第6話 役者は揃った、あとは前進するのみ
さて、私たちは元の世界に戻ってから、一階の居間に集まった。独りぼっちだったのが三人と一匹になり、にわかに賑やかな雰囲気になった。
「まだひと月しか経ってないのに随分久しぶりな心持ちがする。千代ちゃんがもうこの世にいないなんて不思議でならない」
バクさんはぐるりと居間を眺めまわしながら、感慨深げに言った。この人(人?)は、私が知らない最晩年のおばあちゃんを知っているのだ。そう考えると、何だか複雑な心境になる。
「おばあちゃんはバクさんと一緒にお店を切り盛りしてたのよね?」
「そうだ。千代ちゃんは調理場を取り仕切っていて、俺は注文聞いたり補助に回ったり。下ごしらえも一緒にやった。一通りのことはできるから何でも聞いてくれ」
こんな美形のイケメンと仕事ができるなら天にも昇る気持ちである。そんな浮ついた心を頑張って抑えようとしたが、なかなか難しい。どうしてもニマニマとした笑みが漏れてしまう。
「ましろ、真剣にやれよ。わしらも手伝ってやるからな」
「えー? 『わしら』ってことはカゲロウもそこに入ってるの? 一体何ができるって言うのよ?」
「おうおう、言ってくれるじゃねえか。わしはその……用心棒だ。そこのカウンターで一杯ひっかけながらよからぬ連中が入って来るのを監視してやるよ」
なんだそれは。ただお酒を飲んでいるだけじゃない。私はやれやれとため息をついた。
「まー、影郎の奴は確かにしょうもないが、よからぬ連中が茶々入れに来るのは用心した方がいいぞ。なんせ、代替わりしたばかりだからな、隙ありと見て再びこの地を狙うあやかしが現れるかもしれない」
「こないだもそんなこと言ってたけど、どうしてこの土地が呪われているの?」
「それはな、地鎮祭ってあるじゃろ? あれは、地中におわす神様を鎮める意味があるんじゃ。お天道様が当たってた地面を建物で覆ってしまうわけだから、神様にとっては迷惑なことこの上ない。きちんとお祈りすれば大抵の神様は納得してくれる。だが、どういうわけか、ここの神様は少々荒くれらしくてのう。地面の上に住む人間どもに災いを起こすんじゃ。それを聞いた他の魑魅魍魎どもが面白がって茶々を入れに来る。まあそんなとこかな」
「なあなあ! オラはそこの飲んだくれと違って働き者だぞ! どんな人型にも化けられるし、何ならバクちゃんみたいな『いけめん』にもなれる! オラ給仕の仕事がしたい!」
「ありがとう。助かるわ。でも……あなた名前ないの? みんな『狐』としか呼んでないけど、おばあちゃんには何て呼ばれてたの?」
「そういや……千代ちゃんは『コンコン』とか『狐ちゃん』とかその時の気分で変えてたな。オラ決まった名前がないんだ。他のみんなには狐としか呼ばれてない。不便だったら名前決めてくれていいよ」
何と。名前がまだないなんてことあるのか。かなり長生きしているみたいなのに、今までどうやって過ごしてきたのだろう。急に名前を考えろと言われても困ってしまうのだが……
「狐の子供だから『ごん』というのはどうじゃ?」
「ちょっと! 子供の頃のトラウマがよみがえるからそれはやめて!」
何も知らないカゲロウの提案を、私は思わずはねつけてしまった。うまく説明できないが、そのネーミングはなんか不吉な予感がする。
「そうねえ……人間から狐に戻る時ポンと音がしたじゃない? それに因んで『ポン太』というのはどう?」
「こやつは狐であって、狸ではないぞ! 狐は神の使い、狸のような山里に巣くう獣とは比べ物にならん!」
カゲロウが反論したが『ごん』よりは平和そうである。ポン太は目をキラキラ輝かせて喜んだ。
「ましろは目の付け所が違うなあ! 変身するときの音、密かに気に入っていたんだ。ポン太、いい響きじゃ。気に入った!」
そういうわけで、無事ポン太に決定した。カゲロウはまだブツブツ文句を言っているが、本人が気に入れば何のことはない。
「名前も無事に決まったことだし、次は何に化けるかだ。ましろはどんなのがいい?」
「ましろは『いけめん』が好きみたいだから、お前もバクちゃんのように色素の薄い顎のとがった男になれば、ここは『いけめんパラダイス』になるぞ」
