最近転校してきた美少女が授業中にずっと話しかけてくる
――俺の通う魔法学園に、転校生が来た。
しかも、それはとびっきりの美少女だった。
そうなると、当然、学園の男子たちは大盛りあがり。忽ち、学園内は彼女の話題で埋め尽くされた。
ヘイル・ガーランドにとっても、話題に飢えていた魔法学園が、彼女によって活気づくのは見ていて楽しい。
そう、楽しいはずなのだが……。
「じー……」
「……」
「じー……!」
「……」
「じー……!!」
ヘイルは、その"視線"に耐えきれなくなって、授業中にもかかわらず、思わず彼女に声をかけてしまう。
「あ、あの……。俺に何か……?」
隣の席に座る件の転校生――メイナに顔を向ける。
美しい麦色の長い髪を赤いリボンでハーフアップにしていて、顔立ちも完璧な比率で整っている。
それらの要素が重なって、メイナはとても上品な雰囲気を漂わせる、いわゆる絶世美人と呼べる存在だった。
すると――。
「やっと話しかけてくれたね、ヘイル君」
「じゅ、授業中だぞ……」
そう注意するが、メイナはニッコリと笑うだけだった。
「ふふ、授業中に男女二人だけで会話って、何かドキドキするね」
「俺は、先生にバレないかドキドキしてるよ……」
一応、ヘイルは学園内では"真面目な優等生"で通っている。
そのため、授業中に、しかも女子と会話していると知られれば、築いてきた真面目なイメージが崩壊してしまう。
仮にも、俺は真面目だけで勝負している面白味のない人間なのに……。
そう思っていると――。
「ヘイル君って、彼女とかいるの?」
「なっ……。いるわけねぇだろ……」
「じゃあ、彼氏?」
「何でそっち方面に行くんだよ……!?」
「ふふっ。ヘイル君の反応、面白い……! じゃあ、今、彼女はいないんだね……」
「ああ、いねぇよ。むしろ、事務的なことを除けば、メイナさんが今年初めて会話した女子だよ……」
――自分で言ってて悲しくなってくるなー、チクショー!
そんな自分の魅力の無さを嘆いていると、メイナが急に頬を赤く染める。
「何か、嬉しいな、それ……」
「う、嬉しい?」
こっちは自分の魅力の無さに一喜一憂するほどの俗物なのに、そんな自分と会話できて嬉しい……とでも言うつもりなのか?
「私もさ……。転校する前は女子校で、その……。先生を除けば、男の人と会話したことが無くてさ……」
「そ、そうだったのか……」
「だから、ヘイル君と会話できて、私、すごく楽しいの。えへへ!」
そう言って、満面の笑顔を見せてくるメイナ。
か、可愛い……。思わずそう口にしてしまいそうになる……。
「そ、それなら――」
ヘイルがそこまで言ったところで――。
「こら! ヘイル・ガーランド! 授業中に余所見するんじゃない!」
「す、すみません……!」
ああ、ついに先生にバレてしまった……。
これまで築き上げてきた真面目なイメージが、早くも崩れ落ちてしまったのか……。これから、何を取り柄にして学生生活を送ればいいのだろうか――。
「ヘイル君……」
ただ、まあ、メイナさんが注意されなかったのが不幸中の幸いか……。
注意されたことにより、教室中の非難の視線を集めたヘイル。これで、次の成績表を見るのが怖くなったな。
そう思っていると――。
「先生! ヘイル君と会話していたのは、主に私です! 彼を注意するなら、私も注意してください!」
「め、メイナさん……!?」
メイナはあろうことか、せっかく先生の注意から逃れられたというのに、席を立って先生に深く頭を下げたのだ。
そんなことをすれば、自分の成績だって危うくなるのに、彼女は――。
「メイナさんも、転校して間もないからテンションが上がるのは分かるけど、授業は真面目に聞きなさい」
「はい! 申し訳ございませんでした……!」
彼女は、再び深く頭を下げると、落ち着いた様子で席に着いた。
こういうことには、慣れているのだろうか……。
すると、メイナは――。
「ふふふ、私たち、二人で怒られちゃったね♡」
「当たり前だ……。だから、授業中だぞって言ったのに」
「……授業が終わったら、また会話してくれる?」
何か、今日のメイナさんは積極的だな……。
メイナの質問に、ヘイルは――。
「だが断る」
「えー、何でよー?」
「だって、メイナさんと会話してたら、何か殺意を感じるんだよ。……主に男子から」
「そんなの気にしなくていいよー。だから、また二人で会話しようよー」
「駄目だ。……せめて、男子たちに見られないよう、二人きりになれる場所なら構わんが」
