第一章10 『犯人像』
「ところで、君とロディア大公はどういう間柄なのかな?」
「えっ?」
──ロディアとグリードとは一度別れ、アルトと共にコルトン村の調査に出たルカ。
そんなルカに、アルトは唐突にそんなことを尋ねていた。
「どういう間柄って……ただの主人と使用人の関係だよ。どうして?」
「いや、その割には……ただの使用人が何故、いきなりロディア大公と共にコルトン村に同行してきたのかがわからなくてね」
その黄金色の双眸を細めながら、アルトはそう疑問を口にする。
確かに、彼がそんな風に感じるのも無理はないと思った。ルカが彼の立場であってもそう思うに違いない。
「ロディアには、私の方から無理を言ってお願いしたの。彼の力になりたいって思ったから……」
「──。まさか、君達は恋仲なのか? 先のロディア大公と君のやり取りを見ても、そう思ってしまうんだけど」
「えっ? い、いやいや……! そんなのじゃないって! ……まぁ、向こうは私のことをそんな風に捉えてるみたいだけど」
そのアルトの指摘に、ルカは慌てて否定する。
両想いの関係とは違うだろう。ロディアがそうだとしても、少なくともルカの中にそんな感情はない。
だが、ロディアがこんな自分に好意を向けてくれていること自体に悪い気はしない。
だからこそ、彼のことをもっと理解したい。『その感情』を知るためにも──。
「そうか。一国の大公が、あろうことか自分の王宮の使用人に恋心を抱くなど……やっぱり彼は、変わっているね」
「──。別に、誰が誰を好きになるかなんて、その人の自由だと思うけど」
「……それもそうだね。失礼、今のは忘れてほしい」
そのルカのささやかな反論に、アルトは引く姿勢を見せて謝る。
それから彼は咳払いを一つ挟むと、向こうに見える一軒の民家を見据えるのだった。
「これから、暗がり魔を実際に目撃したという村人に話を聞きに行く。僕はすでに聞いているけれど……調査に協力してくれる君には、直接話を聞いてもらった方がいいだろうね」
「実際に目撃……そういえば、ロディアがそんなこと言ってたっけ」
先ほどの馬車での会話を思い出すルカ。
ロディア曰く、その村人は暗がり魔の顔までは見えなかったものの、特徴を掴むことはできたと言う。
些細な手掛かりとは言え、それは立派な犯人探しの材料となるに違いない。
と、そのときだった。
目指していた民家の扉が内側から開き、その中から一人の青年が顔を出すのが見えた。
橙色の髪に、鋭い三白眼が印象的な若者。彼はその藍色の双眸をアルトに向けると、それから足早にこちらに向かってくる。
「隊長さん、ちょうどよかった。一つ、あんたに聞いておきたいことがあってな。……そっちのガキは誰だ? 見たところ、騎士には思えねぇが……」
ルカの服装を一瞥しながら、青年は頭の上に疑問符を浮かべる。
彼女が身に纏っているのは、リビアス邸の使用人専用のメイド服だ。純白のマントでバッチリと決めている騎士アルトの隣に、エプロンとスカート姿の小娘が立っていたら、それは確かに違和感を覚えるだろう。
「あ、えっと……リビアス邸で使用人をやらせてもらってる、マシロ・ルカです。今は王宮の仕事から離れて、この村で暗がり魔探しを手伝わせてもらってて……」
「は? なんで王宮の使用人が村まで来てんだよ」
ルカの並べる自己紹介に、青年は怪訝そうな表情を浮かべてぶっきらぼうに言い放つ。
歳はルカとそう変わらないはずなのに、かなり高圧的な態度だった。
「彼女はロディア大公のお気に入りらしい。村で調査をしたいというのは、彼女が大公に申し出たことだ」
怯むルカの代わりに、アルトがそう説明する。だがそれを聞き届けた青年の表情は、益々困惑の色を深めるのだった。
