第15話 困った時の助っ人参上!
「影郎! 遅かったぞ! お前がいない間に大変なことがあったんじゃ。なんと、このコン猿、ただの猿ではなかった! 世が世なら陰陽師というのは嘘ではなかったぞ! 今すぐこやつを弟子にして一人前の祓魔師にしろ!」
「フツマシ? それは元々西洋の言葉じゃろ? それより何があったんじゃ? 店内にただならぬ気配が残ってるが、わしがいない間にあやかしの襲来があったのか?」
「そのまさかだよ! 下級の付喪神ではあったが、俺とポン太では太刀打ちできなかった。それをこの人間が、ぽいと店の外につまみ出したんだ! そのこと自体すごいが、こやつちっとも慌てなかった。この俺を見ても驚かないなんてどう考えてもおかしい。何か裏があるに違いないぞ」
初めての夜間営業は、思いも寄らぬ結果になった。初日ということでお客さんが少なかったのは幸いと言えるかもしれない。結局あの後、店を開ける気になれず早めに店じまいした。
でもまさか、招かれざる客まで来てしまうとは。後になって戻って来たカゲロウに、ポン太とバクさんは興奮気味に説明をした。
「だからわしがいないとよからぬことが起きると心配したんじゃ。ほれみい。用心棒の役割が理解できたじゃろ」
「今はそれどころじゃない! おい、コン猿、お前は何者じゃ? どうしてあのあやかしを成敗できたんじゃ?」
「待ってくださいよ! 僕の方だって疑問だらけですよ! そもそもあなたたちこそ何者なんですか?」
私は、佐藤さんに洗いざらい打ち明けた。あやかしが居座っている定食屋なんて信じてもらえないのが普通だが、この異常事態でも平然としていられた佐藤さんなら大丈夫だろうと思った。そして、次はこちらが尋ねる番だ。
「佐藤さんこそ、この状況にパニックにならなかったのが不思議でなりません。それだけでなく、付喪神を退治してくれたんですから。陰陽師の家系とか、実は山伏修行をしたことがあるとか、そんな事情があるんですか?」
「いいえ、何もないです。ただの社会保険労務士の卵です」
佐藤さんは、何食わぬ顔でケロッと答えた。
「うそじゃ! そんなお堅い職業が付喪神と対峙できるわけがなかろう! 真実を吐け! 吐くのじゃ!」
「そうだ! 人型を解いた俺を見ても一切動じないなんておかしいじゃないか!」
「本当に何もないですよ! ただ、小学生の頃にホラーにはまって、怪談や幽霊話を読み漁った経験があります。だから付喪神というのも聞いたことがあって。子供の頃は信じていたから、本当にいたんだとちょっぴり感動しました。でも、見た目はすごいけど、余り強くなさそうでしたね。これなら自分でもなんとかできそうかなと思い、出て行ってもらいました。獏も本当に存在したんですね。夢ってどんな味がするんですか?」
「だから、その時点で普通じゃないと言ってるんだよ! 何平然としていられるんだよ! 絶対何かあるって!」
「佐藤さん、本当に何もないの? 本当は前世が安倍晴明とか? 何か隠してるんじゃないの?」
私たちに質問攻めにされた佐藤さんは、すっかり狼狽していた。本当は、危ないところを助けてくれたお礼をしたいのだが、こちらも興奮していてそれどころではない。
「ましろさんまで! もう勘弁してくださいよ! 自分でもどうして慌てなかったのか分からないんです。確かに言われてみれば変ですよね? でもその瞬間は、ちっとも怖くなかった。何だ、こいつチンケじゃないかとしか思いませんでした。後になってじわじわ来ますね。一体何だったんでしょう?」
カゲロウは、腫れぼったいまぶたをしばたかせながら、しばしの間佐藤さんをじっと見ていた。私はおやと思ったが、疑問が口をついて出る前に、彼の方が先に話し出した。
「おぬし、下の名は何と申す?」
「拓海と言います」
またしばしの沈黙。やがて、カゲロウが再び話し始めた。
