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10 接近

 その日、最初に脅威を察知したのは城塞蜂だった。接近する強力な魔物の存在を感知した蜂達は百匹以上の眷属蜂が巣から飛び出し、女王の周りで激しく羽音をたてて旋回して興奮していた。この光景をたまたま近くを通っていたサジッタ村の村人が目撃し、直ちに村長へと報告に走った。


「蜂達が暴れておると報告があった。これはどういう事かのぉ」


 報告を聞いた村長は直ぐ様セドリック班を呼び、意見を求めた。


「今までに無い行動だな。魔物がそこまで興奮するのはかなりの脅威が近付いている証拠だ」

「と、言うことは……」


 セドリックがいつもと違う緊張した面持ちで推測を口にし、それを聞いた村長の顔色がみるみる青ざめた。


「あぁ、例の大蜘蛛を連れた盗賊団が近くまで来てるって事だ」

「た、たた、大変じゃあ! す、すぐにハーベルに使者を、いや籠城すべきか? あぁ、とにかく皆に知らせて……」

「落ち着け、村長。まずは村人を集めて守りを固めるんだ。盗賊どもが襲ってきたら自警団が応戦しつつ、緊急脱出用の抜け穴から村人を逃がそう」

「うぅ……よし。そうしよう」


 激しく狼狽する村長にセドリックが指示を出すと、村長は何度も頷いた。


 その後、緊急を告げる鐘が鳴り響き、集められた人々に村長の口から危機が迫っている事が告げられると、各自が一斉に行動を開始した。


 自警団と男達が村の出入り口の橋を壊し、戦闘に備えて予備の弓矢や投石用の石、尖らせた木槍を用意する。女子供は村長宅の庭にある小屋前に集合し、小屋の床板を外して隠し階段の扉を開けた。


「もう移動した方がいいのかしら?」

「まだダメよ。今、脱出しても出口で盗賊と鉢合わせになるかもしれないわ。脱出は盗賊が襲って来てからでないと」


 初めての事態に多少の混乱はありつつも、大人達は比較的冷静に行動している。しかし、まだ幼い子供は大人達の険しい表情とただならぬ雰囲気に怯えた。


「怖いよぉ、母ちゃん」

「大丈夫よ、盗賊なんか父ちゃん達がやっつけてくれるからね」


 子供の背を擦り落ち着かせようとする母親も心中に広がる恐怖を必死に隠そうと強がるが、声は震え表情も強ばるばかりだった。


 外では着々と準備が進み、村の家々には火付けの仕掛けも施された。

 空堀に石壁、さらに自警団の防衛が破られた場合、最終手段として村の家屋の半分以上が燃やされる仕掛けだ。

 この仕掛けは、すでに村人が外に脱出して村が無人である事を隠す意味や村が盗賊の根城として利用されるのを少しでも防ぐ為、そしてハーベルの街に異常を知らせる狼煙でもある。


 緊張から皆が無駄口を叩く事なく準備に奔走する中、オリオンも村の門が開かないように魔法で埋め村を囲う石壁の補強をしたりと忙しくしていた。


「オリオン、ちょっといいか」


 セドリックの下へ作業の手を止めたオリオンが歩み寄る。


「何ですか、セドリックさん」

「うちの班の配置についてだが、オリオンには脱出する村人の護衛に回ってもらおうかと……」


 セドリックの指示にオリオンは怪訝な顔で反論した。


「セドリックさん、村人の護衛は別の班が担当するじゃないですか。俺の魔法は防衛戦の方が活かせるんですから、俺は残りますよ」

「だがなぁ……」


 セドリックの口調が弱い。セドリックも戦力的にオリオンを防衛戦に当てる方が有効だとは理解している。だがそれ以上に盗賊との戦闘にオリオンを参加させるのを躊躇っているようだっだ。


「大丈夫です。自警団に入った時から覚悟は出来ています。足手まといにはなりません」


 オリオンもセドリックが何を気にしているのかは察していた。魔物と盗賊の違い、すなわち人殺しが出来るかどうか。

 特に命乞いをしてくる相手に惑わされず、トドメを刺せるかどうかが重要だ。必死に命乞いをする相手の言葉を信じて躊躇えば、一瞬で立場は逆転してしまう。オリオンの性格を知るセドリックは、彼が非情に徹しきれず手を汚すのを躊躇うのではないかと思ったのだ。

 その事を案じて逡巡しているセドリックの迷いを吹き飛ばすように、オリオンは力強く断言した。その意志が固く、最早自分では翻意させる事は出来ないと理解したセドリックはため息を吐いた。


「……わかった、お前を信じよう。だがこれだけは肝に銘じておけ。襲ってくるのは魔物同然の奴らだ。会話も同情も捕虜も必要無い、全滅させろ」

「はい、わかりました」


 セドリックの言葉を真摯に受け止めオリオンは頷いた。


◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️


 そうして日が暮れる頃にはあらかたの準備が整い、夜通しの監視の為にあちこちで篝火が焚かれた。

 やがて完全に日が沈み、暗闇の中で篝火の灯りが村のあちこちを照らす。


「盗賊どもは来んのかな?」

「わかんねぇ。蜂はまだ暴れてるって話しだから、どこかで俺達を監視してんのかもなぁ」


 見回りを続ける自警団員が不安そうに囁く。慣れない事態に気が沈み、普段の森の見回りよりも緊張しているようだ。


 自警団員として戦闘訓練を積み、魔物相手に実戦経験も重ねてはいるが相手は領軍の部隊すらも倒した相手と聞かされては、勝機を見出だす事など出来ずにいた。


 そうして不安に駆られる団員の班とセドリック班が休憩と見回りの役目を交代する。


「お疲れ、何も異常は無いな」

「あ、あぁ……なぁセドリック、盗賊はいつ襲ってくんのかなぁ。もしかしたら俺達が準備万端で待ち構えているのを知ってどこかへ行っちまったんじゃないかなぁ」

「まぁその可能性も無いこたぁ無いが、少なくとも夜が明けて日が上りきるまでは警戒した方がいいだろうな。盗賊がこれだけ警戒している村を襲うとなれば、最適なタイミングを狙ってる筈だからよ」

「最適なタイミング?」

「ガチガチに警戒している今じゃなく、夜通し緊張して神経をすり減らしている皆が襲撃は無いなと気が緩む夜明けの瞬間さ。その不意打ちを食らって混乱すれば士気は一気に落ちる。一度落ちた士気を上げるのは容易な事じゃない。俺達は大した抵抗も出来ずにやられてしまうだろうな」


 あり得る最悪の未来を想像して団員の身体に無駄な力が入る。


「それを防ぐ為にも、こうして交代で休憩して体力と気力を温存しておくんだよ。お前ら緊張し過ぎだぞ」

「わ、わかってるよぉ」

「大丈夫かよ。まるで初めて女を抱く前の小僧みたいに緊張してんぞ」

「う、うるせぇっての!」


 軽口を叩いて笑いを誘い団員の緊張が少しは解れると、セドリック班の三人が見回りを交代した。


 真っ暗な夜の闇の下、松明の頼りない光りが幾つも村の中を彷徨い、村全体が不安と恐怖と怒りに満ちる中ゆっくりと月は沈み、そして夜が明ける。


 まだ薄暗い、夜と朝の狭間の時、とりあえず一日生き延びたと安堵しながらも来るべき時が来たと皆の警戒心が高まる。

 そして、盗賊の襲撃を告げる甲高い笛の音が鳴り響いた。

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