第一章8 『告白と条件』
──夜。
月明かりの照らす王宮の鍛錬場には、ルカの姿だけがあった。緩やかな夜風が髪を撫でて通り過ぎていく。
それが今は、薄らと浮かんだ汗をただ優しく冷やしてくれた。
精霊術の鍛錬を始めてから一週間が経過し、ルカはその間、毎日欠かさずに自己投資に励んでいた。
時刻は決まって昼下がりの休憩時間。ヤクモの指導の元、仕事の合間に少しずつ精霊術の練習を継続し、次第に慣れつつあった。
だがルカはその練習時間とは別に、就寝前の空き時間にもこうして鍛錬場に顔を出している。
このことは誰にも──ヤクモにさえ伝えていない。一人内緒で個人練習のために王宮を抜け出しているのだ。
「……っ」
もう何度目かもわからない、精霊術の発動。
そのためにルカは目を瞑り、瞼の裏側の暗闇に意識を集中させる。そして大気中の微精霊との繋がりを求め、彼らの存在を強く、強く引き寄せる──。
黒塗りの視界の中に浮かぶ四つの色彩。
それぞれの色を持つ光の群れがルカを中心に集い、虚空を舞う。彼らという存在が寄り添ってくれるから、夜闇だろうと瞼の裏側の暗闇だろうと、なにも怖くなんてなかった。
その安心感を胸に抱き、ルカは微精霊達から霊力を吸収する。息を吸って酸素を取り込むように──理屈は同じだ。
そして、
「──レニア・シャルド」
透き通った精神を維持したまま、ルカは精霊術の詠唱を口にする。
瞬間、彼女の掌の上には氷の結晶が浮かび上がるように紡がれていき、次第にその形状を確立していった。
そして間髪入れずに、ルカは鍛錬場に並ぶ藁人形の一体に狙いを定め、掌を翳して氷の結晶を放つ。
それはボールを投げたような速度で人形目掛けて発射され、虚空を射抜いてその頭部に叩きつけられるのだった。
衝撃と同時に頭部は潰され、それと同時に氷の結晶は霧散していく。夜空に向かって吸い寄せられながら溶けていく精霊術の終焉を見届けながら、ルカは微かに乱れた呼吸を整えるのだった。
「……ふぅ。少しずつ、精霊術の発動にも慣れてきたかも」
頬を伝う汗を拭いながら、ルカは静かにそう零す。
──鍛錬の二日目にヤクモから教わったこと。それこそが、精霊術の詠唱だ。
彼曰く、精霊術の詠唱は二つの呪文を繋げることで構成されているとのこと。
まず初めに『精霊術のレベル』を述べ、その次に『発動する属性』を口にすることで、確実性のある精霊術を発動することができる。
『精霊術のレベル』は三段階に区分でき、威力の高い順から、イルディア、オリシア、レニアとなる。
しかし初心者の場合、上級のイルディアと中級のオリシアは使用不可と言っても過言ではない。
これは経験不足からくるもので、鍛錬の日が浅い者がその詠唱をしたとしても、精霊術は発動しないのだ。
現にルカも試してはみたが、やはり発動することはなかった。現時点で使えるのは、低級のレニアのみだった。
そして『発動する属性』だが、炎属性はイレイド、氷属性はシャルド、土属性はブランド、風属性はフィードとなる。
つまり『低級』の『氷属性』を使用するルカの詠唱の場合は、レニア・シャルドとなるのだ。
ちなみにこれは補足だが、精霊術は一応、無詠唱でも発動することは可能だ。
これは初日のルカ自身、無詠唱で発動できたことから証明済みである。しかし素養のない初心者が無詠唱のまま発動したとしても、それはあまりにも微弱なものにしかならない。
初日のルカのように、顕現した瞬間に霧散するような、そんな程度の威力にしかならないのだ。
「……私もいつか、もっと強い精霊術を使えるようになるのかな。そうしたら、きっと──」
きっと……そこまでを言い終えてから、ルカは紡いでいた言葉を失う。
自分は今、何を言おうとしたのだろうか。途切れた言葉の先がわからなくなる。
それは少しだけ奇妙な感覚。自分自身の考えがまとまらず、解けて散って消失したかのような──そんな、不思議な感情であった。
