第8話 便利屋の仕事
ジェスが指さしたのは、窓の向こう。荒れた庭に全員の視線が動く。
「にゃあ~お、おーい、どこだ~? にゃああ~ん」
真紅のコートを纏う女が、奇声をあげながら、地面に這いつくばっている。反対側を見ているせいか、こちらに気づいていない。
一瞬理解を拒んだが、レシオは確信した。
「アシュリィさん……!?」
「おいおいマジかよ」
「えっ、うそ、あれが?」
「確かに、兄さんの言っていた特徴と一致しますけど……」
「お~、当たった~」
紅い女――アシュリィの方に駆けていくレシオを、残る四人が追う。
「にゃああ~……ダメだ。猫の気持ちなんざわかるか。私は人間だっつーの」
立ち上がってぼやいたアシュリィは、振り向くと同時に跳び上がった。
「おわっ!? れ、レシオ!? なんでこんなところに!?」
「それはこっちのセリフですよ! 何してるんですか?」
「い、いや、これは便利屋の依頼で……ん?」
説明の途中で気づいたアシュリィの表情は、みるみる華やいだ。
「メリエル! 薬、ちゃんと効いたみたいだな!」
「はいっ。ありがとうございました、アシュリィさん」
メリエルは微笑んで、ぺこりと一礼する。
「すみません。兄さんと同じで、私も以前お会いしたときのことは覚えてなくて……」
「いいってそんなの。気にすんな。ところで」
アシュリィの視線が双子の後ろに動く。
「そっちはお前らの友達か?」
「はい。クレイさんにエスターさん、それとジェスさんです」
「こ、こんちは」
「よろしくね、アシュリィさん」
「よろしく~」
「おう。みんなあいさつできて偉いな。ここはお前らの遊び場なのか?」
廃屋を見上げたアシュリィは、三人の中で最も年長と思しきクレイに話を振った。
「え、あ、遊び場っていうか、えっと、ここに住んでる……」
急にたどたどしくなったクレイに、アシュリィを除く面々はぎょっとする。
「へえ! 家持ちかよ! やるな、クレイ」
「い、いやそんな……」
笑いかけられたクレイは、あいまいな返事をして帽子を目深に被る。まるで顔を隠すように。
「クレイ~、耳が赤いぞ~?」
「わ、本当に真っ赤です」
「あら? あらあら? クレイあなた、もしかしてこういう人が――」
「エスターッ!」
エスターを取り押さえようとしたクレイはひらりと躱され、二人はその場で追いかけっこを始める。
「賑やかだなレシオ、お前らの友達」
「あはは……。って、そんなことより! いったい何してたんですか?」
「まあ、隠すこたねぇか。猫を探してんだ」
「猫~?」
「飼ってた猫が行方不明なんだとよ。で、私に依頼してきたってわけ」
猫はこの町で数少ない癒しとして親しまれている。住まいに勝手に居座る猫の飼い主を名乗る者もおり、子どもたちはそれぞれに依頼人と思しき顔を想起した。
「それでどうして地を這う~?」
「か、飼い主の爺さんに、猫の気持ちになって探すのがコツだって言われてな。忘れてくれ……」
「爺さんか~……。その猫の名前は~?」
アシュリィは虚空に視線を送り、依頼人の老人の言葉を思い出した。
「たしか……ローズ、だったかな。気取った名前だぜ」
「お~、どんぴしゃだな~。エスタ~、出番だぞ~」
クレイと走り回っていたエスターが、ジェスとアシュリィの元に戻る。
「どうしたの、ジェス」
「アシュリィがな~、ローズを探してんだってさ~。お前の力が光るときだぞ~」
一瞬だけきょとんとしたエスターだったが、すぐに力強く頷いた。
「ああ、そういうこと。いいわ、任せて!」
エスターが右の袖を捲り、その下にあったものを見たアシュリィは目を見開いた。
扇状に線が伸びる文様。
人々はそれを、刻印と呼ぶ。
特殊な力――祝福を神から授かった者、聖女の証であった。
