第25話 取り戻した記憶⑤
ましろは気が進まなかったが、オカルト好きの拓海がワクワクしているのを見ると、どうしても断り切れなかった。別に悪い人ではなさそうだし、オカルトに興味ないましろが見ることができるのに、その手の物が好きな拓海には見えないというのが少し申し訳なくもあった。そんな訳で、二人はハンバーガーショップを出て目と鼻の先にある神社へ足を運んだ。
「呼んでも出てこない時があるから、もし駄目でもがっかりしないでよ」
あらかじめそう言っておいてから、蘇芳を呼ぶ。再三の声掛けにも反応はなく、セミの鳴き声が響くばかり。暑い外にいるのもしんどくなってきて、そろそろ諦めようとしたその時。
「ましろ。隣にいる奴は誰だ?」
背後から蘇芳の声がした。はっとして振り返ると、赤い髪、赤い目をした着物姿の少年が立っていた。
「蘇芳! 遅かったじゃない! 今日は友達を連れて来たの。あなたに興味があるんですって。ねえ、拓海くん。今蘇芳が正面にいるんだけど見える?」
「え? 今いるの? うーん……見えないな」
拓海の返事にましろはがっかりした。見えないんじゃ話が進まない。友達が増える方がにぎやかになって、蘇芳も寂しくないだろうと考えたのに。
「蘇芳、ごめん。この人あなたに会って話が聞きたいんだって。どうしても姿を現わせられないの?」
「できることなら俺だってそうしたいけど、こいつが見えないんじゃ仕方ない。どうしようもできないよ」
そうか……とましろはため息をつく。せっかく連れて来たのにこれではもったいない。その時、蘇芳が突拍子もないことを言い出した。
「でも、そいつの魂の波長、何だか合う気がする」
「は? 魂の波長? どういう意味?」
「ちょっとの間でいいから体を貸してもらえないかな。ここまで似た波長の奴は珍しいからできる気がする。やってみていい?」
波長? 体を貸す? とましろが混乱しているうちに、蘇芳はひゅんと風を巻き起こし、いつの間にか姿を消していた。一体どういうことかとましろがキョロキョロすると、隣にいた拓海が口を開いた。
「ましろ、俺だよ。半信半疑でやってみたけどできた! 俺、体を手に入れることができた!」
その一言で何があったかを察した。さっき拓海が言っていたことを思い出す。実体を得るには形代を利用するしかない……
「蘇芳! あなたまさか、拓海くんの体を乗っ取ったの?」
「乗っ取ったとは人聞き悪いぞ。俺がこの敷地の外に出て自由に振舞うにはこれしかないんだ。今までずっと見えない檻の中にいる気分だった。頼む。すぐに返してやるから」
「そんなこと言っても! 拓海は今どこにいるの?」
「俺の意識の下に押し込められている。つまり眠っている状態かな」
そんな……何かとんでもないことが起きているような気がする。目鼻立ちは拓海のままだが、口調や声の出し方から体の仕草までまるで違っていた。中にいるのが別人なのは明らかだ。ましろはすっかり青ざめてしまった。
「ねえ、よく分からないけど拓海くんに早く返してあげてよ。このままじゃかわいそうだよ」
「ちゃんと返すよ。でもその前に、ましろと一緒にこの辺を歩いてみたい。ずっと興味があったんだ、この世界がどうなっているのか」
そう言われて、ましろは何も言い返せなかった。この神社から出られず、誰からも気付かれなかった蘇芳。彼はどんな思いで長い年月を過ごしたのだろうか? そう考えたら、蘇芳の願いを断るわけにはいかなかった。
「分かった。じゃあ、一緒にこの商店街を歩いてみよう」
こうして二人は手をつないで一緒に神社を抜け商店街を歩いた。同じ年代の男の子と手をつなぐなんて普通だったら恥ずかしくてできないが、万が一、蘇芳が拓海の体を乗っ取ったまま逃げることがないようにしたつもりだ。
(念のため、一応なんだからね!)
