第十一話 半ば脅しの書簡
フォルシオン商家に告ぐ。
カイン=アストレイア=フォルシオンは、神名を女神ラーファより賜った、ヴォーヴナルグ帝国史上5人目の人間である。
よって、カイン=アストレイアを次年度より、帝国学園に入学させる事とする。
返事は如何に?
ヴォーヴナルグ帝国、執行部。 帝暦564年9月35日
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書簡が届き、それによって緊急開催された家族会議を経て入学が決定した日の翌日の朝食時のこと。
再び、書簡が送られて来た。返事が遅かったからなのだろうか。
【……“返事は如何に”って、どうせ聞く気ないですよね?】
(いやほんと。命令文に「?」つけられてもな……)
──帝国封蝋付き、重々しい羊皮紙。
読まなくても分かる。
「お前、来い」って書いてあるやつだ。
(……オレ、なんか悪いことしたっけ?)
【神名をもらった、という時点で“超法規的存在”ですから。仕方ありません】
(仕方ないで済ませたくないんだけど……)
家族会議で“自分の意志”を示し、ようやく了承された帝国学園への入学。
だが──帝国の意向は、それよりも一段階、上だった。
もはや、「行ってもいい」ではなく、「行け」。
しかもそれを、「家族の総意を踏まえた上で、強制する」という、丁寧な脅し。
おかげで母は珍しく無言になり、父は「ほう」と笑い、長男フェリスにいたっては書簡を三度も読み返していた。
────帝国学園入学、決定。
家族の誰も、それを口にしなかった。
それはもはや決定事項ではなく、「既に動き出した前提」として、屋敷の空気を変えていた。
三度も読み返した上で、フェリスは視線をこっちに送ってくる。
しかし、その意味は分からない。
ただ、そこにあったのは「弟を心配する兄」などという温かいものではなかった。
──観察。評価。
(オレ、何か間違えたかな?)
【ご安心を。全て想定通りです】
(本当に?)
【本当、ですよ。】
サブは、妙に機嫌が良かった。
その理由は、恐らくアレだ。
少し前に追加された、「ボケツッコミモジュール」。
その機能が、今確かに“稼働している”のを感じた。
国語のテストの聞き取り問題が手の取るように分かるような感じ。
感情と論理が分離され、流れるように並ぶ。
(これが、【今に分かりますよ。】の正体か。)
【御名答です】
(でも、何言ってるか全て分かるから、怖さも増したね)
【それが、知性というものです】
(とんだ皮肉だな。)
【世の中そんなもんです】
そうして、朝食の時間を過ごし、部屋に戻る。
部屋の窓を見やると、庭にルードがいた。
木刀を振っている。無駄のない洗練された動き。呼吸すら整っている。
彼もまた、何かを見据えているように見えた。
やはり、この家は“見守ってくれる家”ではない。
全てが、評価の対象。
試されるのは、その実力のみ。
例え、六歳であろうと────いや、神名持ちである以上、六歳でも許されないのだ。
まぁ、オレにはサブが付いているから問題はそんなに無いが。
そんな事を考えていると、ドアからノックの音が聞こえる。
「カイン、いいか。少し話がある。」
フェリスだった。
ドアを開けると、彼は勝手に部屋に入って来た。
そして、床に座る。
「カイン、お前も座れ。」
言われるがままに、フェリスの正面に座る。
「………話?」
「あぁ。お前が本当の意味で“本気”かどうか、確認したい。もう、既に入学は決定しているが、な。」
向けられるその目には、笑みも怒りも無かった。
ただ、冷たい水面のように────感情を一切映さない、“試す者”の眼光だけがあった。
次回へ続く。