第十三話 入学準備 2 「夢」
その夜。
ベットに潜り込んですぐ、耳元で妙に張り切った声が届いた。
【それでは、帝国学園シュミレーションを開始します。】
(あっ、これ。絶対ろくなことにならないやつだ。)
次の瞬間、意識がふっと切り替わり、眼の前に広がったのは白亜の校舎と、やたら滅多に広い石畳の中庭だった。
制服がない代わりに、皆それぞれ豪華な服を着ている。
まるで、貴族の見本市だ。
(うわ……キラキラ眩しい。)
【注目して下さい。あそこが正門です。入学初日、貴方は…】
サブの言葉に合わせて、過去の例と思われる映像が再生される。
やたらと金色の羽織を揺らす少年が馬で登場した瞬間、周囲の女子たちが黄色い声を上げる。
続いて、宝石のついた杖を掲げながら火花を散らす少女───
(待て、それって絶対危ないだろ!)
【はい。昨年は一名、袖が燃えました。】
(なんで止めないんだよ!!)
場面は切り替わり、今度は“カイン”の番だ。
……ただし映っているのは、なぜか子供用の着ぐるみを着た自分。
頭には巨大なウサギ耳。背中には意味不明な風船。
(ちょっと待てぇぇぇ!!)
【安心してください。ウケは取れます】
(要らない!絶対そんな目立ち方したくない!!)
再び景色が変わり、今度は学園の講義室。
前方の壇上には、金髪の壮年男性が立っていた。
口を開くと、妙に芝居がかった声で叫ぶ。
『貴様ら、帝国の未来を担う者として──』
(……あれ?)
【はい、この方が帝国学園の学園長です】
(声が完全に悪役なんだけど!?)
【ですが、中身はとても温厚です。なお、外見で判断した新入生の約三割が初日に心を折られます】
(怖っ!)
中庭、講義室、廊下……
映像は立て続けに切り替わり、気づけば情報量に頭がパンクしかけていた。
【以上が、帝国学園の“入口”です】
(入口でこれか……)
【ええ。ですので──「ちゃんと理由を固めろ」というフェリス様の忠告は極めて的確です】
(……なんか、もう、ちょっとだけ胃が痛い)
【ふふ、今から大変ですね】
その「今」が、笑い話で終わるか、それとも胃薬を片手にする羽目になるかは──
まだ、誰にも分からなかった。
──────────────────
翌朝。
目覚めた瞬間、オレはある事を決めた。
(……絶対、オレはウサ耳は着けない。)
昨日のサブによる「帝国学園シミュレーション」は、寝る前に見るには刺激が強すぎた。
特に、入学初日に着ぐるみで登場する自分の映像は、一生忘れられそうにない。
【残念です。あれは視覚的インパクトとして完璧だったのですが】
(お前の完璧は信用できない!!)
そんなやりとりをしているうちに、母から呼び出しがかかった。
朝食の場ではなく、商会の応接室。つまり──正式な話だ。
「さて、カイン。学園入学まであと半年。準備は山ほどあるわ」
母上は開口一番、そう言った。
机の上には山のような羊皮紙と帳簿。
オレの知らない帝国通貨や地図も広げられている。
(なんだこれ……入学準備って、もっと文房具とか制服とかじゃないの?)
【こちらの世界では、“入学”は家の一大事ですから】
母は指で資料を押さえながら、淡々と説明を続ける。
「まず、学園で必要となる推薦状を改めて整えるの。神名持ちとはいえ、形式は重要だから。
それから、護衛兼世話役を選ぶ必要があるわ。帝都に滞在する部屋の契約も──」
(あれ? オレ、通学じゃなくて下宿なの!?)
【ええ。帝国学園は帝都の中心部にあり、片道二日はかかりますので】
(それもう旅行だろ!)
「加えて……」
母はそこで、ほんの僅かに笑みを浮かべた。
「カインの“学園での役目”についても、話しておこうかな」
その瞬間、背後でフェリスの気配がした。
椅子に座ったまま、例の低い声で呟く。
「……昨日の答えの続きだな」
オレは思わず、昨夜のシミュレーション映像を思い出してしまった。
金ぴか少年、火花少女、悪役顔の学園長──
そして、ウサギ耳の俺。
(……役目、ね。胃薬、買っとこ)
次回へ続く。