02 ゴブリン退治
サジッタ村の近くにある森の中、ゴブリンの群れが逃走していた。
数は五匹。朽ちた革装備や錆びた短剣など粗末な装備品を身に付けているが、後方から聞こえる大型の猟犬の咆哮に追い立てられて脇目も振らずに逃げていた。
ゴブリンというのは基本好戦的で、獲物を見付けたらまず襲い掛かる。作戦や様子見など頭に無く、ひとまず襲って『勝てる敵』か『逃げるべき敵』かを判断する。たとえ数の上で有利だとしても相対した敵が自分より強そうだと知ると、途端に臆病になり一匹が逃げ出すと釣られて他も逃げようとするのだ。
今も一頭の猟犬相手に怯えて、ゴブリン達は戦わずに逃げ出している。
先頭のゴブリンが森の開けた場所に出るとそこに一人の人間が立っていた。やや緊張気味の強張った表情でゴブリン達の前に立つ年若い赤髪の少年。手に斧を持ち、戦う意志はあるようだが生来の優しげな顔立ちのせいで迫力に欠けていて、恐怖に呑まれて逃げていたゴブリンも心の鬱憤を晴らすかのように目の前の少年に襲い掛かった。
このゴブリンは過去の経験から人間という生き物は弱いと学習していて、少年に一撃を加えて負傷させ背後から追ってくる猟犬の餌にしようと考えた。追って来ている猟犬がまさか人間に飼われているとは思い至らなかったようで、目の前に傷付き弱っている獲物を用意すればそちらの方に食い付く筈、その間に自分達は上手く逃げられると思ったようだ。
「ギャッ! ギャギャ!」
「グギィ!」
二匹のゴブリンが目の前の少年に向かって武器を振り上げた。
「……『土棘』!」
少年の言葉に応えるように地面が変化し、鋭く尖った短い棘がびっしりと生え、駆け寄っていたゴブリンの足裏に突き刺さった。鮮血を飛ばし悲鳴を上げて二匹のゴブリンが立ち止まる。
「ギィアァ!」
「アギャァ!」
急停止したゴブリンが壁となり、後ろのゴブリン達の足を止めた。土棘に気付いていない後ろのゴブリンが乱暴に押し退けようとする。
「セドリックさん!」
「任せとけ、オリャッ!」
少年が樹上で弓を構えていた仲間に声を掛け、応じた男が続け様に素早く三本の矢を放った。
土棘で足止めされたゴブリンの最後尾目掛けて放れた矢は二匹のゴブリンの顔面に刺さり、三本目の矢を肩に食らったゴブリンが棍棒を取り落とした。
戦う気力を失ったゴブリンは、足を負傷して動けない仲間を見捨てて逃げ出そうと少年に背を向けてた。
しかしその判断はあまりに遅かった。背後に迫る強烈な殺気に、思わず反射的に振り返ったゴブリンが最後に見たのは鈍く光る斧の刃と真っ直ぐにこちらを見据えて斧を振りかぶる少年の姿であった。
躊躇いなく振るわれた刃がゴブリンの首を一撃ではねた。
最後に残ったゴブリンもセドリックが矢で射貫いて、ゴブリンの集団を全滅させた。
「ふぅ……お疲れ、オリオン」
「お疲れ様です。セドリックさん」
樹から降りてきたのは五十代手前くらいの壮年で、白髪混じりの黒髪に眼帯を着けた体格の良い男で元冒険者という経歴を持っていた。そんなセドリックは、親子ほども年の離れた十代半ばで成人したばかりのオリオンを労った。
そこへ猟犬を連れた三人目の男が姿を現した。セドリックと同年代らしく、深い皺と古傷の刻まれた顔には立派な髭を蓄えていた。
「おっ、無事に仕留めたな。二人とも怪我はねぇか?」
「お疲れ様です、オルドーさん。僕もセドリックさんも怪我はしてません。チャコもお疲れ」
オリオンは飼い主に似た強面の大型犬チャコを撫で回すと猟犬のチャコも低い声で吠えて尻尾を振った。
ゴブリンの死体を解体し、切り開いた胸奥から低品質の魔石を取り出した。
黒雨から生まれた魔物からは、魔力の源となる魔石が取れる。弱い個体からは低品質の魔石しか取れないがそれでも値は付くので回収はしておく。
「さて、後始末を頼む。オリオン」
「はい……十メートルくらいの深さでいいかな『落下沼』」
一ヶ所にまとめたゴブリンの死体がオリオンの魔法で作った沼の中へと沈んでいく。
「よし、それじゃ村に帰るか。他の班もゴブリンを狩ってる筈だから、は魔物も近寄らないだろ」
班のリーダーであるセドリックを先頭に三人は村へと帰還した。
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オリオン達の住む村、サジッタ村。村を囲う石壁と空堀を備え唯一の出入口は丸太を束ねた橋を渡る必要があり、門の前で当番の見張り役が立っていた。
村の規模に対して過剰な設備を有しているサジッタ村だが、その設備を作るのに大きく貢献したのがオリオンの土魔法だった。魔法無しで作れば多大な費用と労力が発生しただろうが幸いにしてオリオンが神々の祝福として生まれつき土魔法の才を持っていた。
「おう、帰ってきたか。成果はどうだ? セドリック」
「ゴブリンが五匹だ。他の班は帰って来てるか?」
「帰ってるぞ。あっちは三匹だとさ、思ったほどデカい群れじゃ無かったな」
「あぁ、その方が良い。幾らゴブリンでも何十匹も集まったら俺達の手に負えんからな」
「違いない。オリオン、村長が用が有るから帰ったら顔を出してくれとさ」
「村長が? 分かりました」
「じゃあ、序でにこの魔石も村長に渡しといてくれるか? 悪いが俺達は先に休ませてもらうわ。年寄りは疲れやすくてよぉ」
セドリックとオルドーは肩や腰を叩いて疲れたアピールをしているが、本音はさっさと帰って酒を飲みたいだけだ。
それも何時もの事なのでオリオンは苦笑しながらセドリックから魔石の入った小袋を受け取った。
村の入り口で二人と別れ、村の奥にある村長宅へと足を向けた。途中、建設中の建物を通り過ぎた。ここの所、村周辺の治安が落ち着いている為、移民を募ったり村営農場を拡張しようという話が持ち上がっている。
村人の中には各自の家の庭に小さな畑を持っていたりするが家族の多い家ではその小さな畑だけでは腹を満たすには足りなかったり、そもそも畑が無い家もあった。そういった家は村営の農場に労働力を提供し、見返りとして作物や現金を対価として受け取っていた。
サジッタ村では農業以外の、半農半工のような家も存在し小さいながらも宿屋や鍛冶屋などを営んでいた。なかなかに活気のある村なのである。
目的の村長宅に近付くと敷地の外でオリオンの到着を待つ老人の姿があった。
「お待たせしました、村長」
「おぉ、よく来たなオリオン。狩りは無事に済んだかの?」
「はい、全員無事に帰って来ました。それで回収した魔石がコレです」
オリオンが魔石の入った小袋を村長に渡そうとしたが、逆に村長が別の小袋をオリオンに渡した。
「お主には今日回収した分とこれまで貯めていた分を持って、アレの回収を頼みたいじゃよ」
「あぁ、蜜玉の回収ですね」
「うむ。何しろ蜜玉の回収はお主にしか出来んからな。狩りの帰りで疲れているだろうが頼めるかの?」
「はい、大丈夫ですよ」
「ありがとうよ。それじゃ、この壺に頼むよ」
村長から空の壺を受け取るとオリオンは村を出て、近くの森深くへと進んでいった。




