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第一章5  『使用人生活の初日』

「はっ、初めまして! 今日からルカさんの指導を担当することになった、メイナ・シルベリーと申しますっ! 以後、お見知り置きを……!」


 ──王宮一階の使用人控え室にて。

 ルカに向かって慌ただしくそう一礼し、自己紹介の言葉を口にする少女。

 どこか幼さの残る童顔から揺れる赤茶色の長髪。歳相応の無邪気さを感じられる青の瞳。

 華奢な体躯はルカよりも一回り小柄で、それを包み込んでいるのは白と黒を基調としたメイド服だ。


 本来であればルカも同じ服に着替えるべきだが、お生憎。

 未だに寝間着用のラフな格好のままだ。もっとも、それは後々受け取ることにはなるだろうが……。


「というわけで、ルカさん。今後は彼女から仕事を教わるようにしてください。先ほども言いましたが、私も時折は様子を見ます。一日でも早く仕事を覚えるよう、よろしくお願いしますね」


「うん、了解。グリードさんも頑張ってね」


 例のコルトン村で起きている事件は、まだその内容を聞かされただけだ。

 しかしこんなにも身近でそれほど物騒なことが頻発しているのは、どうにも不安であり、それと同時にやるせないものだ。

 自分は単なる部外者ではあるが、一刻も早く解決してほしいと切々思う。


 そんなルカの思いを汲み取り、グリードは小さく首を縦に振るのだった。


「ええ、村のことは任せてください。では、私は失礼します」


 それだけ言い残してから、彼は二人に背を向けて控え室を出ていくのだった。

 相当時間が限られているのだろう。部屋を後にするグリードは、どこか早足に見えた。

 そうして後に残されたのはルカとメイナの二人のみ。グリードの姿が見えなくなってから、ルカはメイナの方に向き直る。


「じゃあ、改めて今日からよろしくね。……家事はあんまり得意じゃないけど、私なりに頑張っていくので」


「は、はい! ……あ、でもその前に、ルカさんの制服を寸法させていただいてもいいですか? 二階に更衣室があるので、そこで測ってからお渡ししますね!」


「うん、ありがとう。ここまでずっとこの格好だったから、いい加減恥ずかしくて仕方なかったんだよね」


 身に纏っていた寝間着用の格好を見下ろしながら、ルカは苦笑する。

 家で着る分にはお気に入りの服だが、やはり外で他人に見せるには抵抗がある。

 メイナの着ているメイド服は、作業着にしてはお洒落すぎるくらいにお洒落だ。

 それと同じものを自分も着られると思うと、俄然仕事もやる気になってくる。


 そんなルカの格好を、メイナは丸い瞳で不思議そうにまじまじと眺める。


「……この辺りでは珍しい格好ですよね。ルカさんはもしかして、遠方の出身なんですか? グリードさんは、あのオグルドで保護したと言っていましたけど……」


「……うーん、まあ、遠方と言えばある意味遠方かな。文化の違いって言ったらいいのか……あんまり見ないでくれると助かるかも」


「あぁっ、ごめんなさい! 私ったら……つい……」


 微かに頬を赤くしながら、メイナはさっさとルカから視線を逸らす。

 その大袈裟な所作に、ルカは思わず小さな笑みを浮かべた。グリードの言う通り、どこか慌ただしい子ではあるが、見ていて微笑ましくなってくる。


「……その、ルカさんも……家族から、捨てられたんですか……?」


「えっ?」


 その唐突な質問に、ルカは素っ頓狂な声を上げてしまう。

 あまりにも率直すぎる問いかけであったため、どう返答すればよいものか少しばかり逡巡する。

 そんなルカの様子を察し、メイナは目を見開きながら「ご、ごめんなさい……!」と謝ってきた。


「こんなこと、聞くべきじゃないですよね……今のは、その……忘れてください……」


「ううん、大丈夫。私の場合は──捨てられたっていうより、気づいたらあの場所に居たって感じかな」


 嘘はついていない。

 ルカからしたら本当に、目が覚めたらあそこに居たのだから。しかし馬鹿正直に、『異世界召喚されてやってきました』、なんて言ったところで、当然信じてもらえるはずもない。

 記憶喪失の果てに貧民街で倒れていたという方が、彼ら異世界人には納得してもらえる内容だろう。


「そう、だったんですね……オグルドに来る以前のことは、なにも……?」


「うん、覚えてない。でも、こうしてこの王宮に拾われたことは不幸中の幸いだと思ってる。あのままあそこで一人きりだったらと思うと……とてもじゃないけど、笑えないから」


