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第16話 おたまはカレーライスで攻略する

「ねー、外の見回りやってたら怪しそうな奴がうろちょろしてたんだけど、これ、もしかしてこないだ言ってたやつー?」


「わっ! おとはさん! どこで見つけたんですか?」


昼の開店の準備をしている慌ただしい時間帯に、おとはさんが蔦の葉みたいなものでぐるぐるまきにした一人の男を連れて来た。それをみてみんなびっくりして仕事の手を止め駆け寄る。こないだのスカジャンヤンキーことおたま妖怪じゃない! 特徴的な見た目なので見間違えようがない。


「お前、まだ諦めてなかったんか! 今度という今度はタダじゃすまんぞ!」


ポン太がイキっているところに、カゲロウがのっそりと現れ、腰をかがめながらしげしげとおたま妖怪を見つめた。


「なるほど。この程度ならコン猿でもなんとかできそうじゃな。おぬし、何者じゃ? してほしいことがあるなら、先に自分から名乗るのが筋だろうに」


「うるせーな! 今日は悪さしに来たんじゃねーよ! 伝言を頼まれただけだ! いてっ!」


「口の利き方を知らない坊やね。もう一度しばかれたいの?」


おとはさんにすごまれておたま妖怪は押し黙る。一体外でどんな制裁を受けたのだろう。


「また何か言いがかりをつけて、ここに忍びこむつもりだったんじゃろ。しかもわしがいる昼間にやって来るとはいい度胸じゃ。付喪神の分際で何ができると言うんじゃ。神妙にせい」


「本当だよ! 俺は頼まれて来ただけだ! そんなこと言ってると教えてやらないぞ!」


にわかにカゲロウの視線が鋭くなる。それを見たおたま妖怪はひいっと息を飲んだ。


「そこまで言うなら一応聞いてやる。誰からの伝言じゃ?」


「それは言えない。そういう契約なんだ」


「契約をしとるのか? 何の契約かは言っても構わんだろう?」


「俺一人の力でもこんなボロ店吹き飛ばすのは朝飯前だが、まあ、一応、念には念を入れて、ちいっとばかし力をもらったんだ。別にそんなものなくても平気なんだがな?」


「こやつ、それがなければ、いっちょまえにイキることもできんようだぞ。相当無理してやってきたんじゃな」


「なにおっ? 口が立つ狐だな!?」


ポン太がふと呟いた一言をおたま妖怪は聞き逃さなかった。同じあやかし同士、ポン太が化けていても正体は分かるようである。


「お前は力をもらう代わりに言伝を頼まれたと。何と言われて来たのじゃ?」


「やっぱ言うのやーめた。力をやるって言うから期待したのにこの程度なんだもんな。これじゃ契約不成立だ」


「道理を知らぬのはお前の方じゃ。あやかしの世界で契約を破った者への代償は大きいぞ。一度約束してしまったんだから、ここで意地を張らずにさっさと吐け」


「そうよ。それに、ここには私と影郎がいるんだもの、どっちにしても分が悪すぎよ。残念だけど、あんたの負けは最初から確定していたの」


それでもおたま妖怪は、むくれ顔でそっぽを向いているので、カゲロウは襟首を捕まえて外へ放り出そうとした。


「待って! 何か事情があるみたいだからもう少し話を聞きましょうよ!」


「どした? ましろ? こんな奴に情けをかけるのか?」


「情けってほどでもないけど、おたまは私も日常的にお世話になってるし、まあね」


カゲロウは、ちょっと面倒くさそうな顔をしたが、私の願いを聞き入れてくれた。


「俺をほだそうたって、そう簡単にはいかねーぞ! 人間ごときの言いなりになって——何だこれ?」


「仕込みが終わったばかりのカレーライスよ。今日だけ特別なんだからねっ」


私は、店に出す予定のカレーライスをよそっておたま妖怪に振舞ってあげた。すっかり相手にされないので、ちょっぴり同情したのだ。市販のルーを使った平凡なカレーライスだが、カレーを嫌いな日本人はいないのでそこそこ人気がある。


「なんだ、カレーか。こんなもので俺がほだされると……うまいな、これ。最近は日本にいても世界中のカレーが食べられるが、俺はやっぱり昔からの味が好きだ。今まで家族も家庭も持ったことないのに、どうして懐かしい気持ちになるんだろう?」


「ちょろいな、こいつ」


横でポン太がバクさんに耳打ちするのが聞こえる。


「そーでしょー! インドカレー、タイカレー、イギリスカレー。世界中のカレーに浮気しても結局最後はこの日本式カレーに行きつくのよ! 結構人気メニューなんだから!」


「うるせーな、カレーごときで口を割る俺様だと思ったか? 恩になんか感じてないからな!」


と言いつつムシャムシャ頬張っている。かわいくない奴だが、私のカレーをおいしく食べてくれているのは何だかんだ言って嬉しい。


「何よ、素直じゃないおたまね。せっかく話を聞いてあげようと思ったのに」


「俺はおたまじゃない! 付喪神というりっぱな名前があるんだ!」


「でも、元々はおたまだったんでしょう? 自分のルーツにプライド持ちなさいよ?」


「う、うるせー! こんなちっぽけなおたまなんてと内心バカにしてるんだろう! 人間の考えることなんてお見通しだぜ!」


「何言ってんのよ? おたまがなくちゃこのカレーだってよそれなかったのよ? これでも料理人の端くれですもの、感謝こそすれバカにするわけないじゃない?」


「そうじゃ。それに元々付喪神という存在も、長年慣れ親しんだ道具に対する感謝の心から生まれたもんじゃろ。物を大事にする人間ならバカになんてせんよ」


私に続いてカゲロウもそう声をかけた。ご飯をおいしそうに食べるだけでみんなから温かい視線を受けられるとは思ってなかったらしい。おたま妖怪は、そそくさと食べ終わると顔を赤くしたまま立ち上がった。


「お前ら、覚えてろよー! 今度の日曜日、調理中に油に引火してここが火事になるそうだから定休日にした方がいいぞ! これで契約は履行したからな!」


そして、千円札を投げつけると、逃げるように店から出て行った。


「ちょっと、今の何? もしかしてあれが伝言だったの?」


「今度の日曜日火事になると言ったわね? どうしてそんなことが分かるの?」


私たちは呆気に取られて、その場に立ち尽くしていた。唯一カゲロウだけが、何やらじっと考え込むような真剣な表情になっている。


「影郎どうしたの? あなた何か知ってるの?」


「伝言、と言っとったな。一人だけそんなことを言いそうな奴を知っている」


「おい、それってもしかして……」


口を開きかけたバクさんをカゲロウが手で制した。


「今説明したところでましろを混乱させるだけじゃろう。後で話すことにしよう。それより、今度の日曜日は、あいつの忠告通り休業にしよう。何も起こらなければ万々歳、事故が起きてからでは遅い」


「ちょっと、どういうことなのよ!」


私はたまらなくなって声を上げたが、カゲロウは難しそうな顔を崩さなかった。


「悪い、ましろ。今度の日曜が過ぎたら説明するからそれまで待ってくれ。なに、心配することはなにもない。ただ、わしも何から話せばいいか分からんだけじゃ」


カゲロウはそれだけ言うと口をつぐんでしまった。この後私がいくら尋ねても今は待っとれしか言わなくなった。


最後までお読みいただきありがとうございます。

「この先どうなるの?」「面白かった!」「続きが読みたい!」という場合は、☆の評価をしてくださると幸いです。

☆5~☆1までどれでもいいので、ご自由にお願いします。


更にブックマーク、いいね、感想もいただけたら恐悦至極に存じます。

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