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このノートの命令を実行しなければあなたの命はありません

作者: 仲瀬充
掲載日:2025/12/07

町田沙織と野々宮智子が看護師専用の更衣室に入ったのは今朝もほぼ同時刻だった。

「智子の結婚、近づいてきたね。式場との打合せとかいろいろ大変じゃない?」

「準備はなんとかなるけど結婚後の問題があるの。彼のお母さんの名前も智子なのよ。結婚して姓が変われば私、彼のお母さんみたいになっちゃう」

「そんなの私にくらべれば問題のうちに入らないよ」

「あら、何か問題があるの? 沙織たちも熱々じゃない。昨日は健二くんの誕生祝いで外食とか言ってなかったっけ?」

「散々だったわ。夕方に公園で待ち合わせたのよ。ベンチに座ってる健くんの後ろから『だーれだ?』って両手で目隠しをしたの」

「ほうほう、アラサーがやればちょっとイタイね」

「ものすごく痛かった。ぎゃあ!って驚いて立ち上がった彼の頭が私のあごを直撃よ。私、のけぞって倒れてパンツ丸見え」

「アッハッハ!」

「笑いごとじゃないわよ。彼、超ビビリなんだから。部屋にゴキブリが出た時の姿、見せたかった」

「どんなふうだったの?」

「忍者かと思ったわ。窓にひょいってつま先で飛び乗ったの。窓、閉まってたのよ。レールの狭い溝に乗って窓枠に指先でしがみついて」

「何だかんだ言って3年も同棲してるんだからいいかげん結婚しちゃいなよ」

「それなのよ問題は。正社員になってからって彼がこだわってて」

「あんた健二くんより年上で来年は30なんだから結婚式は20代のうちが見栄えがいいわよ。さっさと今年じゅうに、あ、時間だ。仕事、仕事」

ナース服に急いで着替えて沙織と智子は更衣室を出た。


山内健二はITソリューションサービスの会社で派遣社員として働き4年目になる。

SEの資格も持っているのだが正社員への登用希望を出してもなかなか通らない。

今日は外回りの仕事先から4時過ぎに直帰できたのでホラーもののDVDを見ることにした。

我ながら不思議だが(こわ)がりの性分(しょうぶん)なのに時々そっち系のDVDを借りてくる。

見終わって夕食の準備にかかった。

同棲している沙織は街なかの総合病院に勤めていて今日は日勤のはずだ。

そろそろ帰ってくるだろうと思ったちょうどその時、ドアが開いた。

「いい匂い! パスタ作ってくれたんだ。健くん、ありがとう。手伝うことない?」

「もうできるよ。あとはバゲットだけ」

「OK」

沙織が手早くバゲットを切ってパン用のバスケットに入れた。

健二も席についてパスタと付け合わせのサラダを取り分けながら言った。

「今日は早く帰れたんでDVDを見たよ。『DEATH(デス) NOTE(ノート)』」

「私は漫画で見たわ。ノートに名前を書かれたら死んじゃうってやつね」

「そうそう。見るのは2回目なんだけど超怖かった」

沙織はパスタを頬ばりながら「でしょうね」と言いたげな視線を送ってよこした。


翌朝、「夢だったのか」と言って起き上がった健二は水の入ったコップを二つ持ってベッドに戻った。

睡眠中の血液凝固を緩和するためにコップ1杯の水か白湯(さゆ)を飲むのが寝る前と起きた後の二人のルーティンだ。

コップを沙織に渡しながら健二は「小さな子供が主人公だったんだけどね」と昨夜の夢を語りだした。