「うそだろ……。エスターお前、聖女なのか?」
「ふふん、すごいでしょ。力が出たのは割と最近だけどね。だからお迎えもまだ」
「けどよ、お前が聖女なのと猫探しがどう関係するんだ?」
平静を取り戻したアシュリィに、エスターも得意げに答える。
「とっても役に立つわ! 見てて!」
エスターの刻印から光の矢が浮かぶ。矢は高速で回転した後、矢じりを町に続く道へ向けた。
「これが私の力。私が触ったことのあるものが今どこにあるか、方向を教えてくれるの」
「へえ、すごいもんだ!」
アシュリィは光の矢を見ながら感心した声をあげる。
「こいつの示す方に行けば、その猫がいるのか?」
「ええ。触れたものを探せるのは一週間が限界だけど、ローズを撫でたのは一昨日だから、まだまだ方向もはっきりしてるわ」
エスターは矢を消した右腕を降ろし、腰にあてる。
「ただ、探すものが目に見える位置にあっても、方向を指し続けちゃうの。で、こいつの出番よ!」
ずっと黙っていたクレイをエスターが指さした。
「えっ、お、俺?」
「この矢の先にある猫がいそうな場所、あんたなら知ってるでしょ? ほら前出る!」
エスターはクレイの腕を掴み、アシュリィの前に引っ立てた。
「クレイ、そうなのか?」
「え、あ、えっと……猫が集まる場所なら、何個か知ってるよ……!」
「本当か!? 頼む! 協力してくれ!」
「へ! あ、よっ、喜んで!」
「ぷ……っ! ちょっとちょっとクレイ。舞い上がって話を進めちゃダメでしょ?」
クレイが応じかけたところにエスターが割って入る。
「アシュリィさん、あなたのお仕事を手伝う代わりに、お願いがあるの」
「お願い?」
「私たちも人を探してるの。私たちが世話になってる、トルソンって人なんだけど」
「人探しって……それこそお前の力の見せ所じゃないのか?」
「そうなんだけど、ほら」
一度消えた矢が再び浮かび上がる。だが、矢は停止と回転を繰り返し、方向が定まらない。
「こんな感じなの。矢が止まるってことは町にはいるはずなんだけど、方向がわからないのよ」
レシオたちもエスター自身から彼女の力については聞いていた。効果範囲はエスターの感覚ではあるが、ロックベル全域。しかし、対象が町を出ると効果は届かなくなってしまう。
町を探すと言っていたのはこういうことか、レシオはクレイの言葉の違和感に答えを見出した。
「最後にトルソンに触ったのも五日前で、精度も悪くなってきてるの。だから、私たちは猫探しを手伝う。アシュリィさんはトルソンを探すのを手伝う……っていうのは、どうかしら?」
「取引ってわけか。……面白れぇ。乗ったぜ」
「交渉成立ね。じゃ、クレイよろしく」
エスターが引っ込み、クレイは一同の中で最もアシュリィに近い位置に立った。
「えっ、ちょ、お、おい……!」
「つーわけだ、案内頼むぜクレイ!」
アシュリィの腕が肩に乗り、太陽のような笑顔を間近で見つめる。
「う、うん! 任せてよ、アシュリィの姉ちゃん!」
どぎまぎするクレイにレシオたちは吹き出しそうになったが、どうにか耐えた。
「ふっ、くく……! ちょっと、あんたたち……」
笑いを嚙み殺すエスターが、レシオたちに小声で呼びかける。
「あの二人、なんだか面白そうじゃない……!」
「そうだな、特にクレイが……!」
「お二人とも、人が悪いですよ……ふふっ」
「メリエルもだぞ~……にしし」
クレイの後ろでひそひそと話し合う四人を、彼の頭越しにアシュリィが見下ろす。
「レシオ、お前たちも一緒に来てくれるのか?」
「もちろん。みんなでお手伝いしますよ」
「そいつはありがたい! よぉし、さっそく出発だ!」
こうして、アシュリィの号令のもと、子どもたちによる大捜索が始まった。