そう口にすると、メイナは目を輝かせた。
「ふ、二人きりに、なれる場所……!?」
何だろう……。今、メイナさんが、ものすごく邪な考えを浮かべた気がするのだが……。
そう思っていると――。
「こら! そこの二人! 真面目に授業を受ける気がないなら、廊下に立っていなさい!」
「「は、はい……!」」
再び、先生に注意されるのだった。
――――――
「……というわけで、早速二人きりになれたね!」
「あ、ああ……」
望まない形だがな……。
授業が終わるまで、廊下に二人きりで立たされるのか……。これ、よく考えたら結構しんどいよな……。
そう思っていると――。
「おっと、足が滑ったー」
「なっ……!」
わざとらしい言い方と仕草で、こちらに体を寄せてくるメイナ。
すると、彼女は顔を赤く染めて、甘えてくる子猫のように目を細めるのだった。
「んー、ヘイル君が受け止めてくれたから、助かったよ」
「明らかにわざとだろ……」
「わざとじゃないもん! 体が勝手に、ヘイル君に吸い寄せられただけだもん」
「俺はブラックホールかよ……」
「ブラックヘイル……。何か、中二病マシマシでダサいね!」
「人の名前で遊ぶな!」
ヘイルがツッコミを入れると、メイナは「あはははは!」と楽しそうに笑った。
今思えば、メイナさんが楽しそうに笑うのって、俺と会話しているときくらいしか見たことないよな……。
まだ彼女が転校してから、そんなに日にちが経っていないので、決めつけにもほどがあるだろうが、ヘイルにはそう思えたのだ。
メイナさんは人気者で、休み時間になると(主に男子たちから)声をかけられ放題なので、よく他人と会話をする場面は見かける。
しかし、それでも……。心の底から楽しそうに笑ってくれる彼女の姿は、少なくとも自分と会話しているときしか見せない。
――まさか、な。
そんなわけないと思考を中断し、体を寄せてくるメイナへと顔を向ける。
すると――。
「……ねえ、覚えてる?」
「え……?」
唐突に、彼女が質問をしてくる。
その質問の内容が、あまりにも要領を得ないものだったので、ヘイルは困惑してしまう。
すると、メイナは――。
「実は私たち、一度会ってるんだよ……?」
彼女にそう言われたことにより、疑問がさらに深くなってしまう。
「え、えっと……。どこかで会ったっけ……?」
そう答えると、彼女は少し拗ねた顔をしてしまう。
「やっぱり、覚えてないんだね……」
「覚えてないって……。急にそんなことを言われても、俺は――」
「この子、迷子なので助けてください! 僕も一緒に親を探しますから! ……これで、分かるかな?」
「……!?」
そのセリフを聞いて、ヘイルの脳裏に一つの記憶が蘇る――。
――――――
数年前――。
確か、昔、家族と一緒に博物館へ行ったことがある。
そのときに、一人の少女が迷子になっていたのだ。
『うう……。おかあさん……。おとうさん……」
その女の子は、博物館の隅でずっと泣いていた。
それを見かねたヘイルは、絵画を観るのをそっちのけで、その女の子のもとへ駆けつける。
『だ、だいじょうぶ……?』
そう優しく声をかけると、女の子は――。
『うう、うわーん!!』
ついに耐えきれなくなったのか、ヘイルが声をかけた瞬間に号泣してしまった。
完全にこの子は迷子だ……。そうなると、これは一大事だな……。幼いながらも、今の状況に危機感を感じたヘイル。
すると、ヘイルは迷うことなく、その女の子の手を取って――。
『だいじょうぶだよ! ボクが"かかりいん"の人へ、おとーさんとおかーさんをさがすように、伝えてあげるから!』
優しく伝えてあげると、その女の子はピタッと泣き止んだ。
そして――。
『ヘイル・ガーランド君か……。うちの大切な娘を見つけてくれて、本当にありがとう……!』
『私からもお礼を言わせてください……! 本当に、ありがとうございました……!』
博物館の係員へ女の子が迷子だと伝えると、ほどなくして無事に彼女の親は見つかった。
人に褒められるのに慣れていないので、ヘイルは顔を真っ赤にしながら『ど、どういたしまして……』とぎこちなく返した。
それが、ヘイルとメイナの出会いだった――。
――――――
「思い出してくれた、かな……?」
「そ、そうか……。あのとき、博物館で迷子になっていた女の子、メイナさんだったんだな……」
そう口にすると、メイナはすごく嬉しそうな表情で、両腕を広げて飛びついてきた。