この商店街は、私鉄の駅を中心に発生したもので、コンビニやチェーン店に交じり、昔ながらの小売店が軒を連ねている。今は昼下がりの時間帯で、人の往来も激しい。蘇芳は、拓海の目を通して、狭い道路をすれ違う車の往来や、人や自転車の流れ、神社からは見えなかったであろう建物の景色を興味深そうに眺めていた。
「こんな風になっていたのか。町が発展するのを見てきたけど、よく分からないことも多かった。あれが鉄道というものか。神社からはよく見えなくていつも悔しい思いをしてた」
蘇芳は、拓海の目を通して色んなものを吸収した。初めての世界に好奇心むき出しできょろきょろ首を動かすさまは、傍から見ると奇妙であるが、ましろは何も言わなかった。こんなことすら今まで許されなかったのだから、せめて今だけでも自由を謳歌して欲しい。
「ねえ、せっかくだから食べ歩きしようよ。世の中にはみたらし団子以外にもおいしい食べ物がいっぱいあるんだよ! 教えてあげる!」
ましろはそう言うと、肉屋に行ってその場で揚げてくれるコロッケを二個買った。自分はさっきハンバーガーセットを食べたばかりでお腹が空いてなかったが、初めての食べ物に対する蘇芳の警戒心を解いてやるためにも、一緒に食べてお手本を示す必要がある。
「何だこれ、馬鈴薯か? 聞いたことはあるけど食ったことはないな?」
「まだ江戸時代には普及してなかったのかな。茹でたジャガイモを潰して衣をつけて揚げたものよ? 熱いから火傷しないでね?」
そう注意したのに、蘇芳は何も考えず口に入れあちっ! と言った。その後は慎重すぎるほどフーフーと息を吹きかけて冷ましながらぺろっと平らげた。
「うまかった! サツマイモに似てるけどこれは甘くないんだな。茶色いどろっとしたものがかかってたが、あれは何だ? 醤油かと思ったら違った」
「ソースと言うのよ。そうね、確かに江戸時代にはないわね」
蘇芳のコロッケ評は上々だ。せっかくだから西洋のものを食べさせてみようかな。気をよくしたましろが次に選んだのは、アイスクリームだった。
「夏だし涼しいものを食べましょうよ。あやかしは暑いとか寒いとか関係ないんだっけ?」
「ましろが選んだものでいいよ。何でも挑戦してみたい」
ましろはカップに入ったダブルのアイスクリームを蘇芳に持ってきてあげた。種類はたくさんあったが、最初だから基本で行こうと思い、バニラとチョコを選んだ。
「はい、これ。冷たいお菓子なんて珍しいでしょう?」
蘇芳は、スプーンを使ってアイスを口に入れると開口一番「冷たい!」と叫び、次に「甘い!」と叫んだ。その様子が面白くてましろも笑う。実際は拓海の姿をしているが、中にいる蘇芳がびっくりしているのが手に取るように分かった。
「何だこれ。お殿様でもこんなの食べたことないぞ。どうやって冷やすんだ? すごいな、今の世の中は」
「おいしかった?」
「ああ、無我夢中で食べたらなくなっていた。特にあの黒いの。見た目はおっかなかったけど、すごく甘くてうまかった。最初溶けたらどうしようと思ってたけど、そんな暇なかった」
じゃあ、また食べに行こうよと言いかけたが思いとどまった。それは、拓海の体を引き続き借りるということだ。楽しくてつい忘れがちになるが、拓海の魂は蘇芳に押しやられている。早く彼に返してやらねば。
「そうだ、次はうちのお店行かない? あやかしもいっぱいいるよ? 蘇芳にも会わせたいな」
ましろは何気なく言ったが、蘇芳は急に顔をしかめた。
「いいよ、他のあやかしには会わなくても。ましろだけでいい」
「どうして? みんなと一緒の方が楽しいじゃない?」
どうして蘇芳が渋るのかましろには分からなかった。みんなにも蘇芳のことを紹介してやりたいのに。その時、向こうから、よく知っている姿がこちらにやって来るのを見た。
「あ、影郎だ。おーい!」
ましろは手を振って影郎にアピールした。影郎はいつもの着流し姿で下駄をカランコロンと鳴らしながら歩いていたが、ましろたちに気付きこちらにやって来た。隣にいる拓海の姿の蘇芳を見て、何かを察したらしく眉間にしわを寄せる。
「ましろ。隣にいるのは人間じゃないな? こやつが前に言っていたあやかしか?」
「すごーい! さすが影郎よく分かるね! ちょっと体を貸してもらって町を案内してるの——」
ましろは何の気なしに答えたが、影郎は更に険しい表情になり、低い声で蘇芳に向かって言った。
「おい、お前もあやかしの端くれなら、人間の体を乗っ取るのがどれだけ罪深いことなのか分かるじゃろ? 今すぐそやつから離れろ」
「影郎、何言ってるの? 蘇芳はちゃんとわきまえてるから大丈夫よ。すぐに返すから」
しかし、影郎はましろの返答を待たなかった。三人を包み込むように、にわかにつむじ風が舞い、気づくと彼らの体は風に乗って飛ばされていた。突然の浮遊感。一体何事かとましろが面食らっていると、あっという間に山の中に移動していた。大きな洞窟の中と思われるが、内部はほの明るい。ここはどこ? とぐるぐる見回していると、視線の先に一人の人影を見つけた。影郎だ。しかし、さっきまでの姿とは大きく異なっていた。
両耳の横に長い髪を結い、白い装束を着ている。日本神話で見た神様みたいだ。
「あなた影郎なの? なんでそんな格好をしているの?」
「これが本当のわしの姿だからじゃ。町の中では積もる話もできないからここまで連れてきた。ここは、わしの縄張り、宝明山の奥にある神域じゃ」
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