第7話 浮上のカギはみそ汁にあり
店を開くのに必要な資格を取得し、バクさんに指導してもらいながらしばらく試行錯誤したのち、数か月かけて新生「寿寿亭」はオープンした。
内装はおばあちゃんがいたころと変えていない。かなり古ぼけてはいるが、今は逆にこういうのが受けるかなという打算もあったりする。ただし、メニューは少しいじらせてもらった。というのも、どう頑張っても、いきなりおばあちゃんのようには回すことができなかったからだ。
自分が未熟なのが悪いのだが、メニューを減らすことで何とか対処した。新しいメニューは以下の通り。
生姜焼き定食
ハンバーグ定食
コロッケ定食
唐揚げ定食
もつ煮定食
カレーライス
煮魚定食
焼き魚定食
正直これだけでもてんてこ舞いである。おばあちゃんはこの他にも、トンカツやオムライスを作っていたのだから頭が下がる。実際に体験してみないとこの大変さは分からない。
「なあに。お千代さんだって始めからうまくいってたわけじゃない。肩の力を抜いていけ」
カゲロウはこう言ってくれたけど、いざとなると気が重くなってしまう。自信があるのかないのか自分でも分からなくなるが、無情にも時は流れ、開店初日となった。バクさんもポン太も準備万端である。
「初日だからみんな様子見で、いきなり押し寄せては来ないんじゃないかあ?」
間延びした声でバクさんがそう言った通り、やはりおばあちゃんがやっていた頃の客足が簡単に戻って来ることはなかった。
それでも、馴染みのお客さんの中には様子を見に来てくれる人もいたからゼロではない。むしろ慣れないうちはこれくらいの忙しさでちょうどいいかもしれない。
ご飯と味噌汁、お漬物の小皿は二人が用意してくれる。私はメインの調理だけすればいい。カレーライスやもつ煮はあらかじめ用意しているので温めればいいだけである。数をこなすうちだんだんコツが分かって来た。
「この店ももうおしまいかと思ったら、お孫さんが跡を継いでくれたのか。よかったよかった」
そう声をかけてくれたお客さんもいた。近所の常連らしき人も顔を出して挨拶してくれる。あちらは私をおばあちゃんの代わりだと思って気さくに話してくるが、こちらは初対面なので少々戸惑う。
普通の代替わりと違って、私はおばあちゃんの元で修業をしたわけではないから、技術継承ができず一旦断絶しているのだ。それでも、こうして足を運んでくれることに感謝した。
しばらく店を開けていれば、常連さんの口コミで客足もすぐに元に戻るだろう。だから、最初のうちはそんなに慌てなくていい。そう思っていた。
しかし、こちらが仕事に慣れて来て、もう少し客の数を増やしても大丈夫と思うようになっても、お客さんが増えることはなかった。
「何が悪いのかなあ? やっぱり、おばあちゃんの味のようにはならないからそれでみんながっかりしちゃったのかなあ? 気を使わなくていいからお客さんの本音が聞きたいんだけど」
この時私は、カゲロウを頼ることにした。全く、このカゲロウと来たら、カウンター席の端っこでいつもお酒をちびちび飲んでいるだけなんだから、どこが用心棒なのだろうか。
「ねえ、あなたの力でここに来たお客さんの本音を何とか聞き出せないかしら? 昼行燈に見えて、実は人ならざる力を持っていると聞いたわよ?」
「昼行燈とは何事じゃ! わしの神聖な力をそんなくだらんものに使おうなんてけしからん人間じゃ!」
「くだらなくなんかないわよ。お客様の声を真摯に聞いて、サービス向上を目指す真面目な取り組みよ。あなた福の神なんでしょ。だったらお酒飲んでばかりいないで、ためになることをしてよ」
カゲロウはぐぬぬと言葉に詰まった様子だ。しめしめ、これで話を聞いてくれるだろうか。
「仕方ないの。まあ人使いが荒いのは遺伝か。お千代さんもそういうところあったからのう。ああ、全く、世も末じゃ」
カゲロウは、なおもブツブツ言っていたものの、最終的には私のお願いを聞いてくれた。具体的にどのような術をかけたかは分からないが、お皿を下げる時にポン太がお客さんにインタビューしたら、ぺらぺら喋ってくれたそうだ。
「ましろ、一通り聞いて来たぞ。みんな大体似たようなことを言ってた」
閉店時間になり、のれんを引っ込めた後でポン太が報告に来てくれた。
