第4話 初めてのいなりずし
「のう~、ましろ気絶したではないか。急に正体を現す馬鹿がいるか」
「それは違う。おぬしを見て出たーと言っただろう。あれはおぬしにビビったんじゃ」
「わしは何もしとらん。どこかの食い地張ってる狐とは違う」
「それは何ぞ。しかし、ましろはすっかり忘れてしまったんだの。オラを見てひっくり返るとは」
「そら、わしのかけた術は強いからのう。ちょっとのことではびくともせんよ」
「なに胸を張っとるんじゃ。そういう意味で言ったのではない」
頭上で二人が会話する声が聞こえる。私はうっすらと目を開けた。さっきの狐と自称あやかしが普通に喋っている。
「ぎゃーーー!! まだいる!」
「おう、ましろ気付いたんか。よかったよかった」
「よかったじゃないわよ! あなたたち何者なのよ!」
「だから言ったじゃろ。あやかしと狐だと。まあ、わしは隣の狐とは違い、元々格の高い神のような存在だがの」
「おう、何を言うか、神にもあやかしにもなり切れない半端者が。オラは元々神の使いじゃ。だが、主が姿を消してからは一人で行動しておる。千代ちゃんには随分世話になった。だが、いつの間にか亡くなっていたとは寂しいのう。ほんにまあ、人の世は儚い」
カゲロウと狐は、すっかり息の合った様子で話していたが、私はまだ何も受け入れられずにいた。
「あの……おばあちゃんとは長い付き合いなんですか? あなたと一緒に写っている写真を見つけたんですが」
「あれ、まだ残ってたんか。すっかり処分したつもりだったんがの。そうさなあ……この店が開店してからの付き合いになるな。と言うと、50年くらい?」
「そうじゃ、そうじゃ。ここは元々『憑いてる』土地での、それで店を開いても客が寄り付かずすぐに閉店していた」
「それって、あなたたちのせいなんじゃないの?」
「わしらは品行方正だから、そんなことはせん。しかし、良からぬことを企む者が跡を絶たなくてのう。それで、価値が下落したところに、一人になったばかりのお千代さんが、旦那の遺産でこの居抜き物件を買い取って、そいでわしらに飯を振舞ってくれるようになったんじゃ」
「オラたちも恩知らずじゃないからの。食わせてもらうお返しにここを守ってやったとまあ、そういうわけよ」
「おまけに、すぐにつぶれるはずだった店が、見事商売繁盛になって、わしらはまあ、福の神みたいなもんじゃ」
福の神と言うとふくよかなおじさんのイメージだが、目の前にいるカゲロウはやせぎすで、若白髪も生えてるし、着物の着方もだらしない。どちらかと言うと貧乏神の方が似つかわしいように見える。
「なあ、腹減った。ましろ、なんか食わせろ」
「え? あなたたちどうして私の名前知ってるの? まだ自己紹介してないよね!?」
「それはその……お千代さんがあんたの話しとったんじゃ。かわいい孫の話を」
カゲロウがなぜか言いにくそうに説明する。
「ねえ、あなたたち二人ともどうやらうちにご飯食べに来たようだけど、知っての通り、おばあちゃんはもういないし、私は料理を作りに来たんじゃないの。悪いけど帰ってくれない?」
「わしは聞き分けいいからそれでもいいんじゃが、この狐めはそうはいかんでのう……老婆心ながら言っとくと、何か口にするまではテコでも動かんじゃろう」
私がえっと言いながら狐に目を移すと、狐はこちらを恨みがましい目つきで睨んでいた。
「ましろ~腹減った~お稲荷さんじゃ。お稲荷さん作れないのか~」
狐は畳の上にごろんと寝転がり、足をばたつかせながら言った。こんな姿を見ると、人間らしく見えてしまうから不思議なものである。
「もうこうなったら、何でもいいから適当なものを食わせるしかない。こう見えてなかなかしぶとい奴なんじゃ」
私は駄々をこねる狐を見て深いため息をついた。全く、ここでは自分の食事すら出来あいのものを買って来てレンチンで済まそうと思っていたのに。
「カゲロウ、と言ったわね。あなた買い物はできるの?」
「わしをバカにするな。お使いくらいできるぞ」
「じゃ、お金あげるから油揚げ買ってきてくれない? ここからスーパー近いでしょ」
そう言った私を、カゲロウは目を丸くして見つめた。
「おぬし、いなりずしを作るつもりなのか? できるのか?」
「こう見えて管理栄養士の資格持ってるの。OLやってたけど一応資格を生かす職種ではあったし、レシピだって検索すれば一発で分かるわ。あなたが買い物に行ってる間、こっちはご飯を炊くから。その代わり手伝ってもらうわよ」
