第2話 夜の恐怖体験!
わしと一緒に店を開かんか?
私は、はい? と素っ頓狂な声を上げた。
だってそうでしょう。今初めて会ったばかりの人間から、祖母の店を一緒に継ごうと言われたのだ。何から何までおかしい。私は、どこから突っ込んでいいのか分からず、混乱したまま彼に尋ねた。
「どうしてそんな話になるんです? 祖母の味を恋しがってくれているのはありがたいんですが、無理に決まってるでしょう? 第一、あなたは何者なんですか?」
「わしは……ここしばらくは影郎と呼ばれている」
わし? ここしばらく? こいつ何者だ? という言葉を飲みこみ、どこまでも飄々とした態度のカゲロウなる人物に私は質問を重ねた。
「カゲロウさんはいつどこで祖母と知り合ったんですか?」
「はて、いつじゃったかのう……この店を開いて間もない頃じゃったかのう……」
私は、またはい? と言った。この店は、まだ若かった祖母が夫に先立たれて自ら生活費を稼ぐ必要が出た時に、当時はまだ古くなかったこの居抜き物件を知り合いから破格の値段で譲り受けたと聞く。もう50年は経ってるんじゃないか。
しかし、このカゲロウなる男は30そこそこの見た目である。普通に考えれば、まだ生まれてないはずなのだ。ちょっと、これは人をバカにしてるんじゃないか。若い癖しておじいさんみたいな口調だし。私の中で、困惑がだんだん怒りの感情に置き換わってきた。
でも、もしかしたら触っちゃいけない人なのかもしれない。まともな人がこんな悪ふざけをするはずがない。下手に刺激したら反撃されるかもしれないので、ここは感情を抑えて穏便にお帰り頂くとしよう。
「あの、はやく片付けなきゃなので、そろそろ失礼してもよろしいでしょうか……」
「気が変わったらいつでもいいから呼んでくれ。ここがなくなるのは寂しいんじゃ」
「ええ、分かりましたから。ではさようなら」
最後の方はほぼ押し切る形で会話を切り上げ、私は引き戸をぴしゃりと閉めて鍵をかけた。全く、鍵はちゃんとかかっていたはずなのに、もしかして忘れてしまったのだろうか。
客商売である以上、おばあちゃんも色々苦労したのだろう。いくら変人でも、ここに食べに来てくれる客を無碍にできなかったに違いない。私は、やれやれとため息をついて、片付けの続きをすることにした。
数十年続けた店は、どんなにきれいにしていても、要らない物が少しずつ積み上がっていく。昔の電話帳とかご近所に配るはずだった手ぬぐいとか。中には懐かしいと思える物もたくさんあった。余った葉書を三角に折りたたんで組み合わせたみみずくの置物や、毛糸で編んだ衣装を着たキューピー人形とか。おばあちゃんの手作りだろうか、余り布でつくった鍋つかみとか。ふっと故人の思い出にふけりたくなるが、ノスタルジーにふける暇はないので、心を鬼にして手を動かした。
(それでもやはり店がなくなるのは寂しいな……住居の方を先に手を付けた方がよかったかな)
どちらを先にしても同じなのだが、ふと、私はそんなことを考えた。この店は住居と一体型になっており、店の奥と二階におばあちゃんが一人で住んでいた。小さい頃は私もよく泊まりに行ったものだ。そんなわけで、片付けをしている間は、私もここで寝泊まりすることになっている。そのためのお泊り道具も持って来た。
住居スペースは、店の奥に風呂とトイレ、キッチン、居間があり、二階に六畳の寝室と倉庫代わりにしている四畳半の部屋があるという間取りだ。古めかしさは隠せないが、一人暮らしならコンパクトで暮らしやすかっただろう。
日が傾きかけたので、私はこの日の作業を終え、奥に引っ込んで休むことにした。亡くなってから日が浅いので、そっくりそのまま使える。普段から几帳面できれい好きだったのはありがたい。ただ、亡くなった時に使っていた布団は、さすがに使うのは憚られた。そこで、押し入れの奥から来客用の布団を探すことにした。
おばあちゃんの家に来客なんて私以外ないだろうと思ったが、大抵どの家にも予備の布団は置いてあるものだ。そう考えた私は、ガタピシ言わせながら狭い階段を上がり、寝室の押し入れを開けて探し始めた。
比較的整理整頓が行き届いていた店とは異なり、住居の方はもう使わないのに捨て忘れた物が多い。押入れを開けた時、やはりこちらを先に片付けた方がよかったかしらと考えた。中には取っておく方がいい物もあるだろうから、その選別が面倒でついつい後回しにしてしまったのだが。
とにかく早く布団を見つけなくては。寝室にはそれらしきものはなかったので、私は隣の四畳半の部屋の押し入れを探しに行った。一人暮らしのおばあちゃんはこの部屋の使い道がなかったため、すぐに使わない物をしまっておく物置のような部屋になっている。物置とは言え、それなりにきれいになってはいたが。
四畳半の押し入れを開けると、あったあった。日中に日干ししておけばよかったなと今になって後悔するが、一晩ならどうにかなるだろう。明日も晴れるみたいだし、その時干そう。そう考えながら布団を出すと、足元にドサッと一つの缶が落ちた。
かわいい柄のクッキー缶を再利用して小物入れにしていたらしい。中が空なら軽い音がするはずだが、重量感のある音がしたため、何か詰まっているのだろう。こんな奥の方に何をしまっていたのだろう。私は、好奇心に駆られ、布団を畳の上に置いてから、缶の蓋を開けた。
「これ、昔の写真だ。うわー若いー」
私は思わず、驚きの声を上げた。それは、おばあちゃんの昔の写真だった。白黒から古ぼけたカラーまで、アルバムに入りきらない写真がごっそり出て来る。私はその場に座り込んで、それらを一枚一枚確認し始めた。
「おおー若いじゃん! やだ、若い頃のおばあちゃん結構美人! お父さんはおじいちゃん似だったのかな?」
「これ開店したばかりの寿寿亭じゃん! 看板が真新しいなあ。おばあちゃんも白髪じゃないし。お父さんもちっちゃい。この頃はおじいちゃんはもう亡くなっていたのか」
誰もいない部屋に一人、私は独り言を言っていた。こうして写真を見ていると、亡くなる間際におばあちゃんに会っておかなかったと後悔する。本当に、どうして私はここから足が遠のいていたのだろう。確かに成長すると他にやるべきことが多くなるから自然にそうなっても何らおかしくないのだが。改めて考えると、自分の心の中にもやがかかったような部分があることに気付く。
そんなことを思っていると、ふと手にした一枚の写真に目が留まった。
何のことはない、おばあちゃんと友人らしき人物とのツーショット。昨日までの私なら普通に見過ごしていただろう。でもこれは。いや、こんなことあり得ない。私は全身の血の気が引き、全身がガタガタと震え出した。
その写真は古ぼけたカラー写真だった。おばあちゃんはまだ中年なので、大体40年前くらいだろうか。隣に写っている人は、お昼に会ったカゲロウと名乗るあのうさんくさい男。私が会った時と寸分たがわぬ見た目だった。普通なら老年期にさしかかるくらいである。それがなぜ、若いおばあちゃんと?
「な、なにこれ……」
私は、恐怖の余り、引きつり笑いが出た。誰もいないしんとした部屋。つい先月までおばあちゃんがいた部屋。今夜はここで夜を明かせと言うの? とても寝られそうにないんですけど!!
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