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第7話 安息の時

 翌朝。地平線から太陽が昇り始めた頃。


「兄さん。起きてください、兄さん」

「ん……」


 部屋の床で眠っていたレシオは、聞き馴染んだ声に起こされた。


「メリエル……?」


 ぼやけた視界はすぐに定まり、メリエルの姿を映す。


「……メリエルっ⁉」


 飛び起きたレシオはメリエルの両肩に手を乗せた。


「か、身体の具合は? 熱はっ?」

「もうなんともありませんよ」


 レシオの右手をとって、メリエルは自らの頬に触れさせる。優しい温もりが伝わってきた。


「ね?」

「じゃ、じゃあ……!」

「はいっ。すっかり元気になりました!」


 笑顔を咲かせるメリエルを、レシオは力いっぱい抱きしめた。


「わっ、に、兄さん?」

「よかった……! メリエル……本当に……っ!」


 メリエルもレシオの背に手を回す。


「心配をかけて、すみませんでした」

「いい。いいよ。メリエルが元気になってくれたなら、それで……!」

「……ただ、少し気になることがあって」

「気になること?」


 抱擁を終えて、二人はわずかに離れた顔を見つめ合う。


「不思議な夢を見たんです。紅い髪の女の人が目の前に現れて、お薬を飲ませてくれて……」


 記憶をなぞるメリエルを見て、レシオは快復を改めて確信する。


「夢じゃないよ」


 町が目覚めていくなか、レシオはメリエルに語った。


「夢じゃないけど、夢みたいなことが起きたんだ」


 今この瞬間を作ってくれた、紅い髪の便利屋の存在を。



◆◆◆



「……ってことがあったんだ」


 ロックベル郊外。

 かつては立派な屋敷だったことがうかがえる廃墟の広間に、レシオの声が吸い込まれた。


「ふぅん。お前の母ちゃんの知り合いが、酒場の店員に化けてた悪魔を追っ払って、ついでに薬をね」


 廃墟の暫定的な主であるクレイは、傷んだ絨毯の上でレシオが持参した干し肉を嚙み千切る。


「ホラ話にしちゃ出来が悪いな」

「嘘じゃない。っていうか、こんな嘘つく理由ないだろ」

「そうですよクレイさん!」


 レシオの隣に座るメリエルが加勢した。


「私も最初に聞いたときは驚きましたけど、兄さんは私に嘘はつきません!」


 クレイに反論する気など毛頭なく、「わかってるよ」と首を縦に振る。


「元気なお前が何よりの証拠だろ。俺が売った薬がダメにされたのはムカつくけどよ」

「ほんと、元気になってくれて何よりだわ」


 革の破れた一人用のソファから、橙の髪をサイドテールに結った青い瞳の少女が軽やかに立ち上がる。


「クレイから聞いたときは心配したんだから。それこそ仕事も手に着かなくなるくらいに」


 メリエルを抱き寄せた少女――エスターに向けて、クレイが三白眼を作った。


「エスター、お前はこないだ雑貨屋クビになったばっかだろ。絶賛無職だろ」

「だから家事を頑張ってんでしょーが。ともかくメリエル、無理しちゃダメよ」

「ありがとうございます、エスターさん。兄さんにも、同じことを言われました」

「ここ、ただでさえ男所帯だし。華は多い方がいいものね」

「は、華だなんて……! 恥ずかしいです……」


 そんな二人、というよりもエスターをクレイが冷笑する。


「なにが華だよ。そういうのはもっと立派になってから言えって。なあ、レシオ」

「いや、華だろ。メリエルだぞ」

「目が怖い⁉」

「しれっとメリエルだけ華認定したわね、このバカ兄貴」

「ん~、騒がしいな~」


 部屋の端、木箱と毛布で作った簡易なベッドから、小柄な黒髪の少年が起き上がった。


「あ、ジェス。ごめん、起こしちゃったか。実は――」

「聞いてたぞ~。レシオが悪魔を追い払って~、傷だらけの女が薬で元気になったんだろ~」