「……本気で言ってんのか? 今この村で女のガキが出歩くのがどれほど危険か、知らねぇわけじゃねぇんだろ?」
「もちろんそれは知ってる。でも、私はこの村で起きてる惨劇を見過ごしたくないの。だからお願い、あなたにも暗がり魔探しに協力してほしい」
青年の双眸に真っ向から向き合い、ルカはそう懇願する。
この村で少女が堂々と闊歩して暗がり魔を探すということは、捨て身にも等しい愚行と言えるだろう。
だが青年はルカの瞳に宿る確かな覚悟を感じ取ったのか、次第にルカに対する感情を変えていく。
そうして数秒の沈黙を挟んだ後、彼は溜め息混じりに「……とんだ馬鹿もいたもんだな」と零すのだった。
「レベリオ・イルゼル。コルトン村には、三年前から住まわせてもらってる。この村にはそれなりに恩があるし、俺も暗がり魔のことは許せねぇ。……だからまあ、暗がり魔をぶん殴りたい者同士、よろしくな」
髪を掻き毟りながら、青年──レベリオは自身の名を口にする。
三年も村人として住んでいるなら、この村には少なからず愛着があるはずだ。
それ故に、暗がり魔によってなんの罪もない少女達がその命を奪われた事実は、レベリオにも決して浅くない傷を与えたに違いない。
「ありがとう。それで早速なんだけど……レベリオは村人の中で唯一、暗がり魔の姿を目撃したんだよね? そのときのことを教えてほしいの」
「……ああ、そのことか。すでに騎士達にも話したことだし、大した情報にはならねぇが……それでもいいか?」
「うん、お願い」
ルカが頷くと、レベリオはやがて、その日のことを思い出しながら語り始めるのだった。
「暗がり魔の事件が続いて、村の連中が本格的に警戒心を強めてきた頃のことだ。その日の夜は寝付けなくてな。仕方ねぇから、寝床を抜け出して村を徘徊してたんだよ」
「徘徊って……そんなことして大丈夫だったの?」
「ああ。俺は男だし、暗がり魔の趣味には合わねぇらしいからな。別に真夜中の村を歩き回っても平気だと思ったんだよ。……まあその結果、暗がり魔の野郎を目撃することになっちまったがな」
ルカの質問にそう答え、青年は忌々しげに自身の記憶を引っ張り出す。その声色に含まれているのは恐怖ではなく、憎悪と怒りの色であった。
「全身を黒装束で包んで、フードで顔まで隠してやがった。一目で、奴が暗がり魔だと理解したよ。おまけにその右手には、血に塗れたククリナイフまで握られてたしな」
「え……!?」
その証言に、ルカは思わず目を見開く。
血に塗れたククリナイフ──間違いなく、それが犯行に使用されている凶器に違いない。
そしてそんなものを所持していたということは、レベリオが暗がり魔と遭遇したときにはすでにもう──事件は起きてしまっていたのだ。
「俺はすぐにぶっ殺してやろうと思った。だがその前に、暗がり魔の野郎は闇夜の中に消えてったよ。……とてもじゃねぇが、常人の足の速さじゃなかった。気付いたときにはもう、奴はどこにもいなかったんだ」
そう語るレベリオの拳は固く握られ、微かに震えていた。
暗がり魔をその手で裁けなかったやるせなさが、痛いくらいに感じられる。
だが相手は何人もの少女を殺害し、未だにその正体を隠し通している凶悪犯だ。
正直に言って、彼一人が太刀打ちできる手合いだとは考えにくい──。
「だからまあ、突き止めることができた暗がり魔の特徴と言えば……すらりとした長身ってことくらいだな。性別まではわからねぇ」
「……そっか。わかった、ありがとう。今の情報、参考にするね」
「ああ、そうしてくれ。大した話ができなくて悪かったな」
「ううん、そんなことないよ。私、絶対に暗がり魔を捕まえてみせるから」
レベリオの言葉にそう返すルカ。その決意の宿った宣言に、レベリオは決して鼻で笑うことはしなかった。