 苦笑混じりにそう呟くルカに、メイナは小さく目を伏せる。

 それからなにかを考え込むようにして沈黙し、数秒の間を置いてから「そうですね……」と返事をするのだった。


「……私も、ルカさんと似たような境遇なんです。貧しい家庭で育った私は、数年前に親に捨てられたんです。寄り添ってくれる人なんて一人もいなくて、私は長い間孤独でした」


「──。そうだったんだ。じゃあ、メイナもオグルドに?」


「……はい。そんなとき、私に手を差し伸べてくれたのがロディア様でした。リビアス王家を束ねる大公様が、直々にオグルドの視察に来ていたんです。そして身寄りのなかった私を見つけて、使用人として引き取ってくれました。……ロディア様は私にとって、命の恩人なんです」


「……そっか。それなら、私達は似た者同士かもね」


 ロディアの慈善活動がなければ、ルカもメイナもあの貧民街で生涯を終えていたかもしれない。

 だからやはり、ルカはロディアに感謝するべきだし、受けた恩は全身全霊で返していかなければならない。

 そう改めて胸の内に刻み、ルカは真っ直ぐとメイナの方を見据えるのだった。


「じゃあ、お互い使用人生活頑張ろっか。……って、メイナはすでに数年前から勤務してるんだもんね。私も早くメイナみたいに、自立して仕事できるようにならなくちゃ」


「い、いえ……! 私なんて、まだまだ全然……今でもたまに、グリードさんに怒られちゃいますし……」


「……あー、グリードさん、口うるさそうだもんね……」


 掃除一つにもグチグチと言ってきそうなタイプだ。

 窓辺に指を滑らせて、埃が取れていないだのなんだのとお小言を零す彼の姿が、容易に想像できる。

 真面目なのは良いことだが、彼の場合は真面目すぎるのが玉に瑕に違いない。

 まだ接した時間は少ないが、融通が利かなそうな人柄なのはすでに理解できている。


「よし、じゃあそろそろ行こっか。更衣室は二階、だったよね?」


 ルカが話の軌道を直すと、メイナは思い出したかのように目を見開いて、「は、はい!」と返事をする。


「お仕事の説明は、制服をお渡ししてからさせて頂きますね!」


「うん、よろしくお願いします」


 そうして二人の少女は区切りをつけ、控え室を後にするのだった。




 ◇

「んううう……っ、疲れたぁ……!」


 ──使用人生活初日の夜。

 ルカの姿は、王宮三階の廊下にあった。延々と続く赤絨毯の上を歩きながら、窓辺から差し込む月明かりを眺めて両腕を伸ばす。

 学校を終えた疲れとはまた違う、労働特有の疲労が体の芯から溜まっている。

 丸一日使用人としての業務に当たっていたのだ。それも、無理もないことだった。


「……って言っても、ほとんど仕事の説明で終わっちゃったけど。まあ、初日はそんなものだよね」


 微かな苦笑を零す。

 メイナと共に王宮のあちこちを移動し、各所での仕事の説明を受けたというのがほとんどだ。

 その合間に清掃、庭の手入れから衣類の洗濯まで、メイナの傍で幅広く手伝わせてもらったが、すでに体力は尽きてしまっている。


 当然、使用人はルカとメイナ以外にも数多く存在する。

 聞けばその八割は住み込みで業務に当たっているらしく、一人一人に自室が用意されているとのこと。

 すでにルカにも用意がされているとのことで、今はその部屋に向かっている最中だった。


「……あれ?」


 と、その矢先──ルカは薄暗闇の廊下の奥に、人の気配を察知する。

 静寂に包まれた空間の中、誰もいないとばかり思い込んでいたが。どうやらそれは勘違いだったらしい。

 曲がり角の方に目を凝らすと、そこにはグリードが背を向けて壁に寄りかかっていた。


「……グリードさん?」


「……! ああ、ルカさんでしたか。どうです? 仕事の方は片付きましたか?」


 ルカが声を掛けると、グリードは少しばかり驚いた風に振り返り、すぐにいつもの調子を取り戻す。

 察するに、どうやらグリードもまた、廊下には誰も居ないと踏んでいたのだろう。

 取り繕ったような彼の態度は珍しく、ルカは意外な一面を見れたような気がした。


「うん、とりあえず初日は無事に乗り越えたかな。今は自分の部屋に向かってるところ」


「……ああ、そうでしたか。そういえば、三階には空き部屋がいくつか残っていましたね」


 思い出したかのようにグリードはそう零す。

 ルカに自室の場所を伝えたのは、あのロディア本人だ。王宮の清掃途中で大公である彼と遭遇し、そこで教えてもらった。