「全然違う!」

「私が消えちゃいましたが⁉」

「ヘヘ~、冗談冗談~」


 そのまま輪に加わるジェス。彼はまだ幼く就ける仕事はないが、弟分として可愛がられている。


「けどよ~、店の方はいいのか~? 今は誰もいないんだろ~?」

「まあ、金目のものは隠したし、表の扉も中から塞いできたから、大丈夫だと思う」

「バンゾさんが戻らないことには、お店もどうするか考えないといけませんけどね」

「う~ん、なんかトルソンみたいだな~」


 ジェスが口にしたのは、この廃墟を住処にクレイたちと生活する男の名前だった。

 町の住人の大半とは違う、子どもに優しい大人。レシオとメリエルも面識があり、塩と胡椒のような色合いの髪と親しみの宿る眼差し、そして大きな笑い声をよく覚えている。


「ちょっとジェス、トルソンをあんなやつと一緒にしないでよ」


 メリエルに抱きついたまま、エスターが言い放った。


「トルソンは一人で逃げるような人じゃないわ」

「確かにトルソンなら、悪魔から逃げるにしても自分だけ逃げたりはしないな」


 クレイがエスターに同調し、ジェスは「それもそうだな~」と間延びした相槌を打つ。

 レシオはふと、ここに来てからそのトルソンの姿を見ていないことを思い出した。


「トルソンさん、まだ戻ってないのか?」


 問いかけると、クレイは首を横に振った。


「遠出するとは言ってたけど、五日もどこに行ってんだかなぁ」

「いつも2、3日で帰ってきてたし。レシオの言う通り悪魔が出たってなると、心配だわ」


 トルソンを案じるクレイとエスターに、レシオは嫌な胸騒ぎを覚えてしまう。


「今度はクレイたちのところか……」

「だから俺たち、今日は町でトルソンを探すことにしたんだ」

「探す? 《エスターにもわからないのに》?」

「それが、ちょっとややこしいことになっててよ。町にはいるらしいんだよ」


 いまいち要領を得ない言葉に、レシオは首を捻る。


「兄さん、私たちも手伝いましょう!」


 メリエルが隻眼を輝かせ、案を投げてきた。


「クレイさんは私のためにお薬を融通してくれたんですよね? なら、その恩返しをしたいです!」

「俺も同じ気持ちだけどさ……。お前は病み上がりじゃないか」

「大丈夫です! アシュリィさんのくださったお薬のおかげで、元気いっぱいですから!」


 むんっ、と両手を顔のあたりで握ったメリエルの姿に、レシオもそれ以上反論する気はなかった。


「クレイ、メリエルがやる気満々だ。手伝っていいか?」

「断る理由なんかあるかよ。人手は多い方がいいからな」

「はいはい! 私、いいこと考えた!」


 注目を集めたエスターは、弾む声を重ねる。


「そのアシュリィさんにも、トルソンを探してもらうのよ!」


 予想外の提案に、レシオは目を丸くした。


「い、いきなり何言いだすんだよ」

「便利屋さんでしょ? ぴったりじゃない。それに興味あるわ。悪魔から逃げずに立ち向かうなんて。私、会ってみたい」


 しかし、レシオは首を捻りながら唸るほかなかった。


「って言われてもさ、アシュリィさんがまだこの町にいるとは限らないんだぞ」

「レシオの言う通りだ。探すのはトルソン。まずはそっちに集中した方がいい」


 レシオとクレイの指摘に、エスターが口を尖らせた。


「ぶー、いい考えだと思ったのに……。いいもん。アシュリィさんを見つけても、アンタたちには教えてあーげないっ」

「エスターさんもアシュリィさんのお顔を知らないのでは?」

「見た目がわかってれば平気よ! 真っ赤な髪と服、あと全身の傷、でしょ? 手がかりは充分――」

「なあなあ~」


 窓際に移動したジェスの呼びかけがエスターを遮る。


「なによジェス?」

「その人ってさ~、あんな感じか~?」

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