「……もう少し、鍛錬を続けなきゃ。睡眠時間を削ってでも、少しでも早く上達しないと……」
頭を振って余計な思考を振り払い、ルカは正体不明の使命感に駆られながら鍛錬を続けようとする。
と、そのときであった。
「──ルカ? こんな時間に何をしてるの?」
背後から聞こえた青年の声に、ルカははっとして咄嗟に振り返る。
見ればそこには、この王宮の主であるロディアの姿があった。彼とは時折こうして顔を合わせることがあったが、夜間に会うことはほとんどない。
グリード曰く、最近の彼は深夜までコルトン村に滞在しているらしく、中枢団の騎士と会合を行っているのだとか。
その理由は無論、暗がり魔の事件の解決のためだ。未だ正体を掴めない連続殺人鬼を捕らえるため、大公である彼は毎日のように村に顔を出し、その情報収集に回っているらしい。
だからこそ、こうして夜の鍛錬場で彼と会うことは意外であった。
「……もしかして、精霊術の鍛錬を?」
微かに目を見開いてそう尋ねるロディアに、ルカは「うん」と小さく頷く。
「自主練もしておかないと、全然上達できないから。一日でも早く自分のものにしておきたくて」
「そんな……! もう夜も遅いのに……そんなに無理しなくてもいいんだよ? グリードは僕の護衛のために使用人全員に精霊術を教えてるみたいだけど、睡眠時間を削ってまでやってくれなくても……!」
「ううん、いいの。私が好きでやってることだから。明日の仕事に支障が出ない程度で切り上げるつもり。少しくらい無理しないと……こっちが申し訳ないし」
「申し訳ないって……もしかして、この王宮で生活を送ってること? もしそうなら、そんなの全然気にしなくていいよ! 元々君をこの王宮に招いたのは、グリードに指示をした僕なんだから! むしろ僕は、君がここに来てくれて本当に良かったって思ってるんだよ?」
眉尻を下げながらそう優しく訴えかけてくるロディア。
彼はずっとそうだ。初日からずっと、ルカに対して異常なまでに優しく接してくれていた。
一体何が彼をそうさせているのかはわからないが、ロディアは間違いなく自分のことを特別視してくれている──その確信が、ルカにはあった。
「なんだったら、明日は仕事のことは忘れてゆっくり休んでもいいよ。グリードには僕の方から話しておくから。ルカのことだから、毎日のように夜遅くまで鍛錬してたんでしょ? 今だって寝不足なんじゃないの?」
「寝不足なのは否定できないけど、それはさすがに悪いってば……私が自分で決めてやってることなんだし、明日もいつも通り仕事させて。使用人の仕事も精霊術の鍛錬も、私は両立して頑張りたい」
「ルカ……」
その返事を受けても、ロディアはまだルカのことを心配そうに見つめていた。
本当に優しい人なんだと思う。でも、だからこそ無理をしてでも役に立ちたいと思えていた。
自分一人が何を思い上がっているのだと感じるが、それでもだ。
元の世界での人生は中途半端に幕を閉じてしまった。
しかしそれならば、第二の人生であるこの王宮での生活は、自分なりの芯を持って送っていきたい。
この生活がいつまで続くのかはわからないが、最後の瞬間まで──何一つ悔いのないように。
「……そっか。わかったよ。君の意思を、僕は尊重する。でも、どうか一つだけ約束してほしい。──ルカ。君も君自身のことを、ちゃんと尊重してあげてね?」
「──。うん、約束する。ありがとう、ロディア」
そうして二人は小さく笑い合い、それから柔らかな夜風に身を委ねるのだった。
穏やかに流れる数秒の沈黙。そんな中、ふとロディアは口を開く。
「……やっぱり、好きだな」
「えっ?」
彼の零した言葉を上手く聞き取れず、ルカは小さく目を見開く。そんな彼女に、ロディアは柔和な笑みを浮かべながら向き直っていた。
「僕はルカのことが好きだ。改めて、そう思ったよ。慣れてないはずの使用人の仕事を頑張ってるところも、こうして夜遅くまで一人で精霊術の鍛錬を続けてるところも、見ていてもっと好きになった」
