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第六話 観測者ミレーユ、そして


「私は、多分──カインとは異なる世界から来た存在なの。」

ミレーユは研究施設(ミレーユ・ラボ)の薄暗さの中、ポツリと口を開いた。


「異なる……世界?」


オレの声に彼女は静かに頷く。


「それを思い出したのはね……カイン、貴方が《魂名》を授かったのと、ちょうど同じ頃だったの。あの瞬間に、私の中でも何かが“目を覚ました”のよ」


「思い出したって……その、前の世界のこと?」


「断片的だけど……ええ。私はこの世界に“あとから来た”って、確かに感じた。それからは、自分がなぜここにいるのかを知りたくなったの。どうして転生したのか、何をするために来たのかを」


彼女はゆっくりと振り返り、背後に広がる装置群──この世界ではありえない、精密かつ異質な構造物を見渡す。


「だから、色々作ったの。この場所も、全部、自分で」


「でも……こんなラボ、家の中に作ったら、絶対気づかれるだろ?」


「ううん。これは、家の外。裏山の地下に“くり抜いた”のよ。魔導位相をずらして、物理的に感知されにくくしてある。地図にも出ないし、探知魔法も通らない」


「そ、そんなことまで……」


「さらに、空間内の時間の進み自体を遅くしてあるから、体感で一週間いても、外では一日も経たないように調整してるの。……これなら、家族にはバレずに研究できるから」


その声はどこか誇らしげで、でも少しだけ、寂しそうだった。


「それくらいしてでも、知りたかったの。自分の正体も、この世界の理も」


「……ミレーユ姉ちゃん」


「だから、カイン。お願い。もう少しだけ、貴方の魂を観測させて?」


観測者の瞳が、再びこちらを射抜いてくる。

それは、狂気と真実のはざまに立つ者の目だった。


(サブ、どう思う?)

【…………】

(お~い)

【…………】

………反応が無い。


そうして、施設内2日目が静かに過ぎたのだった。



──────────



施設内時間で4日ほどたった頃、サブが動き出した。


【カイン様!カイン様!】


(何だ?サブ?)


【ここに運び込まれる時に失神してしまった原因が分かりました!】


(もしかして、ここまでずっと黙ってたのってそれが原因?)


【…………】


(都合が悪いと黙るのな。)


【いえいえ、そんな事は……ないと信じたいです】


コイツの事をラーファが「たまに役に立たないのが、玉に瑕」と言っていたのはこういう事なのかもしれない。


【まぁ、そんなことより……】


(いやいやいや、「そんなこと」じゃないケド?)


【兎にも角にも、報告いたします】


問い詰めようとしたのに、うまく話を切り替えられてしまった。

でも、サブの声に緊張がは混じっていたため、仕方なく続きを聞く。


【あの時、急な眠気に襲われたのは、催眠魔法に掛かっていました。記録映像を確認したところ、ミレーユのみが、催眠魔法に掛からずにあの道を通れる事が分かりました!】

【そして、それが意味する事は………】


(ためを作るより、先ずはその映像を見せてくれない?)


そうなのだ。肝心の映像をオレはまだ見せてもらっていないのだ。


【……わかりました。先ほどのようにミレーユに情報が漏れないように、結界を展開します。】

【結界展開。対象ミレーユに対する視認・聴覚・霊識干渉遮断開始】


空気がほんの少しだけ震えた。カインの内側から、何か見えない膜のようなものが広がっていく。


(これが……“アストレイア”の観測結界か)


サブの補助演算により、彼の意識と空間のあいだに“情報の壁”が構築される。

ミレーユは至近距離にいたが、その異変に一切気づいた様子はない。ページをめくる指が、何事もなかったかのように動き続けている。

そして、目の前に淡い水色の“記録映像”が浮かび上がった。


《記録再生──四日前:山道通過時》


映像の中、ミレーユはあの道を歩いていた。彼女が一歩踏み出すごとに、空間に見えない揺らぎが広がる。


【確認しました。ここに展開されていたのは“睡眠誘導型・空間遮断結界”。通常の肉体および精神では、進入と同時に神経遮断が発生し、昏倒します。】


──にもかかわらず。

映像のミレーユは何事もなかったかのようにそこを通過している。

サブの声に、緊張が混じっている。


【彼女は、自分で作成した魔道具にて結界を展開していました。なので、結界を通る者の対象から自らを消し、影響をまったく受けていません。そして、その魔道具の構造は、この世界の常識から逸脱しています】


カインは、映像を見つめながら、息を呑む。そして、疑問を呈す。


(………サブは何故、「息を止めて!」って言ったんだ?)


【すいません。あの時は、他の解析をしていたので……】

【その時の一番可能性の高かった、毒霧かと思いまして……】


(……そうか。……って、なんの解析してたんだよッ!)

(こっちは、ロープで縛られていたっていうのに。)


【禁則事項です。】



───そんな感じで話を濁されてしまったが、映像はまだ続いた。


ミレーユに担がれたまま、裏山の森を進み、入り口の前で、一瞬手を翳すと、何もない空間が開き、その先で、拷問台──観測台に、手際よく、固定される。

全ての動きが、驚くほど無駄がない。まるで”何度も繰り返した手順”のように。


──────

映像が終わる。

冷静に考えると……

(これ、拉致では?)


【はい。法的には誘拐に該当する可能性もあります】


(お前の冷静な解説が一番ムカつくんだけど!?)


【ただし、感情的にはミレーユ様に“悪意”は感じられませんでした。あくまで観測対象への“研究的好奇心”です】


(いや、それが一番タチ悪いからな!?)


──────────────────


夜。施設内での眠りの中──夢の中に、彼女は現れた。


「カイン。聞こえますか?」


光の中に、見覚えのある少女──女神ラーファの姿があった。


「今は仮想位相で接続しています。私の警告を忘れないでくださいね。」


「……なんの話だよ」


「ミレーユ。彼女は確かに異世界から来た者。ですが、今はまだ目覚めきっていません。“向こう側”の記憶も、力も不完全なのです。」


「それって、どういう──」


「彼女が完全に目覚めた時、カイン。あなたと彼女は、“敵対”する可能性があります。」

「……!」


「今は、信じてもいい。だが“依存”してはいけません。あなたは“観測者”なのです」


そう言い残して、光は遠ざかっていった。


──────


翌朝、目が覚めたオレは、再びミレーユと向かい合っていた。


「おはよう、カイン。……今日もよろしくね?」


その笑顔に、どこか“もう一人の彼女”の影を見た気がした。

オレの観測者としての日々は、まだ始まったばかりだ──。



次回へ続く

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