「ちょ、いきなり抱きつくなよ……!?」
「やっと……。やっと、思い出してくれたね、ヘイル君……!」
「思い出したから、と、とりあえず離れてくれないか……!?」
ヘイルがそう言うが――。
「嫌だー! もう離さないもん!」
「嫌だって言われても……」
「だって……。ずっと前からヘイル君のこと探してて、やっとこの学園に通ってるって知人から聞いたの……。だから、早くヘイル君に会いたくて、転校までして会いに来たのに……」
「そ、そこまで俺のことを……」
彼女の決意というか……。良い意味での執念深さは脱帽の言葉に尽きる。
それを理解した瞬間、ヘイルの心の中で何かがハジけた。
するとメイナは――。
「学校終わったら、その……」
そこまで言うと、彼女は言葉に詰まってしまった。
「その?」
ヘイルが訊き返すと、彼女は――。
「私と――デートしてくれないかな?」
これ以上無いくらい顔を真っ赤にしながら、思い切ったことを告げるのだった。
そんな彼女に、ヘイルは――。
「も、もちろん、いいぞ……」
ヘイルもまた、これ以上無いくらい顔を真っ赤にしながら、思い切った返事をするのだった。
「い、いいの……!?」
「も、もちろんだ……」
そう答えると、メイナはさらに抱きつく腕に力を込めるのだった。
「よ、良かったー……! 断られたら、もうどうしようかと思ってたよ……」
彼女がそう言ったタイミングで、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った――。
――――――
「ねえ、ヘイル君?」
「今は授業中だぞ……?」
もう何度目か分からないこのやり取りも、続けていれば慣れる……と思っていたが、全く慣れる気配が無かった。
「この授業が終わったら、今日の学校は終わりだね♡」
「そ、そうだな……」
「ふふ、デート楽しみだなー」
「だから、授業中だって……」
「どこに行く?」
「うーん……。まだ決めてないな……」
ヘイルが悩んでいると、メイナは何かを良い案を思いついたのか、クスクスと笑い出した。
「な、何で笑うんだよ……?」
そう訊くと、メイナは――。
「じゃあ、私たちが初めて出会った、あの博物館に行かない?」
「……良いな、それ」
記念すべき初デートの場所が、二人の出会ったキッカケを作った博物館か……。
メイナにしては、なかなかロマンチックな提案だと思ってしまった。
すると――。
「こら! そこの二人!! 真面目に授業を受けないなら、廊下に立ってなさい!!」
「「は、はい……!」」
こうして、何度目か分からない先生の注意が飛び、再び廊下にメイナと二人きりで立たされるのだった。
「また怒られちゃったね。……それも、二人で♡」
「笑い事じゃねえよ……。もう俺、成績表見るのが怖いんだよ……」
そう口にすると、メイナは何が面白いのか「あはははは!」と楽しそうに笑った。
「あー、退学になったらどうしよう……」
そう情けなく呟くと、急にメイナがこちらの手をギュっと握ってくる。
彼女の体温が両手から伝わってきて、ヘイルは思わずドキリとしてしまう。
すると――。
「大丈夫。ヘイル君が退学になったら、私も退学するからね」
「それ、大惨事だろ……」
メイナは、それでも優しく笑っている。
「ふふっ。ヘイル君が人生に迷っていたら、今度は私が案内してあげるの――」
彼女はそこまで言うと、話を一区切りする。
そして――。
「だから、迷子になっても、安心してね? ヘイル君♡」
「……!?」
ウィンクをしながら、そう伝えてくるメイナに、ヘイルは思わずドキリとしてしまった。
すると、それを察したのか、メイナは――。
「ふふふ! 照れちゃって可愛いなー!」
「て、照れてないって……!」
これまで会えなかった鬱憤を晴らすかのように、彼女は楽しそうに茶化してくるのだった。
そして――。
「じゃあ、もう授業終わるの待ち切れないし、早く博物館行っちゃおう!」
「え、ちょ、待てって……!」
メイナは、強引にこちらの手を引いて、学園の外まで出ようとする。
――まだ授業中なのにな。
「えへへへ! 何か授業中なのに、男女二人で学園を抜け出すってドキドキするね!」
「俺は退学にならないかドキドキしてるよ……」
「あはははは!!」
これから成績表を見る度に頭が痛くなるだろうが、そんなことはどうでもよく感じるようになっていた。
――だって、お互いに迷子にならないように、道を教え合える大切な存在と、出会ったから。