「な、なに……急に……褒められるのは嬉しいけど……」
唐突に面と向かって異性から好きだと言われ、ルカは思わず困惑してしまう。
微かに頬が熱くなるのを感じ、反射的に彼の顔から目を逸らしていた。そんなルカの姿とは対照的に、ロディアはどこまでも真っ直ぐな双眸で彼女を見つめている。
「なんかロディアって、初日から私に対してそんな感じだったよね。この王宮に来たときも、初対面で急にハグされたし……一体私の何がそんなに気に入ったわけ?」
「──そんなの決まってる! 全部だよ! その綺麗な黒髪も、瞳も、声も、すごくすごく頑張り屋なところも! その全部が僕にとっては特別なんだ!」
「ちょっ……声が大きいって! もういい、わかったから!」
急に大声で自身の長所を箇条書きで述べられ、ルカは反射的に彼に対して自重を求める。
ここが彼の所有する王宮の敷地内だからいいものの、そうでなかったら近所迷惑に値するほどの声量であった。
一度熱が入ったら抑えられない性質なのだろうか。そんなことを思うルカに、ロディアは「ごめんごめん……」と両手を合わせて謝るのだった。
「でも、僕はそれくらい本気で君のことが好きなんだ。今まで恋の感情を知らなかった僕に、君が初めてその景色を見せてくれた。もし君と出逢わなかったたら、絶対に辿り着けなかった景色をね。だから僕は、本当に心の底から感謝してるんだ。──ありがとう、ルカ」
「……」
正直、それに対してどう返事をすればいいのか……その正解がわからなかった。
無論、誰かに好意を寄せられること自体に悪い気はしない。こんな自分のことを好きだと言ってくれる人がいるだけで、胸の内が温もりを覚えてしまう。
けれど今は戸惑いの感情に囚われて、その温もりの受け取り方がわからないのだ。
こんな風に真正面から誰かに好きだと言われたのは、生まれて初めてのことだったから──。
黙りこくるルカに、ロディアは優しい声色で続ける。
「ねえ、ルカ。もし君さえよかったら……僕と婚約してくれないかな」
「……えっ!? こ、婚約……?」
それはあまりにも唐突で、突拍子のない申し出であった。
まだ会ってから二週間が経過したかどうかだと言うのに、いきなりそんなことを求められるとは──常識外れもいいところだろう。
否、ロディアが常識外れなのは、別段今に始まったことではないが……それにしても急すぎる要求ではないだろうか。
しかしルカの瞳を真っ直ぐと見据えるロディアのその表情は、冗談抜きの真剣そのもの。
そこにいつもの無邪気さはなく、歳相応の眼差しがただルカに対して向けられていた。
「僕は君と、ずっと一緒に居たい。これから何年、何十年先も──僕は誰よりも近くで、君のことを見ていたいんだ。……そして許されるなら、君にもずっと、どうか僕のことを見ていてほしい」
「──。でも……」
返事に滞るルカ。
そんな彼女の様子に、ロディアは少しだけ悲しげに表情を曇らせるのだった。
「……相手が僕なのは、やっぱり嫌かな? 自分でも、自分の悪いところはよくわかってるつもりだよ。国を束ねる大公のくせに、未だに子供っぽくて貫禄なんてないし……それに、すぐに周りが見えなくなる。こんな男が婚約者なんて、嫌に決まってるよね」
「別に、そんなこと気にしないよ。ロディアはすごくいい人だと思う。そんな理由じゃなくて、ただ、私は……」
「──? 私は……なに?」
そこで言葉の途切れたルカに、ロディアは小さく首を傾げる。
そんな彼に対して数秒の沈黙を挟んだ後、ルカは「……ごめん、なんでもない」と首を横に振り、それから再び言葉を紡ぐのだった。
「そもそも、私みたいな人間と結婚するなんて……ロディアはよくても、ロディアの両親は猛反対するんじゃないの? 私とロディアじゃ、とてもじゃないけど釣り合わないでしょ」
普通、国を統率する大公の婚約者と言えば、それに釣り合うだけの存在が相応しいだろう。
