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第9話 望まぬ再会

「ま、まずはここ」


 エスターの導きと、クレイの案内でやってきたのは、廃墟からほど近い空き地。

 点々と茂る野草が風に揺れる静かな空間で、複数匹の猫が日光浴をしている。


「ほー、こいつはなかなか……」

「相変わらずいっぱいいるな~」

「手分けして探そう、メリエル、俺たちはあっちだ」

「はい、兄さん」


 メリエルを連れていくレシオの背に、アシュリィが声を投げる。


「頼むぜお前ら。さ、(アタシ)らも行こうぜ」

「お、俺はジェスと探してくるから……!」

「お~い~、引っ張んなよ~」


 止める間もなく行ってしまったクレイを見送り、アシュリィはエスターに顔を向けた。


(アタシ)、クレイになんかしちまったかな?」

「ぜーんぜん。アシュリィさんは気にしないで。さ、行きましょ」


 エスターとともに空き地の中央に踏み込んだアシュリィに、人慣れした様子の三毛猫が近づいた。


「お前たちに会う前にも見かけたけど、なんでこの町はこんなに猫がいるんだ?」


 膝を折り、寄ってきた猫の喉を撫でながら、アシュリィは抱いていた疑問を口にする。


「昔はこの町も人がたくさんいて、猫を飼うのが流行ってたらしいの」


 言いながら、エスターもアシュリィの隣に座る。


「魔除けだとかでね。で、悪魔との戦争で人が減って、町がこんなになって、ほったらかしにされた猫だけ増えたんだって」

「えらく詳しいな?」

「死んだお父さんが教えてくれたわ」

「そ、そうか。悪い……」

「謝らないでよ。片親とか孤児とか、今時珍しくもないわ。一番悪いのは悪魔だし」


 さらりと言ってのけたエスターにアシュリィが鼻白む。


「アシュリィさんだって、そう思わない?」

「……ああ。(アタシ)もひでぇ目に遭った。許せねぇし、許す気もねぇよ」

「ふぅん?」


 エスターの好奇の眼差しにアシュリィはたじろぐ。


「なんだよ?」

「ね、アシュリィさんも聖女なんでしょ?」


 アシュリィの手が強張ったことに驚いたのか、三毛猫がパッと離れた。


「レシオの話を聞いたときから、気になってたのよ。どうなの? 刻印ある?」


 アシュリィは困ったように笑い、行き場をなくした手をふらふらと振る。


「期待を裏切って悪いが、聖女になんて逆立ちしたってなれねぇよ」

「じゃあ、どうやって悪魔を追い払ったの?」

「内緒。バレたら商売あがったりさ」

「なぁんだ、つまんないの」


 頬を膨らませたエスターに、アシュリィのわずかに小さくなった声が届く。


「それにな――」


 アシュリィが立ち上がる動作に合わせ、鮮やかな紅い髪が静かに揺れた。


(アタシ)には、聖女になる資格もねぇんだ」


 諦めたような、それでいて明確な意志を感じる言葉に、エスターは返事も忘れてアシュリィの姿を見上げる。

 視線がぶつかり合うと、アシュリィはニッと笑った。


「なんてな。さ、猫探し猫探し! それと人探し!」


 本来の目的に戻って歩き出すアシュリィ。


「資格がないって……刻印がないってことかしら?」


 そう結論付けそうになったが、どうにも腑に落ちない。

 アシュリィを追いかけるエスターは、期待にも似た予感を完全に捨てることはしなかった。

 それからしばらくアシュリィたちは空き地で白猫を探し回ったが、目ぼしい成果はなかった。


「うーん、見つかりませんね……。エスターさん、どうですか?」


 メリエルに問われ、エスターは右腕に再び光の矢を浮かべる。


「矢の向きも少し変わってるわ。別のところに動いてるみたい」

「なに、まだ一か所目だ。クレイ、次のところを教えてくれ」


 アシュリィに呼ばれたクレイが、ピンと背筋を伸ばす。


「じゃ、じゃあ次は大通りの方かなっ。気まぐれに町の人たちが餌を置いていく場所があるよ!」

