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第二章1  『再会の少女』

 ──あれから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。

 ルカの目の前には、依然として冷たい鉄格子が見えるだけだ。脱出しようにも、外側から鍵が掛けられているのでは打つ手がない。


 隙間風が寒い。

 それに加えて体のあちこちが痛みを訴えており、とてもではないが快適な環境とは言えなかった。

 リビアスの市街地からレベシアの王宮地下牢まで移動してきたとすると、おそらく長い時間を霊獣の口内で過ごしたのだろう。

 あの穢らわしい口腔の悪臭が拭えない。それに、メイナの返り血を浴びたままのメイド服を着たままなので、その臭いも取れずにいる。


 ──このままでは、健康を害するのも時間の問題だ。しかしだからと言って、この何もない牢獄の中では為す術がない。



「──失礼する」



 と、そのときだった。

 ルカの思考を断ち切るかのように、一つの声が耳朶を打つ。グリードのものではない、聞き覚えのない別の声だ。

 反射的に身構えるルカの前に、やがて一人の青年が姿を見せる。赤みがかった黒髪に、鋭い黄金色の双眸が印象的な、グリードとそう歳の変わらない男であった。

 彼は牢屋の中のルカと目を合わせると、静かにその場に立ち止まる。


「気分はどうだ? このような地下牢に監禁してしまったことは、こちらとしても申し訳ないと思っているが……なにせお前は、『再生の巫女』をその身に宿す継承者だからな。こちらとしても、十分に警戒する必要がある」


「……あなたは、誰?」


 自分から名乗ることはせず、ルカは青年の名前を尋ねる。

 この場にグリードが居たら、またうるさくお小言を言われそうであったが、どうせ自分の素性などとうに割れているに違いない。

 青年は「これは失礼」と挟んでから、ルカの要求に応えるのだった。


「レベシア王家大公、グレス・レベシアだ。すでにグリードから聞かされているだろうが、お前をこの場に連れてくるように命じた張本人でもある。レベシアを統べる王として……俺にはどうしても、お前という存在が必要だからな」


「……こっちはまだ、その理由すら聞かされてないんだけど」


 ルカの声色が、湧き上がる怒りによって自然と低くなる。

 当然だ。今、自分の目の前にいるグレスがグリードに命令を与えたからこそ、それに従ったグリードはリビアスの市街地を襲撃したのだ。

 それによってメイナが死んだのだとしたら──そのきっかけを作ったのは、間違いなくこの人物ということになる。


「だろうな。今のお前は、それを聞きたくて仕方ないのだろう。……だが、こちらの口からは言えん。何がきっかけで()()()()()()かわからないからな」


「……力が、目覚める?」


 そのグレスの発言に引っ掛かり、ルカは思わず眉を顰める。

 察するに、自身が所有する『再生の巫女』には、()()()()()()()()があるということなのだろうか。

 否、そうでなければ──グレスやグリードが、ここまでのことをしてまで自分を狙う理由がない。

 単なる回復術の使い手を手に入れるためだけに、霊獣を呼び寄せてまで市街地を攻撃するわけがないのだ。


「お前は何も、余計なことは知らなくていい。『再生の巫女』の継承者には無知のままでいてくれた方が、こちらとしても都合がいいからな」


「じゃあ……あなたはこれから、私をどうするの?」


 警戒の色を強め、身構えたままルカはそう尋ねる。

 そんな彼女の前まで歩み寄ると、グレスはその場に片膝を突き、それから自身の懐に手を入れるのだった。


 ──そこから取り出したのは、一つの小箱。

 琥珀色をした正方形のそれは、一見しただけでは何なのか判別できない。

 ルカがそれを凝視すると、グレスは静かにその子箱を開け、そして言った。



「──俺の婚約者になってもらう」



 その、あまりにも唐突な宣言と同時、小箱の中に仕込まれていたものがルカの目に飛び込んでくる。

 それは、指輪であった。施されたダイヤの装飾は、この薄暗い地下牢に小さな紫の輝きを放っている。

 突如として示された指輪と、彼からの告白──それらを前にして、ルカの頭は霧がかかったように真っ白になる。


「……は、ぁ……?」


 口から零れ出るのは、疑問符に満ちた無理解だけだった。

 こんな異常な状況下で、地下牢の鉄格子越しで、一体彼は、何を口走っているのか。

 あまりにも場違い、あまりにも奇怪、あまりにも意味不明だ。そんなルカの感情を読み取ったのか、グレスは「ふっ」と小さく鼻で笑う。


「驚いたか? だが、これはお願いではない。命令だ。そしてこの王宮に足を踏み入れた以上は、お前にその拒否権はない。──マシロ・ルカ。お前を、俺の花嫁としてこのレベリア邸に迎える」


