第一章9 『暗がり魔捜索へ』
「……正直、未だに納得がいきませんね。コルトン村の視察に、あろうことかルカさんを連れていくなんて」
──馬車の客席に腰掛けたグリードが、ロディアとルカを交互に眺めてそう呟く。
リビアス邸から出発した馬車は、ロディア、グリード、ルカの三人を乗せて獣道を駆け抜けていた。
本来であればルカには使用人としての仕事がある。
が、それは事前にメイナに了承を得て引き継ぎを終えていた。元々メイナ一人で回していた業務だ。ルカ一人が居なくなったところで、人手不足にはならない。
「まあまあ、そう言わずに。ルカはコルトン村の村人達のために、一刻も早く暗がり魔の事件を解決したいと思ってるんだよ? それは、とても素晴らしいことじゃないか! 僕はそんなルカの思いを無下にはしたくないんだよ」
「ですが……使用人を一人同行させたところで、事態が好転するとは思えません。それにロディア様もご存知のはずですが、暗がり魔の標的はルカさんくらいの年頃の少女──もしものことがあったら……」
ロディアの弁明にも、グリードは懸念を零す。
特に後半の部分は、昨夜ロディアにも言われたことだ。コルトン村を騒がせる暗がり魔の特徴は、その殺害対象が決まって成人前の少女だということ。
無論、自分の身に危険が及ばない保証はない。それは承知の上だ。しかしだからと言って、これ以上何もせずに指を咥えていたくない。
自分にもなにかできることがあるなら、手を尽くしたいのだ。
「ありがとう、グリードさん。でも、私のことなら心配しないで。自分のことは自分でなんとかするよ。そのためにも、精霊術の鍛錬を続けてきたんだし」
「──。勘違いしないでください。私は別に、あなたのことを心配しているわけではありません。ただ当家の使用人が、賊の手によって失われることを憂いているんです。それは、ロディア様の名誉に傷をつけることと同義ですから」
指先で眼鏡を抑えながら、グリードはそう返す。
相変わらずのロディア第一の考え方だ。その彼の在り方に、当のロディアはやれやれと肩を竦めるのだった。
「まったく、グリードは相変わらずだね……僕は自分の名誉なんてどうでもいいのに。それよりも、今日からルカにも暗がり魔捜索を手伝ってもらうんだから、今までに得た情報は共有しておいた方がいいよね!」
ポンと手を叩きながら、ロディアはルカを見据えてそう提案する。
彼らはすでに、中枢騎士団と結託しながらコルトン村での調査を進めており、その結果として暗がり魔の情報を掴んでいるのだろう。
それを共有できるのは、犯人を突き止めるためにも有り難いことだった。
「暗がり魔の正体については未だに判明していないけど、それ以外に関してはいくつかわかったことがあるんだ。まずはその外見についてだけど……村人の一人が、暗がり魔らしき人物を真夜中に見たことがあるらしくてね」
そのロディアの発言に、ルカは驚く。
「え……!? 目撃者がいるの……?」
「うん。と言っても、もちろんその顔までは確認できなかったらしいけどね? 暗がり魔は全身を黒装束に包んでいて、その頭もフードで隠していたらしいんだ。体型はすらりとした痩せ型だったみたいだけど、性別まではまだわかってない」
すらりとしたやせ型──確かに、その情報だけでは性別を特定できない。
せめて男女どちらかがわかれば、犯人も絞りやすくなるのだろうが。
「それだけじゃ、まだ犯人の目星なんてつかないよね……暗がり魔が村人の誰かなのか、それとも村の外の人間なのか……せめてそこがわかれば、話も変わってくるけど」
「──それなら、犯人は間違いなく村人の誰かですよ」
ルカの発言にそう返したのは、グリードだった。
間違いなく村人の誰か──そう口にした彼の声色には、絶対的な確信が含まれている。
それに対してルカは「えっ……!?」と目を見開き、驚愕の感情を吐露するのだった。
「グリードさん、それってどういう……」
