第一章19 『夜明けを迎える者達』
──死闘の幕を閉じた闇夜のコルトン村は、次第にかつての静寂を取り戻しつつあった。
フェリアの身柄は六番隊に抑えられることになり、そのまま馬車に載せられ移送。
中枢騎士団管轄の監獄とやらに収容されるらしく、移送には六番隊の騎士が何人か同行することになった。
すべてが丸く収まり、一件落着──と言いたいところだが、ルカはどうにも歯痒い気持ちを拭えずにいる。
結局、フェリアの犯行動機だけがわからなかったからだ。彼女は一体何故、村の少女達をその手に掛けたかったのか。
殺すに値する理由があったのかどうか、それを知らなければ、あまりにも納得がいかなかった。
「……ルカ」
そのとき、背後から声を掛けられる。
振り返れば、そこにはレベリオが立っていた。彼もまたルカと同じように表情を曇らせ、やるせない感情を示している。
「レベリオ……さっきはありがとう。あなたが村の皆を先導してくれたから、暗がり魔を追い詰めることができた。改めて、お礼を言わせて」
「礼なんていらねぇよ。俺はただ、てめぇのやるべきことをやったまでだ。それに、村の全員であの女を追い詰めることを考案したのはお前なんだろ? それならむしろ感謝するのは、こっちの方だ」
レベリオの言う通り、確かに先の作戦を思いついたのはルカだ。
『暗闇の式術』の効果を無力化するには、昼間の明るさに匹敵するほどの光量が必要だと考えた。
村人達全員に灯りを持たせてフェリアを囲むことさえできれば、こちらの勝利は確実なものになる──そういう発想だった。
どうにか上手く事が進んでよかったと、ルカも内心で安堵している。
「お前はすげぇよ。たった一人で暗がり魔の正体を突き止めて、追い詰めて、そして最後にはついに勝っちまった。──本当に、よくやってくれたな」
「そんな……私一人だけで勝ったわけじゃないよ。皆で戦って掴み取った勝利でしょ? それはもちろん、レベリオの力もあったからだよ」
率直に褒められるのがどこか恥ずかしくて、ルカは謙遜の言葉を口にする。
それに実際問題、自分一人では決して勝てない戦いだったことは間違いない。
一人一人の指し手が重なり合い、その結束がフェリアを追い詰め、勝利を掴み取ることができたのだ。
「……フェリアの野郎が、なんで暗がり魔なんてやってたのか。結局その理由だけはわからなかったな。あの女は最後の瞬間まで、まともなことを語らなかった。これから奴が然るべき罰を受けるとしても、こんな終わり方じゃ納得なんてできやしねぇ」
「……うん」
レベリオの言葉に、ルカも俯くように頷く。
やはり彼もまた、そこに引っ掛かっていたのだ。無理もない。殺された少女達にはなんの罪もなく、狙われる理由さえなかったのだから。
このまま事件が幕を引いたとしても、残された遺族の傷は生涯癒えることはないだろう。
「今回のことで、俺は自分の無力さを思い知った。村の危機の中、俺は戦う術すら持たずに、ただ騎士達の戦う姿を見てるだけだったからな。……でも、それじゃ駄目なんだ。そんな体たらくじゃ、いざってとき大切な人達を守れるわけがねぇ」
拳を固く握りながら、レベリオはそう零す。
彼はいつだってこの村のことを真剣に考えていた。暗がり魔の手によって次々と少女達が命を奪われていく中、言葉にできないくらいの怒りを感じていた。
だが、そこまでだ。実際に目の前に脅威が訪れても、彼には戦う術がなかった。
その悔しさが、今でも彼を苛んでいる──。
「だから決めた。──俺、騎士になるよ」
「……え?」
そのレベリオの言葉に、ルカは思わず目を丸くする。彼は髪を掻き毟りながら続けた。
「ま、そう簡単な話じゃねぇだろうがな。剣なんて持ったこともねぇし、その才能がないこともわかってる。でも、それでも俺はやってみたいんだ。──何もできない弱い自分と決別して、生まれ変わりたい」
「──」
そう語るレベリオの双眸には、前を向いて歩き出そうとする者の、確かな強さがあった。
彼は今、変わろうとしている。そんな彼の姿を、一体誰が馬鹿にできるというのか。
ルカは小さく頷き、「いいんじゃないかな」と微笑む。