「朝目を覚ましたら『デスですノート』って表紙に書かれたノートが枕元にあったんだ」

「とぼけたタイトルね。きっと昼間見た『DEATH NOTE』の影響よ」

「でも内容は違った。『このノートの指示を守らないとあなたを待っているのはデスです』って最初のページに書いてあって、毎朝一つずつ記入されていくんだ」

「たとえば?」

「人参とピーマンは残さずに食べなさいとかね」

「子供は言うこと聞いたの?」

「うん。『あなたを待っているのはデスです』って文句を信じちゃってさ」

健二はノートの指示を子供が次々に実行していく夢の話を続けた。

沙織は最初は面白そうに聞いていたが途中から(おび)えだした。

そして健二の話をさえぎり耳をふさいだ。

「もうやめて、怖い!」

「最後はすっかりいい子になったってオチだよ?」

「でも1回でも指示を守らなかったら殺されてたのよね? 『DEATH NOTE』と同じで残酷だわ、もう二度とそんな話聞かせないで!」

沙織が怖がるとは思っていなかったので健二はとまどった。

そして沙織の恐怖が伝染したかのように自分が見た夢が急に怖くなって身震いした。


数日後、健二が目を覚ますとベッドのヘッドボードに見覚えのないノートがあった。

黒い無地の表紙のノートで、開いてみると最初のページにこう書いてあった。

「このノートに記される極秘の命令を確実に実行しなさい。実行しなければあなたの命はありません」

ページをめくると赤茶けた色の字で命令が記入されている。

「トイレとバスタブを掃除しなさい」

これが極秘の命令? 健二は失笑してしまった。

沙織のやつ、僕の夢をパクッたな。

健二はヘッドボードの引き出しにノートを放りこんだ。

ところがその日の夜中、健二は猛烈な腹痛に襲われて意識を失いかけた。

看護師の沙織の処置で明け方には何とか痛みが治まったが下痢がひどく仕事は休むことにした。

沙織が仕事に出た後、昨日のノートが気になって見てみると次のような追記があった。

「2度目の警告はありません。命令に従わなかったら命は失われます」

命令を無視して腹痛に襲われた健二はノートが沙織のしわざなのかどうか不安に思った。

沙織に確認したいが自分の夢を聞いた時の怖がりようを思い出すとそれもはばかられた。

昼過ぎに体調がだいぶ回復したのでベッドから起き上がった。

ノートの警告を()に受けたわけでもないが健二はトイレと風呂場をのろのろと掃除した。

ノートにはその後も家事に関する命令が記され健二は指示に従った。

沙織がそのつど喜ぶのを見るとノートはやはり沙織のしわざだろうという思いを捨てきれない。

自分が寝入った夜中に沙織がノートに書きこんでいるのだろうか。


ともかくもノートの件を問いただしてみようと思った週末に沙織は同じ市内にある実家に泊りがけで出かけた。

当てが外れた健二だったがかえって好都合だとも思った。

ノートが沙織のしわざなら少なくとも今夜から明朝にかけては命令が書かれるはずはない。

健二はいつものようにコップ1杯の水を飲んだ後ベッドに入った。

超常現象の可能性も全くないとは言えないので気を張っていたが無駄だった。

寝つきはいいほうではないが最近は眠りに落ちるのが早い。

朝に目覚めてみるとノートには新たな命令が書きこまれていた。

「町田沙織の作る料理を徹底的に(けな)しなさい」

ノートは沙織のいたずらではなかったのだ!

