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12 孤軍

 森に隠れ潜む村人を発見した大蜘蛛が、石壁を破壊して黒い煙りが立ち込めるサジッタ村を飛び出し、土煙を上げて森へと疾走する。


「マズい……避難した村人の居場所がバレてやがる!」


 殿(しんがり)を務めていたセドリックの目に向きを変え、村の外へ移動する大蜘蛛の姿が写った。向かう先には村人達が避難している森がある。このまま大蜘蛛が森に突入し村人達の下に辿り着けば最悪の事態となる。


 顔を青ざめたセドリックがすぐにでも足止めに向かおうとするが、その行動を邪魔するように手下の盗賊達が立ちはだかる。


「クソがぁっ! 邪魔すんじゃねぇ!」


 セドリックの矢が容赦なく盗賊の身体を射貫くが、リーダーと大蜘蛛の恐怖に駆り立てられた盗賊達は最早、命すら惜しむ事なく向かってくる。


 盗賊の激しい抵抗にあい、その場に釘付けとなったセドリックは咄嗟にオリオンの姿を探した。だがそれまで行動を共にしていた少年の姿はどこにも無かった。


「まさか……」


◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️


 刻一刻と森に近付く大蜘蛛とリーダーの頭上に不自然な影が差す。


「何だ……何ぃ!?」


 見上げたリーダーの目の前に、宙を舞う巨石が落ちてくる。リーダーが指示を出す前に大蜘蛛が咄嗟に進路を変えて急停止した事で巨石の直撃を回避出来た。そして落下した巨石に張り付いていたオリオンがリーダーの前に立つ。


「小僧ぉ……」

「ハァ、ハァ……残念、仕留められ、なかったか」


 セドリックと同じように大蜘蛛の動きを察知したオリオンは、普通に走っていては追い付けないと考えて土魔法で巨石を生成し、その巨石に乗り込んで射出、一気に距離を詰めてきたのだ。安全を省みない無謀な策だったが、何とか大蜘蛛の脚を止められた。


「魔法使いかよ。たかが田舎の村にしては防衛設備が充実している訳だぜ……おい、小僧。派手な登場をカマしやがって、何のつもりだ? まさかお前一人で、この大蜘蛛とやりあうつもりじゃあ無いよな?」


 リーダーの問い掛けに答えず、オリオンは静かに魔力を高める。


「やる気か……舐められたもんだ」


 オリオンの頭を狙って大蜘蛛が粘着糸を放った。その糸をオリオンは身体を仰け反らせて躱したが、続け様に放たれた二発目の糸が足下に命中し引きずり倒された。


「うわぁ!」

「きひひひっ! さぁ、どうする?」


 糸を巻き取られ、地面を引きずられて強引に大蜘蛛の下へと引き寄せられる。

 オリオンの眼前に醜悪な大蜘蛛の頭が近付く。毒液を垂らしながらカチカチと牙を鳴らして大顎を開き、今まさにオリオンの身体に食らいつこうとしている。


「くっ……『石槍(ストーンランス)』!」


 オリオンのすぐ側から突き出した石槍が大蜘蛛の咥内を狙うが容易く噛み砕かれた。


「あぁ? スカスカじゃねぇか……そうか、さっきの巨石を作るのに相当魔力を消費したみたいだな。息も上がってるぜぇ」


 腹の底から込み上げてくる愉悦の感情を抑えきれずリーダーの顔が大きく歪む。


「調子に乗ったツケが回ってきたなぁ。ゆっくりとよぉ……腹から食われてみるかぁ」

「食われて、たまるかぁ! 『落下沼』!」


 大蜘蛛の左側の地面を沼に変えて、左脚を沼の中へ沈める。体勢を崩した大蜘蛛が傾き、背に乗っていたリーダーが地面に転げ落ちた。


「『解除』!」


 大蜘蛛が沼から脚を引き抜くより早く、オリオンは魔法を解除して地面を元に戻し大蜘蛛の左脚数本を拘束した。


 大蜘蛛の下から這い出たオリオンが斧を手にして地面を転がるリーダーに向かって振りかぶる。

 大蜘蛛の背から落ちた際に武器を落としたリーダーが慌ててオリオンの前に手を翳した。


「ま、まま待て、ちょっと待てよ」

「問答……無用!」

「お、俺は……この村の出身なんだ!」

「……は?」


 リーダーの口から飛び出した言葉に思わずオリオンの手が止まる。


「デタラメを……」

「信じられねぇのも無理はねぇ! お前が生まれる前の話しだからよぉ」


 嘘と断じながらオリオンはリーダーの話を聞いてしまった。目の前の男が村の出身などとは聞いた事は無いが、自分が生まれる前となれば知らない話の一つや二つくらいあっても不思議では無い。そう思考して手を止めてしまった。当然、リーダーの嘘なのだが。

 話に反応したオリオンを見て、リーダーの口から次々とデタラメな嘘が並べられる。


「実は、俺は村長の息子なんだよ。若い頃に悪さが過ぎて勘当されちまってよぉ。すっかり落ちぶれて盗賊にまでなっちまって、今さら親に会わせる顔もねぇ……このまま殺して構わねぇから、俺の最期の言葉だけは村長に届けてくれねぇか!」

「最期の言葉か……何を言い残すんだ」

「あぁ……それはよぉ」


 オリオンが警戒しながらも受け答えするのを内心ほくそ笑みながら、リーダーは顔を伏せて視線を落とし、気落ちする姿を装った。そして右手を密かに後ろに回して投げナイフを握った。至近距離からの不意討ちでオリオンの命を狙うつもりだ。

