第1話 「潜世」
ある“世界”にて...
「それでは作戦通り、ロシア共和国政府に攻撃を仕掛ける」
「これより、我々はアメリカ政府への攻撃を開始する」
それぞれの軍にそのような指令が下った。
双方は戦闘機に搭乗し、出撃した。
数分した時のことだった。
「見えて来ました!敵機です!」
「よし、撃ち落とせ!」
米軍のほうでそのような会話があった。
一方露軍では、
「敵機を発見。撃墜する」
「いや待て...あれはなんだ?」
一人の軍があるものを発見した。
米軍のほうでもそれは同じだった。
「...人?」
米軍の一人がそう呟いた。
ある人影が双方の間にいるのが見えたのだ。
人影は、空中を浮いている。
と、その時だった。
その人影は突然両手を広げた。
すると、辺り一帯に光弾が飛ばされ始めた。
「なッ!?」
「お、おい!何かマズ─」
米軍、露軍双方は撤退する暇もなく、光弾によって壊滅してしまった。
一人の軍人は息絶える直前、その人影を見た。
「あれは...青年...?一体何...者...?」
そう言うと、その軍人は息絶え、形を失うのだった。
23世紀...日本のどこかで...
「それじゃ、行ってきまーす!」
一人の少女がランドセルを背負い、元気よく家から駆け出した。
彼女の名は、愛。
日本で元気に生まれ育った、11歳の小学5年生。
家族は母親一人。
父親は彼女が生まれる前に既に他界している。
今日も今日とて、彼女は軽快な足取りで学校へと向かった。
「おはよー!」
「おはよ!」
元気のよい子どもたちの挨拶が教室でいくつも響く。
「アイ!昨日のテレビ見た!?」
一人の少女がアイに身を乗り出してそう聞いた。
彼女の名は相島野々花、通称ノノ。
「見たけど、どうしたの?」
「ニュースで言ってたの!ガンマが突然できなくなったんだって!」
「え、ガンマが?でもどうして?」
『ガンマ』...それは、世界的人気を誇るソーシャルFPSゲームである。
「分かんない。できなくなったって言うか、ログインした人は皆アカウントを消されたとかで...」
「なにそれ...こわ...」
「ま、私たちはやってないし、関係ないけどね」
「確かに。でも、なんでだろ...気になるなあ」
「おーい、朝の会始めるぞー。皆席に着きなさい」
2人がそんな会話をしていると、担任の先生が入ってきたことで、教室の和気あいあいとした空間は遮断された。
その後、アイは授業、給食、昼休み、掃除と、いつもと変わらないルーティンを送った。
そのような中、アイはノノの話のことがどうも引っかかっていた。
そして、放課後...
「それじゃ、私は帰るね」
「うん。それじゃ、また明日」
そう言うと、ノノは学童のほうへと足を進め始めた。
そう、ノノは学童通いである。
「あ、そういえば」
「?」
ノノが突然振り返り、何かを思い出したかのように話を切り出す。
「私の学童の先生にさ、プログラミングの勉強してる大学の人いるから聞いてみよっかなって」
「ガンマのこと?」
ノノはうなずく。
アイが自身の話でずっと引っかかっていることを察したのだろう。
気配りの上手な子である。
ちなみにこの学童の先生の名は白岩航。
20歳の大学2年生である。
「確かに、その人に聞いたら分かるかもね」
「それじゃ、何か分かったら教えるから」
「うん、ありがとう」
「それじゃ、バイバイ!」
こうして2人は今度こそ別れた。
その後、アイは独り、帰り道を歩いていた。
そのとき、一人の老人が重そうな荷物を持って歩いていた。
「おばあちゃん、私、その荷物持つよ!」
「いいのかい?」
「うん!任せて!!」
アイは老人の荷物を持ち、家まで送り届けることにした。
その方向が、自身の家とは逆方向なことも理解しているうえで、だ。
そう、彼女は生まれついての人助け体質である。
困っている人を放っておくことができない質なのだ。
それは、助けようと思ったときには、すでに身体が動いているほどである。
「ありがとうねえ。助かったよ」
「えへへ。それじゃおばあちゃん、私もう行くね」
「ちょっと待ちなさいな」
すると、老人はアイを引き留めた。
そして、
「ほら、これ。お礼のお菓子だよ」
「えっ...!?本当にいいの!?」
老人が差し出したのはせんべい。
アイは無類の和菓子好きである。
「持っていきなさいな」
「わあ...!ありがとう!!」
アイはせんべいを受け取ると、軽快なステップで再び家に帰り始めた。
もちろん、せんべいをもらったこともうれしい。
しかし、彼女にとっては、困っている人を助けた後相手のその笑顔こそが、至高のご褒美なのだ。
「うーんっ、今日の夜ご飯なんだろ」
横断歩道を待っているとき、アイは伸びをしながらそんな独り言をつぶやいた。
と、そのときだった。
アイから見て向かい側の公園で遊んでいた幼稚園児の一人が、道路に飛び出したボールを取りに行こうとし始めた。
アイは咄嗟に歩行者信号を確認する。
赤だ。
しかも...
「トラック...!あぶないッ!!」
そう言った時、アイの身体はもうとっくに動いていた。
アイは園児を歩道へ突き飛ばす。
そして...
「あ...」
彼女の姿は、横断歩道を通るトラックによって消されてしまったのだった。
「う、う~ん...」
アイは奪われていた視界を取り戻す。
背中で何かチクチクとした感覚に襲われた彼女はまず体を起こすと、下を見て、その後、前に視線を移した。
なんと、そこはコンクリートでも横断歩道でもなく、どこまでも続く広大な草原であった。
「...ここ、どこ?」
アイは何度も目を凝らすが、景色が変わることはない。
頬をつねると、確かに痛い。
夢ではなさそうだ。
彼女は、これまでの出来事を振り返る。
「確か...私はあの時...トラックに...」
と、そのときだった。
『ミギャ!!』
「えっ、何!?誰!?」
突然背後から声がしたので振り返ると、スライム状の謎の生物がいた。
明らかにアイに敵意を持っている。
今にも襲い掛かりそうだ。
「ちょっ、ちょっと待ってよ!!私、なにもしないから!!」
『ミギャーッ!!』
スライム状の生物は容赦なくアイに襲い掛かってきた。
「ひっ!誰か─!!」
思わず助けを呼んだアイ。
その時のことだった。
『ミギッ...』
そんな声が聞こえた。
アイは数秒身を守っていたが、全く攻撃が来ない。
何事かと思い、視界を広げると、そこには黒焦げになった“なにか”の姿があった。
「え、燃えた...?」
そう、その正体は彼女に襲い掛かろうとしたスライム状の生き物だったのだ。
そのとき、再び背後に気配がした。
アイは恐る恐る振り返る。
そこにいたのは、謎の白髪の青年。
彼女を助けてくれたのだろうか。
だとしたら、あの生き物を倒したのは彼ということになる。
「あなたは...?助けてくれたの...?」
「......」
青年は何も答えず、アイを見下ろす。
青年のほうも、少し驚いているようだった。
おそらく、彼にとって、アイは突然姿を現した謎の少女、ということになるからだ。
無理もない。
こうして、2人の奇妙な出会いは果たされ、アイの摩訶不思議な冒険譚が幕を開けたのだった。