15 進化
オリオンが城塞蜂の下へ向かう途中、案内役を務めるように一匹の眷属蜂が飛んできた。
その眷属蜂がオリオンの手に止まるとジッとオリオンを見つめてくる。不思議な事にオリオンにはその眷属蜂の意思が少しだけ理解出来た。
「女王が……俺を呼んでいる、のか?」
眷属蜂からの情報を読み解き、蜂が伝えたい事を予想した。どうやら正解だったようで眷属蜂がゆっくりと飛び上がり、オリオンを森の奥へと誘導していく。
城塞蜂の女王が鎮座するいつもの場所に到着すると女王の前にナイトメアスパイダーの素材と水晶のような光沢を持った黒い魔石の欠片が置かれていた。
オリオンが最後に放った大技でナイトメアスパイダーの身体はバラバラになり、体内の魔石も砕けてしまっていた。通常、冒険者が手に入れた魔石は様々な道具や設備のエネルギー源として用いられる為、傷が付いていない物、大きさが大きい物、純度が高い物が重宝される。
ナイトメアスパイダーの魔石は純度が高く、無傷で手に入っていれば相当な高値で取り引きされていたかもしれない。だが戦闘によって砕けてしまった以上、その価値は大きく下がる。
しかしそれは人間の世界での話。魔物である城塞蜂の女王には傷があろうとなかろうと魔石そのものがあれば問題無い。
現に眷属蜂が集めたナイトメアスパイダーの素材を前に、脚をバタつかせて喜びを表している。オリオンの心にも女王の歓喜の思念が伝わってきていた。
「あ~先日の戦いでは手助けしてくれてありがとう。ナイトメアスパイダーに勝てたのも、女王のお陰だよ。それで? 俺を呼んだのは何か用事があっての事……山分け? ……なるほどここの素材を……大丈夫だよ。村に半分置いていってくれただろ、俺の分はそれで十分さ。ここの素材を全て女王に渡すよ……うんうん、喜んでもらえて何よりだよ」
オリオンとの対話を終えた女王は早速とばかりに魔石の欠片を一つ頬張った。ゴリゴリと音を立てて噛み砕き体内に取り込むと女王の動きがピタリと止まった。
「女王? どうした?」
喉でも詰まらせたかとオリオンが声を掛けるが反応は無く、少しの沈黙の後、女王の身体に突如亀裂が走り全身がひび割れていった。割れた表皮の欠片がポロポロと剥がれ落ちていき唖然とするオリオンの目の前で、古い身体を脱ぎ捨て黄金色の新たな身体を手に入れた女王が前脚を突き上げて、奇声を発した。
「キシャアアァァ!」
「ぅわあ……こんな風に進化するのか。初めて見た……うん、魔閃甲蜂というのか。凄く派手になったな」
女王の進化に合わせて眷属蜂の姿も変わり、身体のフォルムが丸みを帯びて少しだけ大きくなったように思える。色は女王と同じ黄金色だ。
「そう言えば、昨日の戦いで俺にくれたあの黄金色の蜜玉みたいなのは何だったんだ? あれを食べたら、まるで生まれ変わったみたいに能力が上がったんだが」
「キャ? シャシャシャア! キッシャア!」
「うっ……何か複雑な情報が流れ込んできて理解が追いつかない。駄目だ、今の俺じゃ魔閃甲蜂の意思を受け止め切れない……いてて」
過度な情報の流入で頭痛と立ち眩みを起こしオリオンは情報の受け取りを諦めた。
とりあえずあの黄金色の液体の謎は脇に置き、称号の効果にどんな副作用があるか慎重に経過観察をしていこうと決めた。
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オリオンが村に戻り、復旧作業を手伝おうと村の中へと入った。村の出入り口の門は埋めたままなので大蜘蛛が破壊して開けた石壁の穴が臨時の出入り口になっていた。
「門を直すのは後でいいか。まずは焼け落ちた家屋の撤去だな」
村の家屋の半分ほどが焼け、オリオンの家も焼けてしまった。家の跡地に行くと家族総出で瓦礫を片付けていた。
「あっ! 兄ちゃんだ! 兄ぃちゃあぁん!」
オリオンの姿を最初に見付けたフレアが泣きながら駆け寄りしがみついてきた。感情が昂り、涙や鼻水が溢れる。力一杯にオリオンの服を掴みしがみつく。
「ぅわ、鼻水が……ふぅ、心配を掛けたなフレア。この通り、兄ちゃんは大丈夫だ」
襲撃後、フレアが見たオリオンの姿はベッドに横たわり血の滲んだ包帯に巻かれた痛々しい姿だった。命に別状は無いと言われても不安は尽きなかったのだろう。
「アンタ、もう歩いて大丈夫なのかい? 昨日の今日なんだから、もっと休んだ方がいいんじゃないの?」
「そうだぞ。力仕事なら父さん達が居る。無理はするな」
「大丈夫。簡単な作業なら手伝えるから、心配ないよ」