 グリードはそのことを知らなかったのだろう。彼は壁から背を離し、それからルカの横を素通りしていく。


「では、その調子で明日も頑張ってください。私はこれで失礼します」


「あ、グリードさん、待って」


 通り過ぎるその背に声を掛け、ルカはグリードを引き止める。そうして振り返った彼の顔を見つめながら、ルカは続けるのだった。


「……なんか、顔色が悪いと思って。その……大丈夫?」


「──。顔色、ですか」


 その指摘にグリードは眉を顰め、自身の頬に手を当てる。

 心なしか、どこか具合いが悪いように見えたのだ。余計なお世話かもしれなかったが、ルカはそれでも無視できなかった。

 するとグリードは小さな笑みを零し、それから、


「……あなたにだけは、言われたくありませんね」


 ポツリと、小さな声でそう言った。


「えっ? 私もそう見えてるの? 嘘……全然わからなかった」


 ルカは動揺に目を見開き、思わず素っ頓狂な声を上げる。

 一日中使用人として動いてきた疲労のせいだろうか。否、そうでなくても、唐突な異世界召喚からの王宮への連行、そのまま使用人としての就職という流れだったのだ。

 そのあまりにも慌ただしい環境の変化に、疲れが溜まらないわけがない。

 顔色が悪くなるのも当然と言えば当然だった。


「でも、そこまで深刻な程は疲れてないけどね。どっちかって言うと、グリードさんの方が疲れてるんじゃない? 私の面倒を見て、村のためにも動いてるんでしょ?」


 自分のことは差し置いて、ルカはグリードにそう問いかける。

 大体よく考えたら、彼もまたかなりの多忙を強いられているのだ。馬車を走らせて貧民街オグルドまで移動し、そこでルカを保護して王宮に連れていき、さらにコルトン村の問題への対応も行っている。

 大公専属の秘書とは言うが、やはり普段からそれほどの重労働を余儀なくされているのだろうか。


「……私の役割は、大公の右腕として動くことです。私はあの方の望みを叶えるためだけに存在している──主の命令を聞かない右腕が、一体どこにあると言うんです。それができないのなら、私には一切の価値などありません」


「……またそんなこと言って。グリードさんはグリードさんでしょ? たしかにロディアのために動くのは、仕事としてやらなきゃいけないことかもしれないけど、それでもグリードさんだって一人の人間なんだから。──もっと、自分を大事にしてあげなよ」


 少しだけ声を荒らげて、ルカはそう訴えていた。

 思えば馬車に乗っていたときも、グリードはそんなことを言っていた。ロディアに仕えることこそが、今の自分にとってのすべてなのだと。そしてそれができないのなら、自分には価値なんてない──。

 その主張がどうにも悲しいことに思えてしまい、だからこそルカはそんな言葉を投げかけてしまう。


 だが、


「──。あなたにそんなことを言われる筋合いはありませんよ。一体、何様のつもりですか」


「……グリードさん」


 その彼からの冷たい返事に、ルカはやるせなさを感じて立ち尽くす。

 自分はまだ彼のことを詳しくは知らない。もしかしたら、彼には彼なりの事情があって、それ故にロディアに対して心酔の感情を抱いているのかもしれない。

 しかし仮にそうだとしても、どうにも諦めきれなかった。


「そもそも今のあなたに、誰かに気を遣っている余裕なんてないはずです。仕事を頭に叩き込むため、自分のことで精一杯でしょう。あなたは、あなたのことだけを考えるように」


「──。うん、わかった……」


 残念だが、それ自体を否定することはできない。

 まともに仕事をこなせなければ、ここで生活をする権利は手に入れられない。

 ともすればあのロディアなら無条件でこの自分を手元に置いておくことを許してくれるかもしれないが、仮にそうであったとしても自分自身がそれでは納得できない。


 変化球のように歪んでしまった自分自身の人生。

 今はその軌道修正のために、全身全霊を賭けなければならない時期なのだ。


「では、今度こそ失礼します。明日も頑張ってください」


「……うん」


 再び歩み始めたグリードの背に、ルカは歯痒さを込めた返事を零すことしかできない。

 今の自分が何を口にしたとしても、彼にはきっと届かない。グリードは明日からも同じように、自分自身を道具のように感じながらロディアの傍に仕えるのだろう。


 廊下の奥に小さくなっていくグリードの背を見つめたまま、ルカはそんなことを考えていた。

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