「どうもこうも、そのままの意味です。暗がり魔の事件が連続し、中枢騎士団の一部隊がコルトン村に滞在してから、少女殺害が新たに二件発生しているんです。ですが、騎士達は交代制で村の出入り口にて常駐しており、その間、部外者の出入りは一切ありませんでした。つまり、村の外の人間が犯人の可能性はないということです」
交代制で村の出入り口に常駐し、部外者の出入りを確認していない。
にも関わらず村の中で新たな殺人が二件発生しているのなら、確かに村の外の人間に犯行は不可能と言えるかもしれない。
だが──
「でも、たとえば中枢騎士団が到着する前に、犯人が村の中に潜んでいたとしたら? その可能性は考えられないの?」
ルカの中に生じた疑問。
暗がり魔による少女殺害が起きる前に、村の外の人間が予め村の中に侵入し、今日まで息を潜めているのだとしたら──犯人が部外者である可能性は、十分に考えられるのではないか。
しかしグリードは、それに対して首を横に振るのだった。
「コルトン村は、そこまで広い土地ではありません。加えて、村人も全員が互いに見知った間柄です。そんな場所に何日も身を潜めて犯行を繰り返すなど、現実的ではないでしょう」
「……そっか。じゃあ、そうなると犯人は……村人の中に?」
ルカがそれを切り出すと、ロディアは目を伏せながら「……そうなるね」と零すのだった。
「僕としては、村人の中にあんな残虐なことができる人間がいるなんて、とてもじゃないけど信じたくない。でも、一刻も早く犯人を突き止めるためには──それを認めるしかないんだよね」
「……ロディア」
やるせなさを吐露する彼の姿を前にして、ルカもまた悲しくなる。
コルトン村はリビアス邸とも距離が近い。おそらくは自分が王宮に来る前から、ロディアは村の人々と交流があったのだろう。
親睦を深めていた彼らの中に犯人がいる。それは大公である彼にとって、両肩に重く伸し掛る事実に違いない。
「ごめん。今はそんなことを憂いている場合じゃなかったね。僕は大公として、必ず暗がり魔をこの手で捕まえる。犠牲になった少女達のためにも……絶対に」
拳を固く握りしめ、ロディアはそう己を鼓舞するのだった。
犠牲になった村人のため、暗がり魔として暗躍する村人をその手で裁こうとしている──その正義感には、どこか苦悩と葛藤が垣間見える。
「──。そろそろ、コルトン村に到着しますね」
そんなロディアの姿を一瞥し、グリードがそう呟くのが聞こえた。
ルカは自然と気を引き締める。自分を王宮で拾ってくれたロディアのため、そして暗がり魔の凶行に苦しめられている村人達のため──必ず犯人を突き止めてみせる。
その決意を胸に、ルカは馬車の窓辺から見える景色を真っ直ぐと見据えていた。
◇
「──お待ちしていました、ロディア大公、グリード秘書」
コルトン村の前で馬車から降りた三人を出迎えたのは、深緑色の髪をした、中性的な見た目の青年であった。
黒のインナーに白のブレー、同じく白のマントを身に付けており、その脇にはレイピアの納まった鞘が装備されている。
彼のその格好は美形の容姿と相まって、なんとも様になっていた。
一目で彼が騎士だということは理解でき、ルカは思わずその全身を眺めてしまう。
当然だが、本物の騎士を見るのは初めてだ。彼のような存在なんて、歴史の教科書でしか見たことがない。
呆気に取られていたルカ。その視線に気づき、青年は小さく首を傾げる。
「……失礼ですが、そちらの少女は大公の従者でしょうか?」
「ああ、この子は僕の王宮で使用人をしてくれてるルカだよ。今日から彼女にも、一緒に暗がり魔捜索をしてもらうことになったんだ」
青年の疑問に、ロディアは爽やかな笑顔を向けてそう答える。
だが、青年からすれば怪訝に感じられることに違いない。ただの一使用人が、唐突に暗がり魔探しに加担すると言っているのだから。
だが、かと言って青年にそれを拒否できる権利はないらしい。数秒の沈黙を挟んだ後、「……そうですか」と小さく頷いてから、青年はルカの方に向き直るのだった。
「シルフィア中枢騎士団、六番隊隊長のアルト・マグリアだ。君が何故、大公と行動を共にしているのかはわからないが……暗がり魔捜索に協力してくれるというのなら、こちらとしても有り難い。よろしく頼む」
