第3話 狐にあやかし、来るのは変な客ばかり
(はあ~力が出ない~眠い~)
案の定、昨夜は恐怖の余りほとんど眠れなかった。できることならこの家で一晩明かしたくなかったのだが、生憎近くにあるホテルなど知らないし、もう夜だったので実家に戻るにも終電を気にしてしまい、結局残ることにした。
しかし、不可解すぎて訳が分からない。あれはお化けの類だったのだろうか。それにしては、足があったし実体も確かにあった。あの飄々としたつかみどころのない態度は確かにおかしいが、それを持って現実にいないと判断する根拠にはならない。
「そうだ! 昨日来たのは、写真に写っていた人の息子だ! それなら都合がつく! 親子なら顔が似ているのは不思議じゃないし、親の影響で和装好きになったんだろう。そうだ。だそうに違いない」
私は、ようやく納得できそうな答えを見つけて、少し気が済んだ。いや、本当のところを言えばまだすっきりしないが、そこは目をつぶって見ない振りをする。だって、これぐらいしかもっともらしい理由みつからないもん。それより片付けだ、片付け。
昨夜のことが影響しているのか自分でも分からないが、店の方は一旦置いといて、住居の片付けに手を入れることにした。別にあの男の言うことを真に受けたわけじゃないが、おばあちゃんの私物を調べるうちに写真のことも少し分かるかもしれない。そう思いながら手を動かしていたら、何やら階下から人の声が聞こえてきた。
「もしもーし。千代ちゃんおらんかねー? 誰もおらんのかー?」
あれ、昨日のことがあって店の出入り口はちゃんと戸締りしたはずなのだが、また閉め忘れたのだろうか。どうやら誰かが入り込んでしまったらしい。声の限りでは子供のように思える。私は、何事かと思いながら階段を下りて行くと、店の中に10歳くらいの女の子がにょきっと立っていた。
「あれ、千代ちゃんじゃないね。お姉さんだれ?」
その子は今となっては珍しい格好をしていた。おかっぱ頭に膝が見える赤いつりスカート姿。昭和の頃ならよく見かけただろうけど、令和の今ではレトロすぎる。お母さんがそういう趣味なのかなと頭の片隅で考えつつ、私は答えた。
「ここのおばあちゃんはね、先月亡くなったの。だから孫の私がここの片付けに来たのよ」
「え? お店もうやらんの?」
「ええ。ごめんなさいね」
その子は目をまん丸に開いて大層驚いたようすだった。こんな子供に誰かの死を伝えるのは、ちょっと気が咎める。それでも嘘は付けないので仕方なかった。
「そうか。寂しいなあ。千代ちゃんにもう会えんのかあ。人はあっという間に死んでしまう。つまらんなあ」
その子は視線を床に落としながら寂しそうに言った。子供にしては、やけに深いことを言うのねと私はちょっとびっくりした。
「ええ、そうね。でも長生きだったし、夜眠っている間に亡くなったのよ。苦しまず穏やかに逝けてよかったわ」
私はそう言って彼女を慰めたが、その子はしばらくしんみりしていた。釣られて私も一緒にしんみりしていると、突然顔をがばっと上げて大きな声で言った。
「なあ、お稲荷さんが食べたい。お姉ちゃん作って」
ついさっきまで悲しんでいたのに、いきなり何を言い出すのか。私は咄嗟に否定した。
「ええ!? 私は作れないわよ? それにここには遺品整理のために来たの。料理なんてする暇はないわ!」
「もう腹減って動けない。千代ちゃんのお稲荷さんがいい。でももう千代ちゃんいない。代わりに作って」
女の子は、全く聞く耳持たず一方的に要求するだけである。私は、目を白黒させて何と答えていいのやら分からなかった。一体どこの子? 育児放棄されている子まで面倒見ていたってこと? なんて親なの? 昭和レトロのコスプレさせる暇があるなら食事の面倒くらい見なさいよ!
「そんなこと言われても困っちゃうよ。お願いだからお家帰って……お家はどこにあるの? 電話番号教えて? お父さんかお母さんに来てもらうから」
「そんなのないよ。どうしても作ってくれないなら悪戯するけどいいの? 後悔するのはお姉さんだよ?」
おろおろしていた私は、それを聞いてえっと驚いた。今なんて言った? もしかして子供に脅迫された? それでも、こんな子供相手に微かな恐怖心が芽生えたのは、一瞬この子がぞっとするような大人びた表情に変わったからである。ほんのわずかな瞬間であったが、私はそれを目の当たりにし、ひゅっと息を吸い込んだ。
「ちょっと……大人をからかっちゃ駄目よ……無理なものは無理なの……悪いことは言わないから」
そう言いながらも、私の声は震えていた。だんだんと空気の温度が下がっていくような気がする。気のせいと思いたいが、冷や汗がだらだらと流れ、歯がガタガタと鳴りだし、非常事態に陥っていると本能が告げていた。しかし、恐怖心で固まりながらどうすることもできず、ただ立ち尽くす他なかった。
とその時。外の方からカラン、コロンと下駄の音が聞こえ、緊迫した空気は一瞬で緩み、元に戻った。
「のう、お前来とったんか。ましろを怖がらせていたんじゃなかろうな?」
異様に間延びした、のんびりした声は昨日の、ええと、確かカゲロウと言ったか。ここは安心するところのはずなのだが、私は彼の顔を見た瞬間叫び声を上げた。
「うわ、出たーー!」
「何が出たじゃ。まるでお化けみたいに」
「なんだお前。お化けと違うのか」
「お化けじゃない。あやかしと呼んでくれ」
「お化けとどう違うんじゃ。オラには見分けがつかん」
私はすっかり腰を抜かしてその場にへたり込み、のんきな二人の会話を聞いていた。脳がキャパオーバーで何も対処ができない。
「やっぱりただ者じゃなかったのね! 二人とも何者なのよ!」
「さっきも言ったように、わしはあやかしの一種。まあ、昔はもっと格が高くて神とか呼ばれた時期もあるがの。ほんで、こいつは子狐じゃ。今のは化けた姿じゃ。おい、うまく化けたつもりかもしれんが、今の子供はそんな見た目してないぞ。しばらく山から下りて来なかっただろ」
カゲロウが女の子に向かって言うと、ポンという破裂音のち、女の子がいたところには一匹の子狐が座っていた。
「そんなことないわい。しょっちゅう顔は出してた。サラリーマンの格好でな。それだと若いオナゴには怪しまれると思って久しぶりに少女の姿になったんじゃ。人間の世界はめまぐるしく変わるから着いて行くのが大変じゃ」
子狐が人の言葉を喋るのを見た私は、白目を剥いたまま、畳の上にひっくり返った。
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