第十七話 学園での役割
学園でお世話になる人たち──後見人や護衛──を決めてから、早くも一か月が経った。
その間、準備や稽古に追われる日々を過ごし、気づけば「出立の日」は目前に迫っていた。
「カイン。明日には寮へ向かう馬車が出る。荷の支度を始めろ」
フェリス兄がいつも通り淡々と告げる。
言われるままに荷をまとめ始めた矢先だった。
「カイン、荷纏めが終わったら少し来なさい」
母上に呼ばれ、オレは執務室へ向かうことになった。
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母上の執務室――それは家の心臓部ともいえる場所だ。
帳簿や封書が山積みされ、インクと紙の匂いが鼻をつく。
普段はあまり足を踏み入れることがない場所に呼ばれたことで、自然と背筋が伸びた。
「明日から帝都の学園ね」
「はい」
母上は羽根ペンを置き、真っ直ぐこちらを見据えた。
「カイン。以前も言ったけれど、あなたには“役割”がある」
「……役割、ですか」
書簡が届いた時に告げられた言葉が脳裏に蘇る。
「学園に通う子らの多くは、いずれ帝国の政や軍、商会の中枢に座る者たち。
つまり、そこは将来の帝国を形作る若者たちの縮図。
あなたの役割は、その中に入り込み“縁を繋ぐこと”よ」
「縁を……繋ぐ?」
「そう。友人でも、ライバルでもいい。相手が貴族でも平民でも構わない。
学園で得た繋がりは、やがて家にとっての“財産”になる。
商会を動かすのに必要なのは、資金だけではなく人脈だからね」
【おぉぉ、これつまり“学園人脈収集任務”ですね!カイン様、ソーシャルネットワーカー就任です!】
(言い方が軽いんだよ!)
母上はさらに続けた。
「それと、もう一つ。学園には多くの噂や暗い思惑も渦巻く。
何か気づいたことがあれば、必ずフェリスに報告しなさい。
裏の情報は、商会の生命線でもあるのだから」
「……それって、つまり……、情報屋みたいな役目を?」
「その通り。あなたは神名を持ち、注目される存在。
表では笑みを浮かべて繋がりを作り、裏では冷静に情報を持ち帰る。
その両方をこなして、初めて“役割”を果たしたことになるわ」
母上の瞳が鋭く光った。
「いいこと、カイン。学園はただ学ぶ場所じゃない。
あなたはフォルシオン家の子。家と帝国に繋ぐ“目と耳”であり、同時に“絆を結ぶ手”なの」
【カイン様、これはもう立派な裏スパイ外交官ポジションですね!】
(おいサブ、今さらっと物騒な単語混ぜただろ!)
「……わかりました、母上」
オレは深く頭を下げた。
「そう、それでいいの」
母上は微笑む。その笑みは冷徹な帳簿の番人ではなく、家を未来に繋ぐ強き母のそれだった。
「さぁ、もう行きなさい。
明日からは、あなたの役割が試されるのだから」
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こうしてオレは、母上から「役割」の正体を知らされた。
縁を作り、情報を繋ぎ、家に持ち帰る。
ただの学生として学ぶのではなく、商会の一員として動く。
胸に重さを覚えながらも、どこかワクワクする気持ちもあった。
(……よし。帝国学園、ちょっと面白そうじゃないか)
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母上に「役割」を告げられてから、一週間が過ぎた。
縁を繋ぎ、情報を集め、家に持ち帰る――学園での使命。
その言葉が胸に重く残ったまま、オレはついに家を飛び出した。
今日から、学園生活が始まる。
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馬車は緩やかに揺れながら、帝都への街道を進んでいた。
革張りの座席に腰を落ち着けたオレは、窓の外の景色をぼんやり眺める。
田畑が遠ざかり、代わりに石畳と瓦屋根の家々が連なる。旅路の景色は、確かに「家を離れた」実感を与えてくる。
対面には、護衛として同行する二人が座っていた。
それぞれが後見人面接を経て、選ばれた者たちだ。
ふと、沈黙を破るべきだと感じて、オレは軽く息を吸った。
「……改めて、自己紹介をしておこうと思います」
二人が視線をこちらに向ける。
「カイン=アストレイア=フォルシオン。商会の四男です。
魂名は神名を授かったので、7歳で入学することになりました。」
──そして、馬車の中に静かな緊張が走った。
斧戦士は腕を組んだまま、カインの言葉にうなずく。
魔導師はにこやかに微笑みながら、布巾を丁寧に畳んでいた。
「ふむ、神名持ちか。そりゃあ、守り甲斐があるってもんだな」
斧戦士が低く唸るように言う。
「よろしくお願いしますね、カイン様。ご飯は柔らかめがいいですか?それとも硬め?」
魔導師は、戦闘よりも食事の心配をしていた。
(サブ……この人たち、ほんとに大丈夫?)
【ええ、今のところ“物理と生活”のバランスは完璧です。精神的な安定は……カイン様次第です】
(つまり、俺が耐えろってことか……)
【はい、耐えてください】
(お前、最近ドSになってない?)
【進化です】
──そんなやりとりをしているうちに、馬車は帝都の外縁部へと差し掛かっていた。
街の空気が変わる。石畳の道は広くなり、建物の高さも増していく。
人々の服装も華やかになり、魔導具を使った屋台や、空を飛ぶ配送鳥など、異世界らしい光景が広がっていた。
「……すごいな」
カインは思わず呟いた。
【帝都は、魔法と技術の交差点です。学園はその中心にあります】
(あの“金ぴか少年”とか、“火花少女”とかもここにいるのか……)
【ええ。そして、カイン様も“神名持ち”として、注目されることになります】
(もう胃が痛い)
【胃薬は荷物に入れてあります】
(ありがとう……)
──そして、馬車はついに帝国学園の門前に到着する。
白亜の校舎、広大な中庭、そして、、、
門の前には、すでに数十人の生徒たちが集まっていた。
貴族風の服を着た者、魔導具を背負った者、獣耳の者まで。
まさに“異能の縮図”だった。
「カイン様、準備はよろしいですか?」
魔導師が優しく声をかける。
「……うん。行こう」
カインは馬車を降り、帝国学園の門をくぐる。
──ここから始まるのは、ただの学園生活ではない。
情報を繋ぎ、縁を結び、そして──
“観測者”として、この世界の理を見極める旅。
【カイン様、いよいよですね】
(ああ。俺の物語は、ここからが本番だ)
──帝国学園編、開幕。
本日、もう一話更新!
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第一話を改稿しました。