「本当に助かるぜ。ここだけの話、こういう依頼はなかなかうまくいかなくてさ」


 頬を赤らめるクレイの肩にアシュリィが腕を回した。


「初めての土地だと余計にな。でも、お前みたいに土地勘のあるやつがいるだけで違ってくるんだ」

「俺、よく店の使いで町を回ってるから……!」

「そりゃいいや。これからも、こういう依頼の時は頼らせてもらうかな。ちゃんとお礼もするからよ!」

「お、お安いご用ですっ!」


 活発な雰囲気はすっかり鳴りを潜め、照れ屋な少年となっているクレイ。


「……っ! ……っ!」


 エスターは彼に気づかれないよう、レシオの背後に回って無言のまま爆笑する。


「大丈夫か、エスター?」

「くくくっ……! だ、だめ、お腹痛い……!」

「ここ最近のエスターさんで、一番楽しそうな気がします!」

「クレイのやつ、しばらくいいオモチャだな~」

「おーい、何してんだお前ら? 置いてくぞー?」


 すでに空き地の外にいたアシュリィが、クレイの肩を抱いたままこちらに呼びかけてくる。


「は、はーい! すぐに行きますー!」


 レシオを先頭にアシュリィたちへ追いつき、六人は改めて町へ繰り出した。

 そして、数時間後。


「だめだぁ。全然見つからねぇ」


 日暮れの道をトボトボと歩きながら、アシュリィが言う。


「つ、次が最後だよ。涼しい路地裏。そこにいなかったらもうお手上げ」

「マジかぁ。頼む、いてくれ……!」


 クレイの言葉にアシュリィは天を仰いだ。


「あちこち探し回ったけど、トルソンさんも見つからないな」

「そうねぇ。はぁ……」


 レシオが前を歩くエスターに振るとくたびれた答えが返ってきた。能力を使うことによる疲労もあるようだ、とレシオはその声色から分析する。


「トルソンがいそうな場所、他にあったかしら……」

「この町にはいるんだろ? 任せとけって。猫見つけたら、サクッと見つけてやるよ!」


 振り向いたアシュリィが拳を握って笑う。


「でもよ~、その猫が見つからないぞ~」

「いちいち痛いところを突いてくるなよ……」

「あ、あのっ! 皆さん!」


 後方を歩いていたメリエルが、挙手して一同の視線を集めたあと、進行方向の先を指さした。


「あれ、ローズちゃんじゃないですかっ⁉」


 メリエルが示したのは、薄暗い路地への入口。

 そこに、真っ白な毛並みの猫がいた。首には、赤い首輪が巻かれている。


「赤い首輪の白猫……! 間違いない! あいつだ!」


 アシュリィが叫ぶと、その声に驚いたのか、白猫は路地の奥へと消えていった。


「やべっ! 追いかけるぞ!」


 走り出したアシュリィに子どもたちが続く。


「待てぇーっ!」


 ようやく見つけたローズを逃がすまいと、アシュリィは風のように子どもたちを突き放す。


「アシュリィさん足速……! メリエル、無理はするなよ!」

「は、はい!」


 双子はクレイたちから少し遅れて、三叉路の前に立つアシュリィに追いついた。


「くそ、どこ行った! エスターわかるか⁉」

「えっと、えっと……こっち!」


 浮かべた矢が示した右の道に飛び込んだアシュリィと子どもたちは、また別の路地に出た。


「姉ちゃんここだよ! 俺が案内しようとしてたところ!」

「なるほど、よく見りゃ猫がそこかしこにいるじゃねぇか」

「あっ……」


 突如、エスターの矢が消滅した。それを見てアシュリィが目を丸くする。


「エスター? なんで矢を消したんだ?」

「大丈夫! 探してるものが近すぎても、矢は出ないの!」

「なら、ここら辺にいるってことだな! よしお前ら、草の根分けて探すぞ!」

「なんか言い方が野蛮だな~」


 ジェスのぼやきが空に溶け、一行はローズを探し始めた。


「レシオ、いた?」

「こっちにはいない!」

「やりました! 捕まえましたよ!」

「そいつ首輪してね~ぞ~」


 それらしき猫を捕まえては手放し、逃げられては追いかけるレシオたち。


(姉ちゃんに、いいとこ見せるんだ……!)