沙織は泊りがけで出かけているしそれに今回の内容は彼女にとって不利益な命令だ。

さらによく見てみるとこれまで気づかなかったが赤茶けた字はどうも血で書かれているようだ。

字体も沙織の筆跡とは明らかに異なる。

健二は急に怖くなってガタガタ震え出した。


日曜の夕方、実家から戻った沙織が夕食に作ったのはオムライスだった。

料理が不得意な沙織が作る料理は普段から美味しいとは言いがたい味だが健二はこれまで文句を言ったことはない。

しかし今回は黙っているわけにはいかないのだ。

一口食べてスプーンを置いた。

「健くん、どうしたの?」

「中のチキンライスがべちゃべちゃしてて鶏肉も生煮えだし、食えたもんじゃないな。カップ麺のほうがましだ」

健二が立ち上がろうとすると沙織はあわてて押しとどめた。

「ごめんなさい。ちょっと待って、何か作るわ」

沙織が手早く用意したトーストとスクランブルエッグを健二は罪悪感に駆られながら無言で食べた。


その後も健二はノートの命令に従ったが結果として沙織を苦しめ続けることになった。

「熊のぬいぐるみを全部捨てなさい」

熊のぬいぐるみとは沙織のお気に入りのリビングに飾ってあるディズニーのキャラクター、熊のプーさんのことだ。

沙織が夜勤のシフトの時、健二はぬいぐるみ3体をそれぞれ袋に入れた。

沙織がどれほど大切にしているかを知っているだけに、ゴミステーションに置く時は辛かった。

次の命令はもっと沙織を苦しめた。

あら?と沙織が声を発したのを聞いて健二はこっそり洗面所を(のぞ)いた。

沙織は健二が脱ぎ捨てたワイシャツを手にしている。

そして胸のポケットに入っていた名刺を取り出し、ワイシャツを洗濯機に入れた。

寂しそうにうつむいた沙織を見て健二は胸が痛んだ。

キャバクラの女の子の名刺もワイシャツの襟にうっすら付いた口紅もノートの命令だ。


さらに追い打ちがかけられた。

「町田沙織と待ち合わせする時は1時間以上遅れなさい」

この命令と呼応するかのように沙織のほうから健二に誘いをかけてきた。

「ねえ、健くん。明日で3年ね」

「えーっと、3年って言えば僕たちのこと?」

「そう。一緒に住み始めて明日でちょうど3年よ」

同棲記念日を祝おうと翌日の仕事帰りに駅で待ち合わせて外食することにした。

夕方になって健二は喫茶店で時間をつぶし1時間遅れて駅に着いた。

沙織は改札口近くの柱にもたれて待っていた。

怒っているかと思いきや健二に気づくと沙織は笑顔で手を振った。


翌日のノートの命令は犯罪にまでエスカレートした。

「町田沙織の貯金を全部だまし取りなさい」

健二は沙織の出勤中に彼女のノートパソコンを開いた。

パソコンの操作ならお手の物だ。

しかし立ち上がりの画面に4桁の暗証番号がパスワードとして設定されていた。

0000や1234、それに二人の誕生日などを次々に入力してみたが開かない。

健二はふと昨日の外食を思い出してキーを叩いた。

いじらしいことに沙織は同棲記念日の日付けを暗証番号にしていた。

デスクトップに「家計簿」と「日記」の二つのファイルがある。

「家計簿」を開くと預金は200万円余りあることが分かった。

その日の夜、健二は暗い顔で切り出した。

「沙織、頼みがあるんだけど」

クライアントのコンピュータシステムの構築でヘマをして200万円の損失を出し自腹で返済しないと会社をクビになる。

そういった趣旨の話をでっちあげた。

「分かった。貯金がちょうどそのくらいあるから明日おろしてくる」

沙織は顔色一つ変えずに言った。


沙織があまりに人がいいことが気になった健二は沙織の夜勤の日に再び沙織のパソコンを開いた。

先日いじった時に「日記」というファイルもあったことを思い出したからだ。

気がとがめたが開いて読んでみた。

「健くん、仕事で200万円のミス。作り話めいててあやしいけど結婚に備えて貯めていたお金を渡した。そろそろ限界、悲しいけどもうムリかも。でも別れる時は絶対笑顔でサヨナラしよう。200万円は3年間の思い出代」

健二はさかのぼってプーさんのぬいぐるみを捨てた日の日記も読んだ。

「夜勤明けで帰ってみたらプーさんたちがいない。健くんに聞くと『じゃまだから捨てた』 健くんに知られないように外に出て泣いた。子供の頃からずっと一緒だったプーさん。じゃまだから……私もそのうち捨てられる? 健くんより三つも年上のおばさんだもんね……」