そう、私は料理の心得がないと言ったら嘘になる。自分だけのためにそんなに腕を振るうことはしないが、全くできないというわけではない。そんなに食べたいなら作ってやろうじゃないの。自分でも気づかないうちに、この二人? 一人と一匹? のペースにまんまと乗っかっていた。
おばあちゃんが亡くなった直後に、父さんと母さんで生鮮食品は処分したが、米や調味料は幸い残っている。これならまだ使えるだろう。
米を研いで炊飯器をセットする。待っている間にカゲロウが油揚げを買って来てくれたので(間違えて厚揚げを買って来たらどうしようと一瞬不安になったが、そんなことはなかった)、稲荷あげを作る作業に取り掛かる。
まず、油揚げに熱湯を注ぎ余分な油を取る。水分を絞ってから砂糖と醤油とみりんを入れただし汁で煮る。だしを取る暇はさすがにないので、ここは顆粒だしのお世話になることにする。厨房にはなかったが、住居のキッチンにはしっかりあった。おばあちゃんも自分用には手間を省いたようだ。
「お~いいにおいだのう~腹が鳴って仕方ないわ」
狐がそばに来てクンクンと鼻をひくつかせる。わがままだけどこういうところはかわいい。
ご飯が炊けたので、酢飯を作ることにする。適当な桶が見つからないので、大き目のボウルにご飯を入れ、酢と砂糖と塩を入れしゃもじで切るように混ぜていく。その傍らでカゲロウにうちわを仰いでもらって、湯気を飛ばしてもらった。
「ほら、これじゃ湯気が飛ばないじゃないのよ。もっとうまくやって!」
「そんなことを言われてもコツが分からん! おい、狐、お前も手伝え!」
「オラ狐だから手伝えなくて申し訳ないわー」
「人間に化けりゃええじゃろ!」
そんなやり取りをしながら酢飯を小さく丸め、それを稲荷あげの中に詰めて行った。初心者なので、この工程が案外難しくて、酢飯が大きすぎたり小さすぎたりとなかなか難儀だ。
結局一時間以上かかってしまったが、稲荷ずしが無事完成した。大皿に並べられた稲荷ずしを見て、狐は目を輝かせた。
「おおー、すごいな! さすが千代ちゃんの孫じゃ。ようできとる」
「食べてみなくちゃ分からないわよ。おばあちゃんのようにはできないから」
「それでもええんじゃ。狐はの、あんたが手作りしてくれたことが一番嬉しいんじゃ。自分のために他人が手間をかけてくれたことに感謝するんじゃ」
横にいたカゲロウがそう説明する。そんなものなのかしら? 私は小首をかしげた。
「おおーうまい! ふっくらおあげが甘辛くて酢もぴりっと利いとる! 酢飯もべちゃべちゃしてなくて初めて作ったとは思えん。おぬし天才か!」
「そら、わしのあおぎ方がよかったんじゃろ」
カゲロウがフフンと言いたげに自慢するが、それを無視して狐は続けた。
「確かに千代ちゃんとは違うが、オラはこれが気に入った! 店にも出せ!」
「ちょっと! 店は畳むって言ったでしょ! 私にはできないわよ!」
「もったいないのう。こんなに作れるのに」
「第一、今どき定食屋なんて儲からないわよ。おばあちゃんは年金があったからできたんでしょうけど、私には無理。普通に働いた方が割りがいいわ」
「なんだ、銭のことが心配じゃったのか」
カゲロウが拍子抜けした声を出す。あやかしにとってはどうでもいいことなんだろうけど、人間にとっては大事なことなのよ。霞を食って生きてるわけじゃないんだから。飲食業の世知辛さは、私も色々見聞きしている。毎日遊び暮らしている(かどうかは知らないけど)あやかしと一緒にしないで欲しい。
「それなら、なおのこと店は開いた方がいい。会社員どころじゃない収入が得られるぞ。さっきも言ったろう。わしらは福の神みたいなもんじゃって。わしらがいれば自然に客はついてくる」
「それってどういう意味……?」
「詳しいことは言えんがの、わしらを味方につけとくと悪いことは起こらん。だから福の神みたいと言ったんじゃ。お千代さんも随分羽振り良かったはずじゃ。疑うんなら通帳なり確かめてみい」
確かに、おばあちゃんはこんな粗末な家に住みながら、生活には困ってないと聞いた。値段はかなり低めに設定しているのに、経営も順調のようだった。てっきり年金を切り崩しているのかと思いきやそうではなかったとすれば……
「ちょっと、お父さんに確認してみる!」
私はスマホを手に取って家に電話をかけることにした。
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