 リーダーの言葉を聞こうと無意識にオリオンが近付く。その瞬間を狙ってリーダーが仕掛ける。


「このマヌ……!」

「!」


 だがリーダーの右手が動くより先に、後方から飛来した矢がリーダーの頭を貫いた。


「大丈夫か、オリオン!」

「セドリックさん」


 オリオンはこの時になってリーダーの手にナイフがある事に気付き、不意討ちを食らう寸前だった事を悟った。


「すいません、セドリックさん。助かりました」

「まぁいいって事よ。無事で良かった」


 村を襲撃した盗賊のほとんどは討ち取られ、わずかな生き残りもすでに逃走している。


「後は、あの蜘蛛をどうにかしねぇとな」

「動きは封じてありますし、操っていた従魔士もセドリックさんが倒しましたから……」


 動けない大蜘蛛を始末するだけ。そう思い、気が緩んだオリオンの目の前で大蜘蛛が左脚を引き千切り、身体の自由を取り戻してしまった。


「ちっ! 足掻きやがる……まだ戦えるかオリオン」

「もちろんです。それにコイツは脚のバランスが崩れてまともに動け、なぃ……」


 身構える二人の前で大蜘蛛が身震いすると体液が滴る傷口から新たな脚が即座に再生した。


「そんな馬鹿なっ! いくら魔物でもこんな再生力あるわけが……」

『ゲハハハッ! ワレハタダノマモノデハナイゾ?』


 驚愕するセドリックとオリオンの耳に二人以外の誰かの声が聞こえた。周囲を見回しても人の姿など何処にも無い。

 困惑しながらも視線を大蜘蛛へと戻し、疑問を口にした。


「なっ……まさか、コイツが?」

「魔物が人の言葉を?」

『コノテイド、タヤスイモノダ。ソレトワレヲマモノトアナドルナヨ? ワレハゲンジュウ、ナイトメアスパイダーダ』

「幻獣? 魔物の上位個体か」


 進化を繰り返し、力を積み重ねた魔物が行き着く先。聖獣、幻獣、魔獣などと呼ばれる特別な存在だ。

 当然、その力は通常の魔物を遥かに凌駕している。


「何で幻獣なんてもんが人に使役されて……もしかして使役されていなかったのか?」

『トウゼンダ。アノオトコ二マモノヲアヤツルチカラナドナイワ』

「道理で情報が無いわけだ……だが、どうして人に使われるような真似をした?」


 セドリックの問いにナイトメアスパイダーは身体を震わせて笑った。


『ゲハハハ! タダノアソビヨ。ヒトガカチクヲセワスルヨウニ、ワレモアソビデアノオトコヲタスケタマデ』

「遊び、だとぉ……お前らがどれだけの被害を出したと思ってんだ」

『サアナ。ゲンジュウタルワレニトッテニンゲンナド、カチクイカヨ。セイゼイヒマツブシノオモチャテイドノカチシカナイワ』


 元より人と魔物の価値観は違うのだ。たとえ言葉を交わせたとしても、両者の距離は縮まる事は無い。


『ダガ、ニンゲンノナカニモオモシロイモノガイルナ……ワレ二アシヲオトサセルトハ。オマエタチハ、ナブリガイガアリソウダッ!』


 言い終えると同時に無数の斬糸が放たれた。


「ッ! 『石……』」

「避けろ、オリオン!」


 高速で射出された斬糸に防御魔法を使おうとしたオリオンだったが、魔法が発動する間もなく鋭い斬糸がオリオンの側まで迫る。セドリックが硬直するオリオンの身体に体当たりをして庇い、代わりにその身を斬糸の前に晒して切り刻まれた。


「そんな……セドリックさん! セドリックさん!!」


 血飛沫を上げて地面を転がり、ピクリとも動かないセドリックの下へ、悲痛な叫び声を上げてオリオンが横駆け寄った。

 身体中に深い傷を負い血塗れのセドリック、特に顔に刻まれた傷はセドリックの片目を潰していた。


「あぁ……そんな、俺のせいで」

「お、落ち着け……戦闘、中に、取り……乱すんじゃ、ねぇ」


 セドリックは弱々しい声でオリオンを叱り、手探りでオリオンの腕を掴むと激痛に耐えながらゆっくりと語りかけた。


「こうなったら、お前が……アイツを、倒す、しか……ねぇ」

「でも、俺の力じゃ……」

「たとえ、一人……だろうと、弱かろう……とやる、しか、ねぇんだ……腹を括れ、オリ……オン。村人を……家、族を……守れ!」


 気力を振り絞り思いを伝え終えると、痛みを感じる程オリオンの腕を握り締めていた手から力が抜け、セドリックは気を失った。


 呆然と踞るオリオンの背後にナイトメアスパイダーが近寄る。


『オモチャガ、ヒトツコワレタカ……サア、ノコルハ、オマエヒトリ。タタカウキリョクヲウシナッタノナラ、サキニモリノナカ二ヒソムヤツラヲ……コワシテヤロウカ?』


 深く息を吐き、振り向いたオリオンの目には覚悟の炎が灯っていた。


「させない。俺が、お前を……殺す」

『ゲハハハッ! ヤッテミロォ!』


 歯を食い縛り斧の柄を握り締めて、オリオンがナイトメアスパイダーへと切り掛かる。

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