13 称号
幾重にも切り刻まれ鮮血を撒き散らしながらオリオンは挑み続ける。
「でぇりゃあぁ! 『石弾』!」
ナイトメアスパイダーの硬い殻を叩いた斧は刃毀れし、放った魔法もダメージを与えられない。それでも攻撃するオリオンの手は止まらない。
『ゲハハハッ! アガケアガケ! モットワレヲタノシマセロォ!』
ナイトメアスパイダーが放った粘着糸がオリオンの身体に命中し、勢いよく振り回される。
強引に引きずられて放り投げられ、受け身もろくに取れぬまま落下して地面に叩きつけられる。
意識を失いそうになりながらも歯を食い縛り、オリオンは立ち上がる。
『イイゾォ……ソレデコソ、コワシガイガアル……ン?』
立ち上がるだけで精一杯のオリオンの背後から無数の城塞蜂がナイトメアスパイダー目掛けて飛び込んでいく。
「これ、は……眷属蜂か」
小さい身体でナイトメアスパイダーに体当たりをして必死に針や牙を突き立てようとしている。だがセドリックの矢もオリオンの魔法も通用しないナイトメアスパイダーの殻に眷属達の攻撃が通じる訳もなく、群がられたナイトメアスパイダーが不快そうに斬糸を四方に飛ばし眷属達を叩き落とした。
『オロカナハチドモガ、カクノチガイモワカラヌカ……ウットウシィ!』
どれだけの数がやられても蜂達は諦めずに突撃を繰り返す。オリオンが家族を守る為に命を懸けているように、眷属蜂も女王と仲間を守る為に命を捨てて挑んでいる。
だが現実は非情なもの。瞬く間に半分以上の蜂がやられて地に伏しているというのに、ナイトメアスパイダーは健在だった。
「……駄目、か。こうなったら自爆覚悟で奴を『石棺』で封じるしかないか」
倒せないのなら自分ごとナイトメアスパイダーを石の中へ閉じ込めようと一人静かに決意したオリオンは歩き出す。
その時、斬糸に弾かれた眷属蜂がオリオンの足下に転がってきた。その眷属蜂を労るようにそっと手の平に乗せて持ち上げた。
「言葉は通じないだろうが……これから奴に魔法を掛ける。巻き込まれないよう仲間を引かせろ」
オリオンは眷属蜂に一声掛けて地面に降ろした。眷属蜂はジッとオリオンを見上げてからヨロヨロと何処かへ飛んでいった。
「さて、行くか」
多量の出血で視界がボヤけ、血とともに全身から力が失われていくのを必死に堪え、オリオンは残された魔力を一点に集めていく。
ナイトメアスパイダーはボロボロになりながらも抵抗を続けるオリオンを嘲笑い、わざと手を抜いて近寄ってくるオリオンを攻撃せずに待ち続けた。攻撃を躱さずに受ける気ならばとオリオンは立ち止まり、残された力の全てを最後の魔法に注ぎ込んだ。
『サァ、ツギノテハナンダ? ウケテヤルゾ』
「……これが俺の、全力だ! 『石棺』!」
吹き荒れる砂と石の嵐がナイトメアスパイダーの身体を覆い尽くし、その身体を固めていく。
そして巨大な蜘蛛の石像が出来上がった。
「……もう、動け……な、い」
全ての力を使い果たし崩れ落ちるオリオンの目の前で蜘蛛の石像がひび割れていく。
死力を尽くしたオリオンの魔法もナイトメアスパイダーには届かなかった。
身体に纏わりつく石を砕き、ナイトメアスパイダーが爪を振り上げる。
『サテ、アソビモアキタ。オワリトシヨウ』
「くっ」
ナイトメアスパイダーの黒い爪がオリオンの胴を貫こうとした時、まるでオリオンを助けようとするかのように城塞蜂の群れが再びナイトメアスパイダーに立ち向かっていった。
『チィ! ワズラワシイハチドモガ、ジャマヲスルナァ!』
ナイトメアスパイダーの注意が眷属蜂の方へ向き、オリオンの寿命がほんの少しだけ延びた。だが全ての力を出し切ったオリオンには最早立ち上がる力は残っていない。
辛うじて意識を繋いでいたオリオンの下へ一匹の眷属蜂が黄金色の玉を持って飛んできた。
そしてオリオンの目の前にその黄金色の玉を落とした。
「これは……金色の、蜜玉?」
手にした感触からそれが薄い膜に覆われた液体だと解った。眷属蜂の意図は不明だが、オリオンはそれを食えと言われているように感じた。
「これが何か分からないが、どうせもう手は無いんだ。たとえ毒でも食ってやるよ」
腕一本を動かすのも難儀するほど消耗しているオリオンは苦労して黄金色の玉を口に運ぶと一気に噛み潰した。
中身のどろりとした液体を飲み込み、それがいつもの蜜玉では無い事が解った。
「甘くは無い……何、だ、これ、はあああぁぁ!」
謎の液体を飲み込んだ途端、エネルギーの激流が身体の中を駆け巡りオリオンは激しい痙攣と硬直を繰り返した。
それまでの疲労や虚脱感は吹き飛び、オリオンの口から悲鳴ともつかない絶叫が溢れ出す。
身体の内側から迸るエネルギーによってオリオンの身体は生まれ変わり、今まで力を抑え込んでいた見えない枷が砕け散ったかのような解放感に包まれた。
その瞬間、オリオンの脳裏にとあるメッセージが届いた。
「がっ……はぁぁ」
『ナンダ? ナニヲシタ。カンジトレルマリョクリョウガ……ハネアガッテイル』
思わぬ事態の急変にナイトメアスパイダーの声に困惑の色が窺える。
「し、称号……『蜜蜂の守護者』を、獲…得した……そうだ」
『ショウゴウ、ダト? アノハチドモカラチカラヲエタカ。オモシロイ、タメシテミロ』
ナイトメアスパイダーは脚を広げて無防備に身体を晒し、攻撃を誘う。
「……『石弾』」
自分の力を確かめるようにオリオンは指先に小さな石の弾を出現させた。そこには先ほどまで使っていた魔法とは比べ物にならないほど濃密な魔力が込められていた。
さらに五本の指先全てに石弾を作り出した。
「『五つ矢』」
オリオンは師匠であるセドリックが得意としていたスキル技を土魔法で再現し、放った。
射ち出された五つの弾はあれほど強固だったナイトメアスパイダーの殻を意図も容易く貫通した。
『グァアアッ! ナ、ナニィ……ドウイウコトダ。ワ、ワレノカラダガ、ハ、ハカイサレルナド……オノレエェッ!』
身体に空いた穴から体液を溢しながらナイトメアスパイダーがよろめいた。絶対の自信を持っていた防御が崩れた事に驚愕したナイトメアスパイダーが反撃の斬糸を放った。見切る事が出来ず、何度も食らい続けた極細の糸がオリオンに襲い掛かる。
「見える」
この時、オリオンの視界には高速で射出された四本の糸がしっかりと写っていた。その糸の軌道を読み、斧で弾き飛ばして回避した。狙いを外した斬糸が離れた場所へと飛んでいき虚しく地面を抉る。
オリオンの手には斧の柄だけが残った。壊れかけていた斧が完全に砕けてしまったが、戦況は完全に逆転した。
『グ、グヌゥ……』
「改めて、もう一度言う」
オリオンが一歩前に出ると無意識にナイトメアスパイダーは一歩後退した。
「お前を……殺す」