「あ、う、うん……こちらこそ、よろしくお願いします」
青年──アルトが手を差し伸べてきたことに、ルカは一瞬だけ動揺してしまうが、それが握手を求めている行動なのだと理解し、咄嗟に手を伸ばして応えるのだった。
「それで、私にも何かできることはある? 村人への聞き込みとか、手掛かり探しとか──」
「ああ、聞き込みを手伝ってくれるというなら助かる。……でも、僕達はこれから村に駐在している騎士達を招集し、暗がり魔捕獲作戦のための会議に入る予定だ。それには、ロディア大公とグリード秘書にも同席してもらう手筈となっている」
「……え? そう、だったんだ」
そのアルトの発言に、ルカは小さく目を見開く。
──暗がり魔捕獲作戦。それは、以前から企画されていたものなのだろうか。
思えばこのコルトン村で暗がり魔による事件が発生してから、かなりの時間が経過している。
騎士である彼らも、聞き込みや手掛かり探しといったやり方だけでは、暗がり魔を捕らえることなどできないと踏んだのだろうか。
それがどんな内容なのかは知らないが、アルトが口にした捕獲作戦という言葉には、絶対に暗がり魔を捕らえてみせるという強い意志が感じられた。
「……正直、僕はまだその捕獲作戦を実行することに躊躇いがあるんだけどね。それが正しいことなのかどうか……僕には判断がつかないよ」
「──。ロディア大公、その話はまた後ほど、会議のときに。そして以前も申し上げましたが、一刻も早く暗がり魔を捕らえなければ、また次の犠牲者が生まれることに繋がります。……手段を選んでなどいられないんですよ、僕達は」
ロディアの零した逡巡の言葉に、アルトは少しばかり強い語気でそう口にする。
それから彼は、その黄金色の双眸を再びルカに向けるのだった。
「これから会議を控えてはいるが、別に僕が席を外しても問題はない。もし君さえよければ、僕が一緒に村を回っても構わないけど……どうかな?」
「いいの……?」
ルカが申し訳なさを感じて尋ねると、彼は静かに首を縦に振る。
「王家の使用人に、危険が及ぶわけにはいかないからね。もしも白昼堂々と暗がり魔が襲ってきたとしても、僕なら君を守ってやれる。──ロディア大公も、それで構いませんか?」
「……そうだね、君の腕なら信じられるよ。わかった、ルカをよろしく頼むね」
そこまでを言い終えると、ロディアはルカの正面まで歩み寄り、その両肩に優しく手を置くのだった。
「本当なら僕が君の傍についていたいけれど……大公である僕は、捕獲作戦の会議に同席しないといけない。アルトが同行してくれるから安心はできるけど、ルカ──どうか無理はしないでね?」
「うん、約束する。私は私で、絶対に役に立ってみせるから」
「──。頼もしいね、僕のお姫様は」
困ったような笑みを浮かべてそう呟くロディア。
彼のお姫様になったつもりはないが、それでも彼には恩がある。この自分を使用人として王宮で拾ってくれた恩に応えるためにも──必ず成果を出さなければ。
「ルカさん」
そのとき、ふとグリードがルカに向かって声を掛ける。
「あなたが何故、自ら危険に晒されてまで暗がり魔捜索に加担したのかはわかりません。単なる気まぐれか、それとも何か別の理由があるのか──いずれにせよ、警戒は怠らないようにしてください。先ほども言いましたが、あなたにもしものことがあっては困りますからね」
「わかってる。グリードさんも、心配してくれてありがとうね」
「別に、感謝されることでは……」
そう言ってルカから視線を逸らすグリード。
ルカはそんな彼に、思わず小さな笑みを浮かべるのだった。そして同時に、微かにだが彼のことを理解する。
グリードは素直ではないだけで、本当は自分のことを心配してくれているのだ。
口では主であるロディアのためだと主張しているが、その根底には彼なりの、不器用な優しさが確かにある。
それを確信したからこそ、ルカはグリードのためにも頑張りたいと思えた。
──コルトン村の暗がり魔捜索。その火蓋が、今こそ切って落とされる。