 が、その中でクレイだけは、少しばかりやる気の漲り方が違っていた。

 クレイにとってアシュリィとの出会いは、身体を芯から揺さぶられるような初めての衝撃だった。

 そばにいるだけで顔が熱くなって、胸が甘く締め付けられる。話していると、たまらなく嬉しい。

 もっと役に立ちたい。もっと笑いかけてほしい。そんな想いが、クレイの心を満たしていた。

 ローズの特徴はわかっている。あとは、見つけるまで自身と視線を動かし続けるだけのこと。


 ――ゆえに。


「え?」


 視界の端に映ったそれを、見逃すことができなかった。


「……トルソン?」


 長く共に生きてきた男の姿が、確かに在った。

 暗い道の奥。こちらには気づいていないのか、ぼんやりと横を向いて立っている。


「トルソン……やっぱりトルソンだ!」


 しかし男は無言のまま、より暗い方へ向かっていく。


「待ってよ! トルソン!」


 その背中を追いかけ、闇の中に飛び込むクレイ。

 予期せぬ再会は、アシュリィたちを呼ぶという判断をクレイから奪っていた。

 多少の距離はあったが、それでも歩いているあちらに走って追いつくのは容易だ。

 ぐんぐんと近く、大きくなっていく背中に、クレイの心は安堵を広げていく。


「トルソン!」


 追い抜き、すぐさま反転。男の正面に立つ。


「今までどこ行ってたんだよ! 帰ってきたなら、まっすぐ家に来いよな!」


 大きな喜びと、ほんの少しの怒りがこもる言葉を、立ち止まった男にぶつける。


「……………」


 しかし、反応がない。こちらには視線を向けず前を見つめたままだ。


「トルソン? 聞いてんのかよ、トルソンってば!」


 表情のない顔を覗き込むと静かに、しかし素早く、灰色の目だけが動いた。


「トル、ソン……ああ、こいつのことか」


 鼓膜を震わせた声に、クレイは思わず後ずさる。

 冷たい、とても冷たい声だった。


「……な、なに、言ってんだよ?」

「なるほど、そうか。お前はこいつの知り合いか」


 何かに納得したように、ぶつぶつと言葉をこぼしていく口が、半月のように吊り上がった。


「こりゃいい。こういうこともあるわけか……!」


 違う。

 こいつはトルソンじゃない。

 本能がそう叫ぶ。

 これほど邪悪に笑う男が、他者を信じることを教えてくれた、あの男のはずがない。


「お前、誰だ? トルソンをどうしたっ⁉」


 言い知れぬ恐怖に震える身体に鞭を打ち、目の前の男を睨みつける。


「――死んだよ」

「え……」

「その名前の人間は死んだ。だから俺がこうしてここにいる」

「ふ、ふざけるな! トルソンが死ぬなんて、そんなこと……!」


 クレイの叫びを、男は冷笑する。


「安心しろ。わかる必要もない」


 ごぼり。

 男の輪郭が、崩れていく。

 否、変わっていく――!


「お前もこいつと、同じになるんだからな……!」


 それの皮膚は、瞬く間に光沢のある黒に染まった。

 両腕はひと回り太くなり、脇腹から同様に太い腕がもう一対生え、膨らんだ黄色い目が顔の大半を占有する。

 人の形をした虫。そう形容するほかない怪物が、クレイの前に現れた。


「じっとしてりゃあ、すぐに終わる」


 言葉とともに、悪魔の身体が動く。

 それと同時に、クレイは声にならない悲鳴を上げ、地面を蹴った。

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