ルカは貧民街で生まれ育ったわけではないが、元の世界でも一般的な家庭の生まれでしかない。
そんな相手が婚約者になるなど、同じく王家の血を持つロディアの両親が許さないだろう。
しかしロディアはそんなルカの言葉に対して、小さく首を横に振るのだった。
「……父も母も、僕が小さい頃に流行病に倒れて死んだ。それ以来、僕には家族なんていないよ。リビアスの分家筋はいるけれど、昔から疎遠にしてるしね」
「──。そう、なんだ」
俯きながら声のトーンを下げて語るロディアの姿に、ルカは同じように顔を伏せる。
確かに言われてみれば、とルカはこの王宮に来た初日のことを思い出す。
グリードと共に関係者への挨拶回りをした際、ロディアの両親とはついに会うことがなかったのだ。
しかしそれがまさか、彼らがすでに故人だったとは──初めて知った。
「でも、だから僕の婚約者を誰にするかは、僕が直接決めていいことになってる。そして僕は、許されるなら君をその相手にしたい。……勿論、君さえよければ、の話だけどね?」
「──」
ロディアはそこで言葉を区切り、ルカの瞳を真っ直ぐと見据えるのだった。
彼は間違いなく本気であった。本気で、ルカに婚約を求めている。夜闇を照らすかのような緑色の双眸に見つめられ、ルカは一瞬だけ心臓の鼓動が跳ねるのを感じた。
それが何を意味する感情なのか、その答えを掴めないまま数秒の沈黙が二人の間を漂う。
やがてそれを打ち破ったのは、ロディアから目を逸らして顔を伏せたルカの方だった。
「……ごめん。今はまだ、自分の中で答えが出ないんだ。だからロディアの求めてる返事は──あげられない」
「──。そっか……」
そのルカの返答に、ロディアは落胆の声を零す。
彼の期待を裏切ってしまったことへの、罪悪感にも似た暗い感情が、ルカの胸の内を掠める。
それをどうにか振り払いたくて、ルカはどうにか別の言葉を用意しようとするのだった。
「でも、誤解しないでほしいんだけど、それはロディアが相手だから嫌だとか、そういう理由じゃなくて。私達、まだ出会ってから間もないでしょ? 私はロディアのことをまだよく知らないし、ロディアだって私のことをよく知らないと思う。──だから、せめてもう少し一緒の時間を過ごしてから、私は私なりの答えを出したいんだ」
ロディアがルカに好意を持った理由は、その大部分が一目惚れによるものに違いない。
出逢った瞬間から全力疾走からのハグを決めてきた相手だ。その動機も、夢の中で運命的な出逢いをしたからだと言う。
人が人を好きになるのに、本来理由なんて必要ないのだろう。
だからルカは、ロディアが一目惚れから婚約を求めてきたこと自体は否定しない。
しかしやはり、それでもルカとロディアの間には過ごしてきた時間が少なすぎるのだ。
ロディアもそのことを察し、「……そう、だよね」と目を伏せる。
「君がこの王宮に来てから、まだ日も浅い。しかも僕はここ最近、毎日のようにコルトン村に行かなくちゃいけないし……君と話せる時間なんて全然なかったもんね……」
「……ロディア」
「うん、わかったよ! 急に婚約なんて申し込んじゃってごめんね? 確かに君の言う通りだ。僕達にはまだ、過ごしてきた時間が足りないよね。──だから僕は、もっともっと君と一緒の時間を過ごすよ! そして、一日でも早く君に好きになってもらえるように頑張るね!」
「……わっ!?」
そこで唐突に、ロディアに両手を握られて急接近され、ルカは思わず驚きの声を上げる。
どうやら彼は、よほどスキンシップが好きらしい。初日のハグを思い出したルカは、再び不覚の赤面してしまうのだった。
そんなルカの反応を眺めながら、ロディアは「そのためにも……」とやがて、握っていた手を静かに離す。
「一刻も早くコルトン村の事件を解決して、村を騒がせてる暗がり魔を捕まえないとね。そうすれば、僕はもっと君と一緒の時間を過ごせる。それに、村人達のためにも──僕は大公として、絶対にやらなくちゃならない」