数日後の朝、ノートには「最終命令」と題して次のように書いてあった。

「町田沙織と同居してはいけません。同棲生活を1か月以内に解消しなければあなたの命はありません」

今回の命令はとても冷静には読めなかった。

健二は頭に血が上りハッと我に返ったのはノートをゴミ箱に破り捨てた後だった。

それでも命令の文言が頭から離れず来る日も来る日も一人で悩み続けた。

そんなある日のこと、夕食の片づけを終えた沙織がリビングのソファーの健二に並んで腰を下ろした。

「最近、元気ないわね。大丈夫?」

健二が生返事をすると沙織は手にしていた角封筒の封を切った。

「何それ?」健二が声をかけた。

「招待状よ、智子が結婚するの。結婚後はややこしくなるけど」

「ややこしいって?」

「智子の旦那さんのお母さんも智子っていう名前なの。だから結婚したら彼のお母さんと同じ名前になるのよ」

「そうか、姓が変わるからね……ん? それだ! それだ!」

健二は沙織の手を引いて勢いよくソファーから立ち上がると沙織を強く抱きしめた。

結婚して町田沙織から山内沙織になればノートの命令もクリアできることになる。

「沙織、結婚しよう!」



沙織は結婚の報告のため、同じ市内にある実家を訪れた。

母親が笑顔で迎えた。

「うまくいったじゃないの。そもそもデスノートもどきのプロポーズ大作戦はどうやって思いついたんだい?」

「健くんがデスノートみたいな夢を見たって話している途中でこれは使えるって思ったのよ、彼、超ビビりだから。話を聞いてる途中から私も怖がる演技したら効果満点、うまくいったわ」

「で、とりあえず籍だけ入れたんだね?」

「うん、智子にも20代のうちにってせっつかれてたしね」

「でも何でノートに『町田沙織と結婚しなさい』って書かずにあれこれ手のこんだことをしたんだい?」

「だってストレートに迫ったら健くんは死ぬのが恐くて安直にプロポーズする可能性があるじゃない。彼の本気度を確かめたかったの。母さんのアイデアの最終命令を読んだら彼、とうとうノートを引き裂いたのよ。部屋の外からこっそり覗いてたけど感動しちゃった」

「昔のトレンディドラマみたいだね」

「でもその後もぐずぐずしてたから智子の結婚式の招待状をヒントがわりに使ってやっとプロポーズ大作戦完了」

「それにしても寝る前に飲む水のコップに睡眠導入剤を入れるなんて看護師ならではだよ」

「だってノートに記入してるとこを見られたら終わりじゃない」

「最初の命令を健二さんが無視した罰の腹痛はどんな手を使ったんだい?」

「あの時は睡眠導入剤じゃなくて下剤。多めに服用すればおう吐下痢症に似た症状を引き起こすのがあるの。それを就寝前のコップの水に溶かしたってわけ」

「わが子ながら鬼のような娘だね」

「私も自分の腕から採血して血文字を書いてたんだから痛み分けみたいなものよ。血文字もバレないように左手で書いたしノートの信憑性(しんぴょうせい)を高めるために健気(けなげ)な女を演じる芝居も大変だったわ。母さんにも色々と協力してもらって助かった」

「だろう? じゃ精算に入ろうかね」

「何の精算?」

「必要経費さ。まずうちに週末に泊りがけで来た日があったね。夜中にこっそりマンションにノートを書きに行ってまた戻って来た、あれが夜中の送迎付きの1泊2食でおまけして13000円。それからゴミステーションを見張って健二さんが捨てたぬいぐるみを回収した私の手間賃が時給1800円として2時間分、家での保管料はサービス。そして最終命令のアイデアのコンサルティング料が10000円。はい、合計でこれだけ」

沙織はしぶしぶ請求書を受け取った。

「わが親ながら鬼のような母親ね。こんなのおかしいよ」

沙織がそう(つぶや)くと母親は頷いた。

「確かにおかしい。それ、破って捨てていいよ」

「だよね、いくら何でも親子なんだから」

沙織が微笑むと母親は新しく請求書の用紙にペンを走らせた。

「消費税を入れてなかった」

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