「お主が仕込む料理はまあまあなんじゃが、味噌汁がちと物足りないらしい」
「味噌汁? メインの料理じゃなくて?」
意外な回答に、私は目をまん丸にして驚いた。
「ああ、千代ちゃんの頃は、味噌汁一つにも手を抜かなかった。家で丁寧に作った味噌汁の味がしたが、今では、単なる付け合わせの一つという感じがしてしまうと。箸休めだからといって手を抜かないで欲しいと言っとった」
しばらくの間、私は口をぽかんと開けたまま立ち尽くした。
「確かに、メインばかり気を配って、お味噌汁はとりあえず用意すればいいやという気持ちでいたかも。でも、お客さんがそっちに注意を払っていたなんて知らなかった」
「確かに、明らかにインスタントを使ってる店も少なくないからな。味噌汁みたいな脇役にも配慮が行き届いていると『この店分かってるな』という指標になるよな」
バクさんが、顎に手を当てながら通らしいことを言う。
「ましろ、今まで味噌汁はどうやって作って来たんじゃ?」
「その……顆粒だしで楽しちゃってました。具材もそんなに気使わなかったかも」
私が舌を出しながら言うと、みなえっという反応をした。
「そりゃあ、家で作る味噌汁ならいいけど、お金を払ってくれたお客さんに提供するからには、自宅とはちょっと違う味の方がいいんじゃなかろうか? きっとそういうところを見られてるんだと思うがの」
「うう……正論すぎてぐうの音も出ません」
私はがっくりと首を垂れた。そこで、今度は味噌汁の改革に取り組むことにした。
まず出汁だ。顆粒だしは便利でいいのだが、ここはかつお節と昆布でだしを取ることから始めることにした。
「かつお節は一番だしと二番だしがあって……昆布は、ぐらぐら煮立てちゃいけないのよね?」
「いきなり本格的にやらんでも、今はだしパックという便利グッズがあるじゃろ? それを使ってもええんでないか?」
「そうだよ。みんな一手間が欲しいんであって、二手間、三手間を求めてるわけじゃない。味噌汁は具材からも旨味が出る。野菜のだしと魚介のだしと味噌がうまく絡めばいいんだ」
バクさんは、おばあちゃんの傍らでずっと働いて来たせいか、詳しく教えてくれる。きっとおばあちゃんがここにいたら、同じことを言ったかもしれないと私は頭の片隅で考えた。
「具材は野菜の余り物なんかも使ってたぞ。一つ一つはちょっとした量だけど、何種類か交ぜると、客は具沢山だと言って喜ぶんだと」
「なるほど。生活の知恵ね」
余った野菜として、大根の葉があったことを思い出した。あと、キャベツの芯も細く切れば使えるかもしれない。それに油あげなんてどうだろう? こうして改良した味噌汁第一弾ができた。
「うん! うまい! 前のより格段にうまい! だしが効いているから満足度が違う! 複数の具材が入っていて味にも深みが出ておる!」
ポン太が口をもぐもぐさせながらいの一番に発言する。次にバクさんが評論家めいた口調で続いた。
「キャベツの芯が自然な甘みがあっていい仕事してるな。大根の葉のシャキシャキした食感と油あげの柔らかい食感のバランスも取れている。メインを張るほどの存在感はなくても助演男優賞は確実だ。これなら客も満足してくれるだろう」
カゲロウは、最後の一滴まで飲み干してから口を開いた。
「やはり手間をかけただけあって、身体にしみいる味じゃのう。これならお千代さんのと遜色ない。ましろ、自信を持っていいぞ」
みなからお墨付きをもらって私は満足した。少し手間はかかるが、仕事に慣れてきて、他の部分に費やす労力が減らせれば、そう苦にはならないだろう。わがままを言ってお客さんの声を聞いておいてよかった。
「ましろは向上心があるのう。さすがお千代さんの孫じゃ」
先ほど文句を言っていたカゲロウもわたしのことを認めてくれた。こちらこそ協力してくれてありがとうとお礼を言った。
「これでお客さんが増えてくれればいいんだけど……そう簡単にはいかないかな?」
「まあなあ。でもやれることを一つずつやっていくしかないよなあ」
「まあ、時間が解決することもあるし」
課題は味噌汁だけではない。私は、もう一つのサイドメニューに目を付けた。
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