1.ツチノコ発見
「ツチノコを見つけた!」
このニュースはすぐさま校内でうわさの種となった。泉高校2年生の長坂沙良がその火付け役である。長坂先輩は変わり者としてもともと有名だった。普通、こんなうわさ話は現代の高校生において興味のひかれるものではないが、この話がみんなの好奇心を刺激したのは、長坂先輩はそのツチノコを剥製にし、新聞部の部室に持ってきたからであった。
新聞部で幽霊部員をしていた僕も、ツチノコを一目見ようと部室を訪ねたが、遅かったのか展覧会は終わっていた。しかも最悪なことに、新聞部部長の和地山先輩に見つかってしまい、長坂沙良の取材に駆り出されることになったのである。
「新聞部には俺含め8人の部員がいるが、うち5人は全く姿を見せん。なので、いつも週報しか書けなかったが、いいところに来てくれた。えっと、三島夕太君だっけか。君のおかげで号外が出せる」
和地山先輩はにかっと笑った。意地悪く、取材に行くなんて嫌ですと拒否してもよかったが、ずっと幽霊部員をしていた手前、なんだか断りづらく、また、先輩の笑顔が一層断りづらくさせ、僕は承諾してしまった。あと和地山先輩、ガタイよくて。
残暑のすさまじい9月下旬。僕は川沿いの緑道をひとり、額に汗して歩いていた。世間はシルバーウイークだと浮足立つが、僕は足が重かった。まさか和地山先輩がかぜをひくとは、筋肉あるのに新聞部というびっくり人間なのに、意外と風邪をひきがちなのはさらに驚きだ。取材は二人で行く予定だったが、他の部員はシルバーウィークを謳歌するためピンチヒッターに呼べず、まさかのまさか、僕一人で長坂先輩の家へ取材しに行くことになったのだった。一応、長坂先輩にはもう和地山先輩からもろもろ連絡したらしく、あとは僕が家に行って、取材するだけとなった。しかし、女子の家に行くのは、小学生のとき近所に住んでいた女の子の飼っているザリガニが脱皮するのを見に行ったのが最後なのに、取材なんて何を聞けばいいんだろう。ツチノコは脱皮しますかとか聞けばいいんだろうか。僕は先輩と面識なんてなく、下校中に友人に、あれが長坂先輩、変わり者なんだぜと教えてもらい、遠くから一方的に見たことあるだけだった。そのときは、ボブカットの普通の女の子だなと思った。
そんなこんなを考えているうちに、先輩の家に着いてしまった。和風な風情ある家で、庭には灯篭が置かれ、松が植わってあった。おばあちゃん家みたいだ。
ピンポンを押すと、少しして長坂先輩が戸をガラガラと開けた。先輩は休日なのに制服を着ており、さあ上がってと手招きした。通されたのはリビングで、両親は仕事に行っているらしかった。僕は出されたオレンジジュースをごくごく飲んで、バッグから取材用ノートとカメラ用にスマホを出した。
「あの、それじゃあツチノコを見せてくれませんか」
「まって、ツチノコは最後に取っておきましょ。まずは私の取材をして」
僕は取材ってそういうもんなんかと基本のきの字も知らないので従った。僕は先輩の誕生日、血液型、趣味、さっき玄関にいた飼っているトカゲの名前、幼少期、庭の手入れの手伝いをするのかどうか、何から何まで質問したが、なにも教えてはくれなかった。この人は僕をバカにしたいだけにシルバーウィークの貴重な時間を使っているのかと思うと、だんだん呆れてきた。これじゃ女子の家に入るからって緊張した僕があまりにも馬鹿じゃないか。しかし、なんの取材もできないと困るなと思ったが、拒否されたと素直に和地山先輩に言えばいいかと簡単に折れた。事実、そうなのだ。なにを聞いても、先輩はすこし俯き、ダイニングテーブルの一点を見つめて首を振った。なんだか警察の取り調べみたいだ。僕はもう帰ろう、骨折り損のくたびれもうけだと思い、先輩にじゃあ終わりますといった。
「それなら、今度はこっちのターン。質問するから、はいかいいえで答えて」
なんだそりゃと思ったし、質問もなんだそりゃな質問ばかりだった。
「あなたは白い病室で頭を撃たれる。ピストルでね。あなたは撃った人を怒る?」
「はい」
「あなたは宇宙船にいる。そこで、女の人にキスされる。でも、その人は船の外へ出て行って、永遠に別れてしまう。あなたはキスされてうれしい?」
「かわいい人ならはい、かわいくないならいいえ」
「あした、あなたが死ぬとわかったら、今日、犯罪をする?」
「いいえ」
奇妙なことに先輩はこのへんてこな質問を僕の眼をまっすぐにみてするもんだから、僕はどぎまぎしたけれど、すぐに終わった。
僕は謎の質問だけされて、先輩の家を出た。ツチノコは見せてくれなかった。どうせ剥製とかいう紙粘土かなんかでつくったツチノコの色でもはげたんだろう。たしかに、変な人だ。なにがしたいのやら。しかし、あれだけまっすぐに眼を見られるとどぎまぎするし、怖くもあった。なにがしたいのやら。この言葉をなんだか自分に向けている気がした。僕はたしかに、勉強もスポーツも恋愛も友達付き合いも全然ダメだ。でも、人を無意味に拘束するなんてことはしない。あいつは本当になにがしたいのかわからない。でも僕は、したいことがないだけだ。眼に射抜かれて、なんだか言い訳してしまう。
和地山先輩に成果はないです、号外は諦めましょうとメッセージを送った。