「まあ、こやつも分からんと言っとるから、何を聞いても無駄じゃろ。そのうちおいおい分かってくるんじゃないか? それより、付喪神は何のためにやって来たんかのう?」
「この土地は呪われてるとか前に言ってたじゃない? そのせいなんじゃないの?」
「三下の癖にわしがいなくなった隙を見計らって来るなんてタイミングがよすぎる。黒幕がいるとは考えられんかのう?」
「はあ? 黒幕? なんでそう言う話になるのよ?」
私は、カゲロウの突拍子もない発想に、素っ頓狂な声を上げたが、ポン太とバクさんは何かを察したようにはっと息を飲んだ。
「カゲロウ、それってどういう……?」
「まあ、今のはただの思いつきじゃ。いずれにせよ、わしの術に太刀打ちできるもんはおらんじゃろ」
「ねえ、前から薄々思ってたけど、あんたたち何か隠してない?」
私が目を細めてにらみつけると、ポン太とバクさんはたじたじとなって冷や汗をかいた。
「何を言っとるのじゃ? ましろは変に疑り深くてかなわんのう!」
「お、おう! 俺たちを逆さまにしたところで何にも出てこないぜ!」
「あんたたち分かりやすすぎるのよ!」
もっと二人を詰問してもよかったのだが、このタイミングで佐藤さんが話題を変えた。
「とにかくましろさん。今後の対策を考えなければなりません。カゲロウさんは夜は都合悪いんでしょう? これじゃしばらく夜間営業はできませんよ」
「そうね……どうしましょう……そうだ! 私に言い考えがあるわ! カゲロウと遜色ない力を持つ人を知ってる!」
「ましろ……まさか、あやつを呼ぶのか?」
何かを察したカゲロウが眉をしかめる。彼も私の考えていることが分かったようだ。
「そのまさかよ。カゲロウ、あなたもいつまでも逃げてばかりいないで真正面から向き合いなさいよ」
私はフフンとカゲロウに笑って見せた。
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「というわけで今日からよろしくお願いしまーす」
翌日、寿寿亭には満面の笑みをたたえたおとはさんがいた。げっそりした顔でがっくりうなだれるカゲロウと実に対照的である。
「どうやってましろと連絡とっていたんじゃ? そうタイミングよく現れるなんておかしかろう?」
「おとはさんはずっとこの辺に身を潜めていたのよ。私からの連絡をいつでも受けられるように」
「おぬしら結託しとったのか……これだからおなごは怖い。おとは、今風の言い方で言うと、ストーカーと言うらしいぞ?」
「何とでも言いなさいよ。別に取って食うわけじゃないのに、店にも入れない方がおかしいのよ? この私から本当に逃げられるとでも思ったの?」
「だから! そういうところが怖いと言っとるんじゃろう!」
カゲロウとおとはさんが初めて二人で話すところを見たが、熟年夫婦の雰囲気がぷんぷんする。見た目は若い二人だが、実際は長生きしているから自然とそうなるのも仕方ないだろう。
「こうして見ると、それなりに仲良さそうに見えるんだけど、カゲロウは何を恐れてるの?」
「あらーましろちゃんよく分かるじゃない! さすがお千代さんのお孫さんねー!」
「こやつの本性をましろは知らないだけじゃー! おとははな、本気出したらこんな程度じゃ済まないんじゃぞ!」
美人なおとはさんは、笑顔もきれいだが、この笑顔の裏にはどんな般若顔が隠れているのか。初対面のあの剣幕を思い出してちょっと怖くなった。
「まあ、わしの抜けた穴を埋めるためにせいぜい励めよ。それだけ大口を叩いてるんじゃから」
カゲロウは、ぷいと顔を背けてすげなく言ったが、開始早々、おとはさんは手柄を上げることになったのである。
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