お~う、ご苦労さん。オリオンもこっち来て飲めよ」
「セドリックさん、飲むのはいいけど程々にしときなよ。明日は街に行く買い出し班の護衛があるでしょ?」
「あれ? そうだっけ」
「あぁ、そういや当番だったな。まぁこんな安酒じゃそこまで酔わね、あっ痛!」
「こんな安酒で悪かったね! 明日の準備もせずにダラダラと飲んでんじゃないよ!」
オルドーの軽口を聞き付けた店の女将がお玉片手にオルドーの頭を小突いた。
「お、女将ぃ、俺ぁ客だぞ」
「喧しい! 買い出し班の出発は早いんだからとっとと帰んな。二日酔いで仕事にならないんて承知しないよ!」
「へいへい。怖えぇオバハンだよ」
「なんだってぇ!」
「おっとっと、そんじゃなセドリック、オリオン。寝坊して遅刻すんなよ」
「そりゃお前だろ。じゃあなオリオン」
「はい、また明日」
酒場の前で店の女将に尻を叩かれながら三人は別れ、オリオンは自宅へと帰った。
オリオンの家は両親とオリオン、妹と弟の五人家族で、至って普通の農家だ。庭で小さな畑を耕す他に村の共同農場を手伝ったりしている。
土魔法の才を授かって生まれたオリオンは順調にその才能を伸ばし、家の畑を手伝う傍ら村の自警団に所属している。
「た~だいま……っぶぅ!」
家の玄関を開けた瞬間、オリオンの顔面に水球がぶつけられて半身を盛大に濡らした。
「あ……ごめん、兄ちゃん」
「あ~あ、やっちゃった。フレアの下手っぴ」
「うっさい! 馬鹿ウルト!」
オリオンの妹フレアと弟のウルト、この双子はオリオンの土魔法のように水魔法の才を持って生まれた。まだ十才にもならない二人では水球を生成するくらいしか出来ないが、喧嘩の度に周囲を水浸しにするのでよく母親に叱られていた。
「んも~……何を喧嘩してんだよ、二人とも」
「ウルトが私のオヤツを勝手に食べた!」
「ちゃんと『ちょうだい』って言ったじゃん」
「『いいよ』って言ってないもん! 言う前に食べた!」
何時もの事かと呆れ、滴る水を払いながらオリオンが二人を注意する。
「喧嘩はともかく、家の中で魔法を使ったら駄目じゃないか。母さんに見付かったら……」
「あら、お帰りオリオン……何だい、この有り様はっ! フレア、ウルト!」
家の台所で料理をしていたらしい母親のエレナが玄関に顔を出し、その荒れ模様を見て二人を怒鳴り付けた。
さほど大きくない家で二人が喧嘩していたのは聞こえていたようだが、仲裁するのも面倒だからと無視していたようだ。静かに諭すような叱り方など早々に諦め、手短に怒鳴りつけた。
「さっさと片付けな! 終わるまで二人はメシ抜きだよ。まったく、もぅ!」
エレナが目を吊り上げて台所へと戻って行き、雷を落とされたフレアとウルトが渋々片付けを始めたのだが、二人は口々に相手が悪いとボヤいた。
「ウルトのせいで怒られたじゃん」
「先に水球を使ったのフレアだろ」
「アンタが悪い!」
「フレアだって!」
「二人とも、喧嘩より片付けをしろ。また母さんに怒られたら、今度は朝までメシ抜きにされるぞ」
また我を忘れて手が出そうになる二人を引き剥がし、二人だけに任せると喧嘩ばかりして片付けが遅々として進まず、余計にエレナの機嫌を損ねると予想したオリオンはため息をついて手伝った。
その後、父親のオルフが共同農場から帰ってきて子供達が揃って玄関を掃除している様を見て何となく状況を理解し、ため息を突きつつ手伝った。その日の夕食は少しばかり遅い時間となった。




