第十六話 後見人面接、不穏な気配
いつもより、増量しました。
カオスな状況の護衛面接を終えて、1日と半日。
今度は“後見人”の選定という、またしても面倒極まりない儀式に臨むこととなった。
後見人。
帝国学園において、未成年の入学者が正式に認められるために必要な存在。
親の権限が全く及ぶことのない実力主義の場において、後見人は形式上の保護者であり、保証人でもあった。
「……ふぅ。護衛二人で終わったと思ったら、次は後見人か」
オレは自室に戻り、深々とベッドに沈み込んだ。
【カイン様、休憩の気配を感じますが、残念ながら次の案件が残っております】
「知ってるよ、サブ……」
フェリスが差し出した書類には、後見人候補として三人の名前が記されていた。
どうやら通信用の魔道具を使い、それぞれと面接する流れらしい。
「兄上……なんで俺に決めさせるんです?」
「実際にその人物と関わるのはお前だ。合わない人間を選んでも意味がないだろう」
「……なるほど」
フェリスの眼差しは冷徹そのもので、そこにはやはり兄弟情は見えなかった。
ただ、合理的。商人らしい割り切り方だ。
机の上に置かれた青白い光を放つ水晶球──通信結晶。
これを通じて、遠方の候補者たちと対話できる。
にしても、これってどうやって使うのだろうか。
オレは、魔法適性ゼロだから……そもそも使えるのか?
カインが、それについて考えている間にに、フェリスは水晶球に前に移動し、手をかざした。
「交響せよ、声と意志よ。水晶に宿りて道を拓け──“映写通信”」
すると、水晶球が光り出し、応接間の壁に後見人候補者のリアルタイム映像が流れる。
【思考速度上昇モジュール発動】
(サブ、ありがと)
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後見人面接
「カイン、こちらはヴァタフォード王国貴族レオニード卿だ。」
そこにいたのは、豪奢な衣装に身を包んだ中年男。
後ろには控える従者の列、明らかに「権威を見せつける」演出である。
「ほう……君が噂のアストレイアの名を持つ少年か」
レオニード卿は薄ら笑いを浮かべた。
「安心し給え。私が後見人となれば、学園で不自由することはない。貴族の権力とは、そういうものだ」
「……」
オレは黙った。
「もちろん、相応の対価は必要だ。君の……その“珍しい力”を、我が派閥のために活かしてもらう」
あ、コイツ、最初から利用する気満々だ。
【分析完了。人格傾向:傲慢・自己中心・搾取志向。
カイン様、こういうタイプは“関わるだけで胃痛を催す”と統計が出ています】
(おいサブ、どんな統計だよ)
フェリス兄は無言でメモを取っていたが、明らかに興味なさそうだった。
「……次」
通信先を切り替え、2人目の面接を始めた。
再び水晶球が光を放つ。
映ったのは、白髪を振り乱した初老の男。周囲には本や実験器具が山積みだ。
「おぉぉ! 君が噂の転生……いや、失敬! アストレイア少年か!」
最初の言葉から不穏すぎる。
「ん?転生?」
フェリスが不穏な空気を醸す。
「ちょっと待って、いま“転生”って言いかけませんでした?」
「気のせいだよ! はっはっは!」
完全にごまかしたな。
教授は目を輝かせながら畳みかけてきた。
「ぜひ君の身体能力や魔力特性を詳細に記録したい! いや、解剖はせぬ! 少なくとも生きている間はな!」
「いやいやいや! アウトでしょそれ!」
【はい、アウト判定ぃぃ。研究対象扱い。倫理観欠如。
危険度、赤信号。ミレーユと同タイプですね】
フェリス兄も渋い顔をした。
「学問的には優秀だが……弟を“モルモット”にする者を後見人にする理由はないな」
「同感です」
水晶球を即座に閉じた。
次こそは、まともな人でありますように、と願う。
そして始まる3人目。
最後の光が結晶に宿る。
そこに映ったのは、軍服に似た質素な服を着た壮年の男。
背筋は真っ直ぐに伸び、無駄のない雰囲気が漂っている。
「初めまして。ライナルトと申す。かつて帝国軍に在籍し、今は退役している。
後見人の件は、正直に言えば荷が重いと思っている。しかし──」
彼は一拍置き、真剣な瞳でこちらを見た。
「君が安心して学べるように、力になれるなら全力を尽くしたい」
……今までの候補とは明らかに違った。
利用するでもなく、珍品扱いするでもなく。
一人の人間として向き合おうとする姿勢。
【分析結果:誠実・実直・責任感強し。
弱点は融通が利かない点ですが、逆に信頼性は高いです。】
オレは思わず笑った。
「よしっ、この人に決定!」
フェリス兄も珍しく口元を緩めた。
「……カイン、お前にしてはまともな選択だな」
「なんだよ、その“意外だ”みたいな言い方!」
ライナルトは一礼して通信を終えた。
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静寂が戻る部屋で、オレは大きく息を吐いた。
「はぁ……なんか疲れた」
【カイン様、選択肢を誤らずに済んだのは僥倖です】
「お前、最初から俺が失敗する前提で見てただろ」
【ええ。統計上、カイン様は“第一印象に流されやすい”傾向が──】
(うるさい!)
フェリス兄は席を立ち、書類をまとめながら言った。
「これで後見人も決まった。学園入学に必要な準備は整ったな」
「……はい」
胸の奥に、不思議な安堵が広がった。
護衛も決まり、後見人も決まった。
少なくとも、帝都での学園生活を始める準備はできたはずだ。
(ライナルトさん……。あの人なら、信じられるかもしれない)
こうして後見人は、ライナルトに決定した。
次に待つのは──帝都への出発。
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フェリスは考える。
2人目の候補者が、“転生”と言ったのを。
フェリスは、長く瞼を閉じて思考を整理した。
「転生」──あまりに突飛な単語。
だが、それが“魂名持ち”に共通する奇矯な言動の答えだとしたら……?
(……異邦からの知識、異様な言葉選び……。それを“転生”と呼ぶなら、辻褄は合う)
水晶球に映った光景は、もう何も残してはいない。
しかし、その沈黙こそがフェリスの胸に確信を植え付けていた。
(調べる必要がある。魂名の系譜、記録、そして……カインの言動も)
「……弟よ。お前が何者であろうと、俺は目を逸らさない」
フェリスは机の引き出しを開き、一冊の帳面を取り出した。
それは帝国学園の入学記録、そして魂名持ちの来歴を独自に書き写したものだった。
(“偶然”などではない。必ず、繋がっているはずだ)
彼の瞳は、静かに研ぎ澄まされていく。
それは、優しい兄としてのものではなく、帝国を背負う者としての冷徹な眼差しだった。
「転生……魂名持ち……そしてカイン。
必ず見極める。お前がこの国を救うのか、それとも──」
言葉は途中で止まった。
続きはまだ、心の奥底に沈めておくべきだと本能が告げていたからだ。
フェリスは深く息を吐き、帳面に新たな見出しを記す。
──《調査対象:カイン=アストレイア=フォルシオン》
静かな夜、ペン先が走る音だけが、屋敷に響き続けていた。
次回、馬車。