第24話 取り戻した記憶④
携帯電話すら持たない小学生の行動範囲なんてたかが知れている。結局寿寿亭と同じ商店街にあるハンバーガーショップで、日時を決めて会うことになった。
「のう~ましろ、今日も外出か? 相手は誰じゃ? オラと遊んでくれないのか?」
狐がそう言って寂しがるものだから、後ろ髪を引かれる思いで家を出た。ええと、なんでこうなったんだっけ? そうだ、蘇芳のことだ。結局蘇芳の正体や本心が誰も分からないから話がややこしくなるのだ。
(蘇芳は別に裏表ない子よ。祟りとか対価とかそんな面倒なものないって)
だから、少年と待ち合わせした時も気が進まなかった。第一、同じ子供とは言え初対面、しかも男子と一対一で会うのはおかしい。もしかして私のこと好きなんじゃないでしょうね!? と一瞬不安になってしまった。小学生の身で男子と二人きりでハンバーガーショップなんて付き合っているのでなければおかしい。
待ち合わせた時間通りに少年がやって来た。ちょうどお昼時ということもあり、二人ともハンバーガーセットを頼んでテーブル席に向かい合って座る。
(なにこれ……ますます小学生カップルのデートみたいじゃない……少女漫画でみたやつ! この人は平然としているけど、一体何を考えているんだろう?)
ましろは内心パニックになるほどだったのに、少年の方は、トレイを自分の前に置いてから、顔色一つ変えず淡々と自己紹介した。
「そう言えば自己紹介してなかった。僕は佐藤拓海。東小の6年。学区は違うけど、叔父さんの家から塾が近いから、夏休みの間泊まらせてもらって夏期講習に行ってる」
「塾? 中学受験でもするの?」
「うん、まあそういうことになってるんだけど」
と言いながら拓海は顔をしかめた。どうも気が進まないらしい。
「それじゃなおのことこんなことしてる暇ないんじゃないの?」
「うーん、まあそうなんだけど」
二人きりで店に入るとか大人の男女のやることじゃない、普通こういうのって男子の方が恥ずかしがるもんだけど、どうしてこいつは平気でいられるのよ? とましろは疑問が膨れ上がり、だんだんイライラしてきた。
「で、君の名前は?」
「あ、そうだった。私は都築ましろ。西小の4年。私も寿寿亭っていう定食屋のおばあちゃんちに夏休みの間だけ泊まってる」
「へえ、二歳差なんだ?」
「どうして私が気になるの? わざわざこんなところに呼び出して何が聞きたいの?」
ぐいぐいと詰め寄ったましろに、拓海は戸惑いながら打ち明けた。
「あそこで何があったのか教えて欲しいんだ。僕には見えないから」
「へ? 見えない?」
「君見えるんだろう? あやかしの類が?」
そう言われて、ましろはうっと言葉に詰まる。
「あやかしなんて誰でも見られるわよ。うちの店に来れば——」
「えっ? 君の店、あやかしがいるの?」
そう言われて、ましろはしまったと口を押さえた。このことは固く口留めされている。影郎たちの姿は誰にでも見えるが、あやかしであることは秘密だ。どうにかしてごまかそうとするが、何も頭に浮かばない。
「ねえ、今度紹介してよ。僕ホラー好きで怪談話とか幽霊話の類は粗方読んでるんだ。本当にいるなんて興奮する! ねえ、どんなあやかし? 祟らない? 友好的かな?」
ぐいぐい迫る拓海にましろはたじたじとなった。クールかと思いきや、自分の好きな分野に関してはかなり押しが強いタイプと見える。でも、ましろに気があるわけではなく、純粋にオカルト好きだということが分かってほっとするやら拍子抜けするやらだった。
(どうしよう……あやかしのことは言いふらしちゃいけないんだった。適当に誤魔化さないと)
そう言えば、一つ気になることがあった。同じあやかしでも、影郎たちは誰でも見ることができるのに、なぜ蘇芳が見える人間はましろだけなのだろう。それは拓海が仮説を出してくれた。
「多分だけど、姿を現わす力が十分に備わってないんだと思う。あれだけ弱いと、実体を得るには形代を利用するしかないんじゃないかな。神社と言っても、由緒ある神様を引っ張ってるところと違って格は低いから」
形代とは身代わりという意味だ。それにしても、拓海はこの辺に住んでいるわけではないのに、どうして詳しいのだろう。
「年上のいとこが小学校の時、郷土史研究会に入ってて、あの神社について詳しく聞いてみたんだ。江戸時代、この辺にあった長屋が大火事になりかけたことがあって、その時鎮火に当たった人が祀られているんだって」
「へえ、そうなんだ」
「神社の前にある看板にも書いてあるよ? 読んでないの?」
こないだ蘇芳から教えてはもらったが、看板の説明は一切読んでない。悪びれる様子なく首を振るましろを見て、拓海は呆れた顔をした。
「で、火を消したのは何て言う人なの?」
「名前は何て言ったかな……佐吉とか言ったかな。名前はどうでもいいんだけど、どうしてこの人が火を消し止められたかと言うと、あらかじめ火事が起こることを知っていたらしいんだ」
「それ本当?」
「うん。だから、当時はその人が自分で火を点けたんじゃないかと疑われて、色々迫害されたらしい。後年になって、どういう訳かその人の功績が再評価されて、罪滅ぼしの意味も込めて祠を立てて祀ることにしたんだって」
思ったより複雑な話だった。おそらく佐吉という人は、蘇芳に火事のことを教えてもらったんだろう。団子が好きだったのもその佐吉だ。火元が分かっていたから大惨事を未然に防ぐことができたと考えられる。
「ねえ、こっちの話はしたから、今度はそっちが教えてよ」
「え? ああ、うん」
拓海に促されて、今度はましろが説明する。蘇芳について、蘇芳が話したことについて。拓海は、ましろの話を目を輝かせながら聞いていた。
「すごい……それ火の神か何かだよ。佐吉が会ったのと同じと見て間違いない。でもその割には力が弱いな……本来なら神社から出られないなんてことないはずなのに? どうしてなんだろう?」
拓海は、食べるのもそぞろになり、眉間にしわを寄せて真剣に考えだした。すっかり自分の世界に入り込み、ましろのことはほったらかしだ。
「でも、あの土地に縛られるようになったのは神社が建てられてかららしいわよ? その前はどうしていたのかな?」
「何かあったんだよ。そうせざるを得なくなった何かが。でもこれ以上は本人に聞いてみないと分からない……」
拓海はうつむいて何やらぶつぶつ呟いていたが、やがて顔をがばっと挙げてある提案をした。
「ねえ、これからあの神社に行ってみない? その蘇芳って奴に会ってみたい。ましろと一緒なら僕にも見えるかもしれない」
「ええ? これから行くの?」
ましろは戸惑ったが、乗り気の拓海を見ているとこれは断れなさそうだなと諦めた。
「分かったわよ。出て来てくれないかもしれないけど、それでもがっかりしないでね」
そう忠告したものの、拓海はそんな可能性などみじんも信じてなさそうで、満面の笑みで頷いただけだった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
「この先どうなるの?」「面白かった!」「続きが読みたい!」という場合は、☆の評価をしてくださると幸いです。
☆5~☆1までどれでもいいので、ご自由にお願いします。
更にブックマーク、いいね、感想もいただけたら恐悦至極に存じます。




