14 後始末
オリオンの力が自身の身を脅かすほどにまで強化された事を悟ったナイトメアスパイダーが取った次の行動は、逃走だった。
攻撃力、防御力が逆転しても機動力は然程変化していないと見てナイトメアスパイダーは戦いを仕切り直す為に逃げの一手を選んだ。
オリオンは知らない事だが本来のナイトメアスパイダーの戦闘スタイルは、獲物に気付かれる事なく遠距離から呪いや毒を放つ暗殺者のような攻撃を得意とし、正面から力任せに戦うのでは種族特性を活かせないのだ。ならば何故そのようにしなかったのか。
たかが人間相手と侮り、逃げ惑う人々をいたぶる事に愉悦を覚え、戦いの本質を忘れてしまったが故にナイトメアスパイダーは窮地へと追いやられたのだ。
生物の本能が逃走を選び、種族の誇りが逆襲を叫ばせる。
『オボエテイロ。イズレカナラズ、コノカリハ……』
「『いずれ』なんて、無い。『重力牢』」
圧殺されそうな程の超重圧がナイトメアスパイダーを押さえ込み、糸はもちろん脚の爪一本たりとも動かす事が出来なくなった。
『グ、オォ…』
「『岩石構築・戦斧』」
空へ掲げたオリオンの手に岩石が集まり、全長数メートルにも及ぶ巨大な戦斧を形作っていく。
「じゃあな……『巨人の斧撃』!」
『オ、オノレェエ!』
身の丈を越える巨大な戦斧が振り下ろされ、辺りに轟音が鳴り響くと同時に地面にクレーターを作りその直撃を受けたナイトメアスパイダーの身体は四散していた。
「はぁ……終わった」
戦いを終え、それまで張り詰めていた緊張が解けたオリオンの足下がぐらつき思わず膝を突いた。称号の効果で一時的に動けていたが、度重なる負傷と出血、魔力の消費で疲労が蓄積し身体も限界に達していた。
それでも痛む身体に鞭を打ち、森の入り口で戦況を見守っている自警団員を呼び寄せてセドリックの手当てを任せた所で遂に意識を失った。
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深い眠りについていたオリオンが目を覚ましたのは翌朝の事だった。軽い頭痛と倦怠感で起き上がるどころか声を出すのも億劫ではあったが意識を失った後の事が気になり、重い身体を起こした。
「ここは……」
オリオンが寝かされていたのは簡易テントの中に置かれたベッドの上だった。しばらく周囲を見回して人を探したが、生憎と誰も居らず仕方なくベッドから起き上がり簡易テントの外へ出た。
「オリオンッ! 良かった、目を覚ましたのね」
テントの前で野菜の皮剥きをしていたルナがオリオンの姿を見るや野菜を放り投げて駆け寄り、その身体に抱きついてきた。
「良かったぁ……本当に、良かったよぉ。あんな大怪我して……あっ、ゴメン! 傷に障るよね」
怪我人の身体に抱きついてしまった事に気が付いたルナが慌てて離れたが、オリオンは苦痛の表情も声も上げなかった。
「えっと……痛くないの?」
「……あんまり。それより、ルナ。あれからどうなった? 村は? 自警団の皆は? セドリックさんは無事か!」
「お、落ち着いて。ちゃんと話してあげるから、とにかくベッドに戻って。興奮したら傷口が開いちゃうよ」
「あ、あぁ……そうだな……ん?」
「あっ! 何やってんのよ。包帯を解いちゃ……って、あれ?」
あまりに痛みを感じないので恐る恐る腕の包帯をほどいてみるとすでに傷口は粗方塞がっていた。
尋常ではない治癒速度に、ルナは信じられない様子で腕の傷痕を凝視した。
「うっそぉ。何でもう治ってるの!? 盗賊が襲って来たのは昨日なのに……オリオンって昔からこんな体質だったっけ?」
「いや、これは称号の効果だな」
「称号? 何それ?」
「その質問に答えるより先に、俺が気を失っている間の事を教えてくれよ」
「あ、うん。そうだね……オリオン、お腹空いてない? 食事しながら話そうよ」
「腹か、空いてるな。どうりで身体に力が入らないわけだ」
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「そうか……じゃあ自警団員以外に怪我人はいないんだな」
「うん、盗賊対策で火事を起こして派手に煙りを上げたでしょ? それを見てハーベルの街からすぐに領軍が来てくれてね。怪我人の治療も領軍の人がやってくれたのよ」
盗賊の襲撃後、到着した領軍の兵士によって怪我人の治療、村人とともに焼け落ちた家屋の撤去、周辺の治安維持が行われていた。
「怪我人も命に別状は無いんだって。動けない程の重傷なのはオリオンも含めて数人だけよ」
「……セドリックさんは?」
「……もう目を覚ましているわ。お見舞いに行く?」
食事を終えた二人が簡易テントの外へ出る。そこは村を囲う石壁の側に設営された領軍の待機所のようだ。石壁の向こうからは家屋の撤去に汗を流す村人達の声が聞こえる。
盗賊に襲われ已む無く家屋などの財産を燃やす決断をしたが、人的被害を最小限に抑えられ領軍の協力も得られた事で村人達は未来を悲観せず復旧作業に従事出来ているようで聞こえてくる口調はとても明るかった。
「オリオン、ここだよ。セドリックさん、起きてる? 入るよ」
「おう、お嬢か。いいぞぉ」
ルナに連れられてオリオンが大きなテントに入ると全身に包帯を巻きベッドに横たわるセドリックがいた。
テント内にはセドリックの他に領軍の従軍医師が常駐していて、セドリックの容態を見守っていた。
「お見舞いの方ですか? 面会は手短にお願いしますね」
「はい、わかりました。具合はどう? セドリックさん」
「セドリックさん、オリオンです。命に別状が無いって聞いて安心しました」
「んお? オリオン、お前もう起きて大丈夫なのかよ。若けぇってのはいいなぁ」
ベッドに横たわるセドリックの顔にも包帯は巻かれていた。元々、片目を失っていたが今回の傷で残されたもう一方の目も潰され、セドリックは完全に視力を失った。本人にもその事実は伝えられているが、特に落ち込んでいる様子はなかった。「命があるだけめっけもんだ」と言って肩を竦める程度だった。
日頃から鍛えていたお陰で命は繋いだがしばらくは安静にする必要がある為、少しだけ話をして二人はテントを後にした。
「思ったより元気そうで安心した。目は残念だけど、何とか生き延びられて良かったよ」
「そうだね。でも、あまり長居は出来なかったからオリオンの称号については聞けなかったね」
オリオンも自分の身に起きた変化について分かる事と分からない事があり、セドリックに尋ねてみたいとは思ったが今は治療に専念すべきと思い自重した。
「それについては後でもいいし、他に知ってる人がいるかもしれないしな。あ、そうだ。ナイトメア……あの大蜘蛛の素材はどうなった? 幻獣とかいう魔物らしいから、結構な価値が高いかもよ」
「あぁ、それなんだけどね。何か蜂が半分くらい持ってっちゃったよ?」