「レベリオがそう決めたなら、私は応援する。誰だって最初は初心者なんだし、そこから一歩ずつ進んでいけば大丈夫だよ」
「ああ、ありがとな」
そこで会話が一区切りつくと、向こうから賑やかな足音が聞こえてくる。
二人がその方向に向き直ると、こちらにやってきたのはロディアであった。
「ルカ! ここにいたんだねっ!」
「えっ? ちょ……わぁ!?」
唐突にロディアは跳躍すると、その勢いのまま、ルカに思い切り抱きついていた。
避ける隙もなく、されるがままにハグされるルカは、みるみると顔を熱くし頬を紅潮させる。
なんの心の準備もなしに、あまりにも突然だった。だからルカはおずおずとロディアを押し退け、そのまま一歩退いてしまう。
「いきなりなにしてんの……!?」
「ご、ごめん! ルカの顔を見たら、つい抱き締めたくなっちゃって! ……怒った?」
「や、別に怒ったとかじゃないけど……急に抱きつかれたらびっくりするでしょ……」
目を逸らしながらそう答えるルカに、ロディアは眉尻を下げて反省の表情を浮かべる。
その二人のやり取りに、レベリオはやれやれと肩を竦めていた。
「お姫様と王子様の逢瀬に水を差すわけにもいかねぇし、俺はそろそろ退散した方がよさそうだな」
そう空気を読み、レベリオは二人に背を向けて歩き出す。その彼の背を見届けてから、ロディアはルカに向き直るのだった。
「ルカ。改めて君に、リビアス王家の大公としてお礼を言いたい。コルトン村の悲劇を食い止めてくれて……救ってくれてありがとう。僕は君に、最大限の感謝と敬意を表するよ」
「そんな……大袈裟だよ」
「大袈裟なんかじゃないよ! もし君がいなかったら、この勝利は有り得なかったと思う。それに、君の言葉もちゃんと真実になった!」
「……真実?」
そのロディアの言葉に、ルカは首を傾げる。
「ほら、村に来る前にルカが言ってたでしょ? 一緒に行動すれば、もっとお互いのことがわかるようになるって! 暗がり魔を追う中で、僕はますます君のことを知って、そしてもっともっと好きになったんだ!」
「……そっか」
熱の入ったロディアからの告白に、ルカは少し困ったように小さな笑みを浮かべる。
「ルカはどうかな? 僕のこと、もっと知ってくれた? もしそうなら、凄く嬉しいな!」
「うん、そうだね。私もロディアのこと、もっとよく知れた気がする……かな」
「本当に!? じゃあ、僕と婚約を──」
「それはまだ早いって!」
ルカが食い気味にそう答えると、ロディアはしゅんとした表情で俯いてしまう。
相変わらずの真っ直ぐさだ。単純、と言い換えることもできるが。しかしその純粋な在り方が、間違いなくロディアの良いところでもあった。
「……じゃあ、もっと一緒の時間を作っていかないとね。僕、頑張るよ。頑張って頑張って、いつかルカを振り向かせてみせる」
「……うん。まあ、その……無理しない程度にね」
「そんなの無理だよ! 僕はルカのためなら、いくらでも無理をしたいんだ!」
「あー、わかったわかった! じゃあそれでいいから!」
ルカが諦めると、ロディアは今度こそ満面の笑みを浮かべるのだった。
それから彼はその場に片膝を突き、恭しい所作でルカに手を差し伸べる。
それはさながら、姫に求婚する王子のよう。何の真似なのか理解が遅れるルカに、ロディアは言った。
「じゃあ……帰ろうか、お姫様──僕達の王宮に」
「──。お姫様じゃなくて、使用人でしょ……」
そう言いながらも、ルカはロディアの寸劇に付き合ってやることにした。
彼の手を取った瞬間、ロディアは子どもらしく、無邪気な笑顔を向けてくる。
その眩しさに惹かれるようにして、やがて闇夜のコルトン村に、一縷の朝日が昇るのが見えた。
すべてが暖かな光の海に溶けていくかのように、柔らかな輪郭を夜の闇に描いていく。
それは、戦いを終えた者達を讃える、祝福の光のようにさえ見えた。
◇
「……あーあ。かなり深くまで抉られちゃいましたねー。こりゃしばらくの間は、暗殺業を畳むしかありませんかー」
──腹部の出血を抑えながら、足を引き摺るようにしてミラコは零す。
コルトン村を離れてだいぶ経つが、もう騎士達の気配はどこにもない。上手く撒けたということだろう。それを確信し、しかしそれに対する喜びなんてものはなかった。