「そんときは、俺にも暗がり魔の野郎をぶん殴らせてくれ。そうでもしねぇと、死んでいったあいつらに顔向けできねぇからな」
「うん、約束する」
彼が差し出してきた手を、ルカは力強く握る。
そうして二人は頷き合い、その誓いを見届けたアルトは、やがて静かに口を開くのだった。
「そういえば、君は何か僕に聞きたいことがあると言ったね。一体、何が聞きたかったのかな」
「ああ、そうだった。隊長さんも随分と忙しいみてぇだからな。この機会に一つ教えてくれよ。──あのアレイド・グラインが、中枢騎士団を辞めた理由について」
「──」
そのレベリオの問いに、アルトは小さく目を見開いて黙り込む。
それは予想外の質問だったのか、微かな動揺の色が垣間見えた。そんな彼を見据えながら、レベリオは続ける。
「いくら本人に聞いても、なんにも教えてくれねぇからな。仕方ねぇからあんたに聞く。あんたとアレイドさんは、元々同じ六番隊の所属だったんだろ? 本来ならアレイドさんが次期隊長に決まってたが、あの人は昇格が決定する前に自ら騎士を辞めた。その結果としてアレイドさんの代わりに隊長に抜擢されたのが、あんたってわけだ」
「……それは、アレイドから聞いたのかな」
「まあな。あんたとアレイドさんが同期だったってのは知ってんだ。何か知ってるんじゃねぇのか? その辺の事情についてをよ。アレイドさんは騎士は辞めちまったが、剣まで捨てたわけじゃねぇ。聞いた噂では、同じく中枢騎士団を辞めた騎士を寄せ集めて、市街地の方で便利屋みてぇなことをしてるって言うじゃねぇか。──そうまでして、騎士を辞めた理由がわからねぇんだよ」
問い詰めるレベリオに、アルトは口を閉ざすのみだ。
部外者であるルカには何の話なのかさっぱり見えてこないが、話を整理するに、どうやらこの村には元中枢騎士団の人間が住んでいるらしい。
その人物はアルトと同じ隊に所属していた同期であり、次期隊長に選ばれるほどの実力者だったが、本格的に昇格が決まる前に、自ら騎士を辞めた、と。
そして目の前のレベリオは、その辞めた理由をどうしても知りたいらしい。
アルトの沈黙は固い。
それが、何らかの事情を知っていることを意味しているのは明白であった。
だが──
「……すまないが、答えられない」
「……なんでだよ」
「それは個人の問題だからね。君の推測通り、僕は彼が騎士を辞めた理由を知っているよ。でもそれは口外していいものではないし、もう──終わった話だ」
ルカの世界で言うところの、プライバシーの侵害を防ぐため、ということだろうか。
それに加えて、アルトはその件について話す気はないらしい。それは彼にとっても、苦い記憶として刻まれている過去なのだろう。
「……わかったよ。なら、これ以上は聞かねぇ。悪かったな、余計なことを詮索しようとして」
アルトの示した拒否反応の空気を察し、レベリオは渋々といった形で引き下がる。
そんな彼に対し、アルトは「すまない」と短く謝ると、それから背を向けて歩き出すのだった。
「話を聞かせてくれて感謝する。ルカ、そろそろ行こうか」
「あ、うん……」
心做しか早足でその場を立ち去るアルトの背に、ルカはレベリオに軽く一礼してからついていく。
それはさながら、直視したくない過去から逃げているようにも見えた。アレイドという騎士とアルトの間に、一体何があったのか──ルカには知る由もないが、その溝はかなり深く感じられる。
「アルト、その……大丈夫?」
「──。ああ、気にしないでくれ。それより、聞き込みを続けるとしよう」
ルカが心配そうな目を向けて問うと、アルトは小さく首を横に振ってそう答える。
「次は、被害者の少女達についてよく知っている人間に会いにいく。この村に住み始めてからまだ年月は浅いが、彼女は老若男女から好かれている、物腰の柔らかい人物だ」