「……ふざけてるの? 誰が、あなたなんかと……!」


 怒りを露わにするルカを前に、グレスは小箱の指輪を指先で摘んでみせる。

 そしてそれを、ルカの目の前に示すのだった。


「お前には、これがただの指輪に見えるか?」


「え……?」


「これは服従の指輪という、霊具の一種だ。こいつを嵌められた人間は、嵌めた人間の命令に絶対服従してしまう。──言うなれば、洗脳の効果を発揮する指輪だ」


 そのグレスの言葉に、ルカは思わず目を見開く。

 大気中に存在する精霊からの霊力を原動力に変換し、あらゆる効果を発揮するアイテム──それが、霊具だ。

 ルカの知る霊具は、連絡手段として用いられる対話鏡だけだ。携帯電話のような汎用性の高い効果を持つ物もあれば、人を洗脳する霊具も存在するというのか。


「つまりこいつをお前の指に嵌めれば、お前は俺の傀儡になってしまう。それは即ち、俺自身が『再生の巫女』の能力を自在に操れるようになるということだ。……もっとも、今の段階では傷の治療程度しかできないだろうが……()()()()()()さえ満たせば、禁忌の回復術師に相応しい真価を発揮できるようになるだろう」


「……!」


 ──傀儡。

 その単語を耳にした瞬間、ルカは表情を強張らせて後退っていた。あの指輪を嵌められたら最後、自分は生涯、グレスの言いなりになってしまう。

『再生の巫女』が持つ真価とやらが、一体何を指しているのかはわからないが──それをグレスが悪意によって運用しようとしていることだけは間違いない。


 そのルカの抵抗の意志を汲み取ったグレスは、やがて指輪をゆっくりと下ろしながら苦笑を零す。


「……だが、この霊具には一つの欠点があってな。()()()()を満たしていなければ、指輪を嵌めても効果は発揮されないのだ」


「……条件?」


「ああ。指輪を嵌められる側の人間が、嵌める側の人間に対して()()()()()を抱いていなければ、霊具としての力は発動しない。それは言い換えれば、愛情だ。そいつを向けられていない以上、今の俺がお前に指輪を嵌めても意味がない」


 ──条件付きの発動。

 そんな類の霊具が存在することに、ルカは驚く。当然だが、今の自分はグレスに対して、そのような感情は持ち合わせていない。

 そこにあるのは、メイナを──大切な友人の命を奪ったことへの憎しみだけだ。

 このどす黒く渦を巻く負の感情は、震えるほどの殺意は、何をどう間違えても愛情にはならない。絶対に。


 そのルカの姿勢を前に、グレスは肩を竦めながら続ける。


「それ故に面倒な話だが、お前を正式に、このレベシア邸の花嫁として迎え入れる必要がある。どの程度先になるかはお前次第だが、一刻も早く『再生の巫女』の力を手に入れるために──。この指輪を嵌めるのは、一先ずは後回しだ」


「……あなたなんかに、そんな感情なんて向けるわけないでしょ……この、人殺し……っ」


「ふん。随分と嫌われたものだな。やはり世間知らずの小娘には、リビアスの下民の方が性に合っているのか?」


 遠慮なく嫌悪の眼差しを向けるルカに対して、グレスは余裕の笑みを浮かべる。


「まあいい。俺も可能な限りは、お前からの信頼を得られるように努力しよう。……まずは、そうだな。女の使用人に、替えの服を持ってこさせよう。着替えが済んだら上に来い。食事を用意して待っている」


「──」


 一方的にそう言い終えると、グレスはルカに背を向けて歩き出す。

 暗闇の向こうに遠のいていく彼の足音。その音がやがて聞こえなくなったとき、ルカはようやく張り詰めていた緊張を、少しだけ解くことができたのだった。

 だが、状況は何も変わっていない。依然として自分は囚われの身。いずれこの牢屋から出られたとしても、グレスの目がある以上は、王宮から逃げ出すことなどできないだろう。


「……どうすればいいの」


 リビアス邸に助けを求めようにも、自分にはその連絡手段がない。

 今頃彼らはどうしているだろうか。市街地に霊獣の群れが出現し、その影響が拡大していたとしたら──彼らが無事かどうかさえ疑わしい。

 そう簡単にやられるような面々でないことは、暗がり魔との交戦で理解している。

 しかしそれでも、やはり心配の種は潰れてくれない──。



「お着替えをお持ちしました」



 と、そのときだった。

 俯いていたルカの頭上に、また別の声が降り注ぐ。グレスでもグリードでもない、少女の声だ。

 さっそく着替えが到着したのだろう。だとするなら、このレベシア邸に仕える使用人が来たのか。


 そう思い顔を上げたルカ。──その彼女の目が、やがてゆっくりと、大きく見開かれた。


「え……っ?」


「あれれ?」


 ルカが驚愕の声を零した矢先、今度は鉄格子の向こうの()()もまた驚きに目を見開き、小首を傾げる。

 その顔も、声も、仕草も──何もかもがルカの記憶の中にあるもので。だからルカは次の瞬間、ほとんど反射的に叫んでいた。



「リア!?」「ルカさん!?」



 ルカの叫びに重ねるように、彼女もまた同時に声を上げていた。



 そこに立つメイド服の少女は、ルカがかつての世界に置いてきた唯一無二の親友──来栖莉彩その人だった。



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