──『諸刃の式術』がなければ、自分はもうとっくに死んでいる。
死と隣り合わせの状況は、暗殺者の世界で生きていれば酷く日常的なことだ。
だからそれに対する恐怖や焦りなんて感情は、とうの昔に切り捨てている。
だが切り捨てたからと言って、平然と余裕の顔ができるわけもなく。ミラコは額の脂汗を拭い切れずにいた。
「あー、楽しい……これだから、暗殺業はやめられねーんですよね……」
彼女なりの、せめてもの強がりか。
朦朧とする意識の中、夜明け前の獣道をどうにか進んでいく。そして唐突に、彼女の足がその場に止まった。
──自分の真正面。そこに、一人の少女が立ち尽くしていたからだ。
「……!」
ミラコは思わず息を呑む。
これほどの至近距離でなければ気付けなかったとは。暗殺者として培ってきた、気配を察知する嗅覚なら、それなりの自信があったというのに。
しかし何よりも目を引くのは、その少女のあまりにも美しい容姿だ。
──滝のように流れる純白の長い髪。一切の濁りのない、透き通った純白の双眸。
その白い肌は作り物のように陶器めいていて、華奢な体躯は純白のドレスに包まれている。
頭の毛先から足の爪先まで、すべてが白一色で統一された、この世の者とは思えないほどに儚げで麗しい少女であった。
「ミラコ・サレイトスさん、ですね?」
その少女が、ミラコを見据えて口を開く。どこまでも透き通った、鈴の音のような声だった。
「……あらら、どちら様ですかねー? 一方的に名前を知られてるなんて、あんまりいい思いはしないんですが」
「存じておりますよ。あなたは有名なお方ですからね。お仕事の方は順調ですか?」
「──」
その少女の発言で、ミラコは瞬時に確信する。
少女は間違いなく、自分のことを暗殺者だと理解している。その上でたった一人、堂々とここまでの距離を許しているのだ。
つまりそこから推測できるのは、目の前の少女は只者ではないということ。
よほどの手練か、あるいは暗殺者を何とも思わない人種か。いずれにせよ、それなりに警戒する必要はありそうだった。
「自己紹介が遅れました。私はアルフィリア・ユング・ ルミティリス。霊創教会にて教会長を務めさせて頂いております。以後、お見知り置きを」
「……あたしの記憶が正しければ霊創教会って、確かシルフィアを騒がせてるやべー宗教じゃありませんでしたっけ? 表向きは精霊の存在の有難みを謳っておきながら、その実相反する考えの人間達を容赦なく排除する過激な教団だって認識ですけど? そのせいで国の秩序を保つ中枢騎士団と、長年対立してるって噂じゃねーですか」
精霊は天から与えられし、奇跡の象徴。
故にその存在を尊び、人々は畏敬の念を示さなければならない──それが、霊創教会の教義だと聞いたことがある。
そしてその教えに相反する考えを示す者には、精霊に代わって粛清の裁きを下す。そんな、過激な思想を持つ二面性があることも。
そのミラコの指摘に、アルフィリアと名乗る少女は小さく首を縦に振るのだった。
「……御賢察の通り。お恥ずかしながら、そういった争いが勃発していることは事実です。教会の同胞の中には、過激な思想を持つ者もおりますから。ですが私は極力そういった争いは避け、穏便な布教を心得たいと常日頃から考えています」
「ふーん。で、その教会長さんが死にかけの暗殺者に何用で? まさかですけど、お前も入信しろだなんて言い出しませんよね?」
そのミラコの問いに、アルフィリアは「いいえ」と否定する。
「取引がしたいのです。あなたと」
「取引?」
「ええ。ミラコさん、あなたの力をぜひ、霊創教会にお貸し頂けませんか? 我々にはあなたの力が必要なのです。入信を求めるわけではありません。ただ一時、我々の戦力として動いてほしいだけなのです」
「いまいち話が見えてきませんけど、戦力って何のことです? まさか、中枢騎士団と戦争でもしようって魂胆ですか?」
ミラコが先読みしてそう推測を立てるが、アルフィリアはそれも否定する。
そして彼女は、やがて言った。
「戦争を仕掛ける相手は、中枢騎士団ではありません。──『再生の巫女』です」




