第二十五話 料理人、名前は匿名で。 後編
「すみません。このスープを作った方はどちら様でしょうか?」
厨房にいた全員の視線が、彼女に突き刺さる。
「そのスープを作ったのは、コイツだ──です。」
気に触れたのか、先輩に護衛の視線が突き刺さる。
このアホ、いえ失敬。先輩。
普段から敬語を使わないから、素が出ましたね。
だから私は何度も言っているのです。
直しなさい、と。
出来ないならば、地に堕ちるがいい。
先輩は苦い顔をしました。
気の強い女性は苦手なようです。
えっ、私は違うって?
理由は特にない、と。
何故でしょうか。
そんな事を考えながら、返事をします。
「はい。私です」
「ちょっと、向こうでお話しませんか?」
「そいつが、何かしましたか?」
「いえ、全体を見た時に、この方の料理がずば抜けて美味しいものでしたので」
「……」
私以外の料理人は、絶句していました。いい気味です。
今の発言は「私より、料理下手ですね」と宣言されたようなものなのだからそうなっても可笑しくはないですね。
よしっ、私の勝ちだぁぁあ!
心の中でガッツポーズを決めてしまいました。
そんな静寂の中(心の中で叫んでるけど)私は厨房から連れ出されました。
他の品物を作らされていた中だったので、とてもありがたいですね。
食堂の端にテーブルが用意されていて、そこに座るよう言われました。
その隣では、もう一人の護衛が肉を積み上げていますが気にはしていない様子。
スープエリアで素晴らしい選択をした護衛は「エリアールです」と、名前を教えてくれました。
エリアール様とお呼びしましょう。
エリアール様の自己紹介が終わったら、スープについて質問されました。
「料理人さん、このスープって出汁が入ってますよね?」
いえ、質問ではなく確認ですね。
しかも、ほぼ確信した様子。
敵いませんね。認めます。
「そうです。それは出汁を使っています。クズ野菜のです」
頷いている。
んん? そんな事まで分かっ……えっ?
「この調理法は、この地域、いや、国には無い筈ですが何処で知ったのでしょう? 東ですかね」
これも、質問というより確認ですね。
この方、かなり修行しているのではないでしょうか?
いえいえ、修行してないと変です。
もしかして、魔法を用いた料理方法も考案しているのでしょうか?
だとしたら、気になります。
幾ら料理のプロである料理人とはいえ、未知の調理法は未知なのです。
プライドや先入観なんてクソ喰らえ。
未来を考えるべきです。
「あのー、料理人さん……?」
私は、ぼーっとしているように見えたのでしょう。
「あっ、すいません。弟子にして下さい」
「…………え?」
思わず言ってしまいました。
キョトンとしたお顔をされています。
これが、目が点になるということでしょうか。
「私は護衛職なので、主に確認しないと」
そうですか……。
がっかりです。
料理を追求できる職場が得られると思ったのに。
「……ご期待に添えず申し訳ないです」
私ががっかりしてるのを見て、あることを教えてくれるそうです。
いい人です。
私もこのような人が先輩だったら、喜んで働いていたのに。
なんでも、明日の略式クラス選別試験の間にお教え下さるそうです。
私は飛び付きました。
ありがとうございます! エリアール様!
その日の夜は、嬉しすぎてなかなか寝付けませんでした。
いけませんね、寝ないと。
集中力に影響が出ますから。
おやすみなさい。
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翌朝。
おはようございます。
今日は、起床の鐘が鳴り響く前に起きて、魔法回路に異常がないかをしっかり調べました。
特に異常はありませんでした。
一安心。
私は料理人。
魔法は、料理で使えるものしか覚えていません。
例えば、
火の温度を一定に保つ、キープファイヤー。
冷凍保存の、フリーズ。
触れない素材を魔法で持ち上げる、リフトアップ。
これ以外にも何かあるのでしょうか?
現地集合のようなので、急いで向かいます。
エリアール様一行を見つけました。
エリアール様の指示では、試験開始時に入口で護衛は待機させられるので、それまで接触は避けて下さいとのこと。
試験開始の声が聞こえました。
走り寄ります。
「本日は、宜しくお願いします!」
「はい! 料理をより深く美味しいものにする講義をしましょう!」
今日は、エリアール様の主である、カイン様の回復食について考えるそうです。
その前に、知らない調理魔法について質問しました。
「圧縮魔法って知ってますか?」
話によると、これは、本来、人間の足などの限定的で狭い場所を圧縮して、身動きが取れないようにする魔法だそうです。
人間の左胸や頭にその魔法を行使すると、一瞬で死んでしまう危険な魔法なんだそうです。
エリアール様はそれを具材の入った鍋にかけて、肉だったら、肉汁を閉じ込めたりするそうです。
元殺人魔法を料理に使うなんていう発想は、私にはありませんし、まだ早いです。
そんな訳で、炙り魔法や“揚げる”という新しい調理法などを教えて貰いました。
私に使えそうなのは、炙り魔法だけですね。
圧縮魔法は怖すぎて使えません。
先輩には使いたくなりますけど、私はまだ若いのです。
犯罪を犯して人生を溝に捨てたくありません。
“揚げる”には、魔力がたくさん必要になるそうなので、私には出来ません。
そんな感じで、本題に戻りました。
「じゃあ、回復食について考えましょう」
なんでも、カイン様は、ストレス耐性の無さや緊張で胃が痛くて、胃薬を常備しているそうです。
ちょうど、今日の朝、薬が切れてしまったので、作らなければならないとのことです。
その調理法や食材について、意見をぶつけ合いました。
私の料理人としてのプライドと、生活支援型護衛のプライド。
人生で忘れられないほど、たくさんの経験をすることが出来ました。
話し合いの途中で、もう一人の護衛が持っていた肉を取って、試作会をしたのは、御愛嬌ということで。
お陰で、新しい肉を要求されたのは、仕方の無いことです。
そんなこんなで、試験が終わりそうな頃に私は、東棟厨房に帰りました。
楽しい一日でとても有意義。
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そんな私の職業は、料理人。
ひっそりと裏から喜ばせる仕事です。
今日の経験を活かして、エリアール様も超えて見せましょう!
今後の私に乞うご期待。
次回、本編。