焼け落ちた敷地に入り、まだ使えそうな物を拾い集めたり瓦礫を運んだり、作業をしているとルナから回復した事を聞いたであろう村長がオリオンを訪ねてきた。
「おぉ、思ったより元気そうじゃな。もう動いて平気かの?」
「村長、ご心配をお掛けしました。もう平気ですよ、いつでも自警団の仕事を再開出来ます」
「そうかそうか。まぁそっちの仕事は今、領軍の方でやってくれておるから大丈夫じゃて。それより見ての通り、村の復旧の為に色々と手配が必要になっての、ハーベルへ買い出しに行く事になったんじゃがオリオンも行くか?」
「ハーベルへですか? そうですね、同行します」
称号について冒険者ギルドのジェニーに尋ねる良い機会でもあるし、セドリックの目についても相談しようと思いオリオンは同行を決めた。
以前、セドリックが酔っ払いながら聞かせてくれた冒険者時代の数々の話の中に高い癒しの効果を持つ霊薬や高レベルの治癒魔法使いといった話があったのを思い出し、万が一の可能性に賭けてみる事にしたのだ。
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ハーベルの街に到着後、村長と数人は商業ギルドへ向かいオリオンと付き添いのルナは冒険者ギルドへと向かった。
「何で付いてきたんだ?」
「何よぉ、病み上がりを心配して付いてきてあげたんでしょ。それにお爺ちゃんから冒険者ギルドへ依頼を出すように頼まれてるの!」
「どんな依頼?」
「ある程度の期間、村の周辺を見回りしてもらう巡回依頼ね。自警団員の半分以上が負傷してしばらくは動けないからその代役を頼むのよ」
「領軍が見回りをしてくれてるんじゃないのか?」
「馬鹿ねぇ。領軍がいつまでも村に滞在してくれる訳ないじゃない。多分、あと数日もすれば居なくなる筈よ。それまでに対策を打たないといけないの」
領軍が動けばそれだけ費用が掛かる。盗賊という脅威が無くなった以上、一つの村の為に長期間活動を維持する事は出来ない。
半壊した自警団が回復するまでの対応策として冒険者を頼るのは現実的な手段といえる。
「でも、復旧作業にも金が掛かるのに長期間冒険者を雇う余裕なんてあるのか?」
「そこは工夫次第だよ。金銭の報酬は低くても宿泊場所や食事を提供したり、サジッタの秘酒を追加報酬に加えたりね」
「なるほど。報酬が低くても経費を浮かせられるなら冒険者にも受けるメリットはあるのか」
「そういう事。こういう時、特産品っていう強みがあるのはありがたいわよねぇ」
二人はハーベルの冒険者ギルドに行き、ギルド職員に巡回依頼を発注した。
その後、オリオンが職員にジェニーとの面会を求めると現在来客中との事でしばらく応接室で待っていて欲しいと言われ案内された。
案内された応接室のソファーに座り、その座り心地の良さに二人がはしゃいでいると程なくしてジェニーがやって来た。
「待たせてごめんなさいね。オリオン君、ルナちゃん」
「いえ、大丈夫です」
「ちょっと抜け出せない賓客だったのよ。それにしても盗賊団に襲われるなんて災難だったわね。被害もかなり出たそうね」
今回の騒動に冒険者ギルドは関わっていないがそれなりに情報は集めていたようで心配しているようだ。
「はい。その事で、ジェニーさんに相談があって……」
オリオンは盗賊との戦闘で得た称号についてとセドリックの目を治療する方法が無いかを尋ねた。
「なるほど。まさかオリオン君が称号持ちになるなんてね……それについて話す前に同席させたい人が居るんだけど、いいかしら?」
ジェニーは称号について何かを知っている様子で、それに関係する人物なのか二人に追加で話を聞かせたい人物の同席を求めてきた。
特に反対する理由も無いので、少し戸惑いながらもオリオンが頷くとジェニーは一旦、席を立ち人を呼びに行った。
「誰を呼びに行ったのかしら?」
「う~ん、学者とか頭が良さそうな人かな」
ジェニーが応接室に戻ってくると後ろに二人の人物がいた。
杖をついた老齢の女性とオリオン達が普段目にしないような微細な装飾が施された服装を着た身形の良い紳士、明らかに貴族階級の男性の登場にオリオンとルナの頭は戸惑いを通り越して混乱していた。
「紹介するわね。こちらの女性はハーベルの冒険者ギルドのギルド長、マーブル。そしてもう一人がハーベルやサジッタ村が属するブラウン領を治める領主、バズティオン・フォン・ブラウン伯爵様よ」
ジェニーの紹介を聞き、混乱していた二人の身体が石化したように硬直した。