「ちょっと待ったあ。どさくさに紛れてあなたまでイケメンの一人にカウントしてない?」
私はカゲロウの戯言を聞き逃さなかった。自称福の神の貧乏神コスプレが何を言うか。
「あれー? 違うか? これでもわし、おなごには結構モテるんじゃがの。『せくしぃ』なんて言葉もかけられたことある。あれじゃろ? 色気があるってことじゃろ?」
「ダウトダウトダウトダウト! とにかく、イケメン枠は一人いれば十分よ。ポン太はね、そうね、かわいい枠がいいわ。男の子でも女の子でもいいからかわいい子」
「かわいこちゃんなら任しとき! オラの得意分野じゃ! ほれ!」
ポン太にふさわしいポンという破裂音が響き、気づくと可愛らしい十代後半くらいの女の子が座っていた。最初に見た昭和の小学生がそのまま大きくなった感じ。やっぱり昭和レトロ? なボブカットで八重歯がチャームポイントに見える。やっぱりちょっとずれているが、今は一周回ってこういうのがおしゃれとされているのかも、メイクも目の周りをパンダみたいに黒くしてる辺り、やはりレトロ。令和の人間には化けられないのかしら。でもまあいいか。これはこれでモダンで格好いい。ちょっとコケティッシュにも見える。
「いいよ、ポンちゃん! かわいくて素敵! これならうちにバイトに来た昭和レトロ好きのサブカル女子で通じるよ!」
「やったー! 一発で合格じゃー!」
おしゃれな女の子は「~じゃ」とは言わないけどね。そこはおいおい直してもらおう。
とにかく、これでスタッフも揃ったし、再び店を開け——。
まだ早かった。
肝心なことを忘れていた。いくら管理栄養士の免許を持っていても、いきなり定食屋を開けるほどの腕前はないのであった。それに調理師免許の資格も取らなくてはならない。
「どうしよう! 私おばあちゃんのように作れないよ? 無理に作っても味が変わったとか言われてお客さんが逃げちゃうよ!」
「ましろだって千代ちゃんの味知っているだろ?」
「昔ここに来た時ご馳走になったけど、遠い過去のことだし、それに食べたことがあっても同じ味を再現するなんて無理! こないだはネットのレシピを見て見様見真似でいなりずし作ったけど……」
「あれうまかったぞ。千代ちゃんのとはまた違うけど、あれはあれでよかった」
「少しでも違ったら駄目なのよ。お客さんは同じ味を求めにやって来るの。そこで『代替わりしたらまずくなった』なんて言われてみなよ? あっという間に閑古鳥が鳴いちゃうよ」
ポン太が色々慰めてくれるが、世間の風はそんなに温かくない現実を私は知っていた。飲食店をオープンするも鳴かず飛ばずでうまくいかなかった話を聞いたことがある。いくらあやかしが福の神だと言っても、どうしても不安がぬぐえなかった。
「それなら、いっそのこと、ましろがやりやすいようにメニューを変えるのはどうだ? それなら客も最初から千代ちゃんの味を期待せずに済むだろう。会社勤めしていた時、何食ってた?」
「ええと……オフィスが入ってるビルの近くにキッチンカーが停まってて、そこのガパオライスが好きだったな」
「ガパオライス!? なんじゃそれ?」
みんな目をまん丸にして驚く。そこまでびっくりしなくてもいいじゃない。
「うーん……庶民的な商店街だし、さすがにガパオライスはないかな。ごめん、前言撤回」
バクちゃんはあっさり自説を手放した。確かにこの昭和感あふれる食堂とガパオライスはミスマッチだ。
「やっぱり地道に練習するしかないわね。いくら利益が出るようにあなたたちが保証してようが、やっぱりお客さんにはおいしいもの食べて欲しいもの。おばあちゃんの境地に達するのは大変だろうけど、できるだけやってみる」
「そうこなくっちゃ! ましろなら大丈夫だよ!」
ポン太が威勢よく叫ぶその横で、私はフフンと笑った。ただ虚勢を張っただけだが、こうでもしないとやってられない。この際、大船に乗ったつもりでチャレンジしてみよう。
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