夜闇に向かって決意に満ちた双眸を向け、ロディアはそう呟く。
その瞳に宿った彼の覚悟の程度を知らされる。こうしている間にも、コルトン村の人々は暗がり魔の脅威に晒されているのだろうか。
この二週間、ルカは使用人の仕事と精霊術の鍛錬の両立で、忙しすぎる日々を送っていた。
しかしそれでも胸の内には、いつまでもコルトン村の事件のことが引っ掛かっていたのだ。
正直そのことが気掛かりで、仕事や鍛錬にも少なからず影響が出ていたかもしれない。
「ねえ、ロディア。コルトン村の視察だけど……次は私も、一緒についていってもいい?」
「え……!?」
その言葉にロディアは驚愕し、目を見開く。
彼にとって予想外の要求だったのだろう。硬直していたロディアは、やがてその表情を焦燥感に変えていくのだった。
「だ、駄目だよそんなの……! 君は僕にとって大切な人だ! とてもじゃないけど、君を危険に晒すことなんてできない! いくらルカのお願いでも、それだけは聞けないよ!」
「でも……」
反論しようとしたルカの言葉を遮るように、ロディアは続ける。
「それに、暗がり魔が目をつける対象は、決まってルカぐらいの少女なんだよ! 君が暗がり魔に命を狙われる可能性は十分にある! だからそれだけは──絶対に許可できない!」
今まで見たことがないほどに、ロディアは必死であった。
それほどまでに、ルカが危険に晒されることが許せないのだろう。これまではルカの意思を尊重してきたロディアだったが、さすがにその要求だけは飲めない様子だった。
その譲れない姿勢は頑なで、そこに譲歩の隙はない。しかしそれは──ルカも同じであった。
「……私は、コルトン村のことを全然知らない。そこに知り合いがいるわけでもないし、村人と話したことなんて一度もない。でも、それでも……やっぱり身近でこんな事件が起きてるだなんて、とてもじゃないけど放っておけないよ」
「──」
「私に何ができるかはわからないけど……許されるなら、私にも協力させてほしい。私をこの王宮で拾ってくれたロディアに恩返しする意味でも……ちゃんと役に立ちたい」
真っ直ぐにロディアを見据え、ルカは真摯な姿勢で訴えかける。
その姿に彼は数秒の沈黙を挟み、ただただ目を見開くのみ。それに対して、どう反論すればいいのかを逡巡しているように見えた。
そんなロディアに、ルカは続ける。
「それに、私が一緒に村に行けば……ロディアだって私との時間を過ごせるでしょ? それはロディアにとっても、いいことだと思うけど」
「それは、そうだけど……」
困ったように眉尻を下げて、ロディアは俯く。
彼の好意を利用するような交渉は、していて胸が痛まなくもないが、手段を選んではいられない。
それよりもルカにとっては、コルトン村の事件を解決に導く方が大事だった。
二人の間に再び沈黙が生まれる。そして、
「……はぁ、わかったよ。僕の負けだ」
やがて先に口を開いたのは、ロディアの方だった。
彼はやれやれと肩を竦めると、苦渋の選択の末にルカの要求を飲むことを認める。
「君をコルトン村に連れていくことを認めるよ。この判断が正しいのかどうか……それはまだ、僕にもわからないけど……でも、君の思いは痛いくらいに伝わった。僕はそれを、無下にはしたくない」
「──ロディア。なんだか、こっちのお願いばかり聞いてもらって……ごめん」
「ううん、いいんだよ! そんなの気にしないで! 僕は君のそういう、誰かのために動くことができるところが好きなんだ! むしろ、もっともっと君のことが好きになったよ!」
月光を浴びた満面の笑みを向けて、ロディアはそう言うのだった。
「じゃあ明日の昼頃、さっそく一緒にコルトン村に行こうか! グリードには、僕の方から話をつけておくよ!」
「うん、ありがとう」
──そうしてルカの、コルトン村遠征が決まるのだった。




