第13話 ハンバーグは加熱しろ
そりゃ私だって、「おいしいから」とか「この店のハンバーグは一流店にも劣らない」とか言われたら有頂天になりますよ。毎度毎度ハンバーグ定食ばかりだから少しは期待しちゃいますよ。それが何ですか? 「火が通ってるから」って身も蓋もない理由は?
「わーっ! ましろ、こらえろ! 火加減は大事じゃないか! 生肉なんて出したら人間は確実に腹壊すぞ!」
「そうだ、逆に考えるんだ。この店は、衛生管理や基本的なところがしっかりしている店だと言外に言われたようなもんだ! 味が良くても生焼けじゃ元も子もないぞ!」
「こら! 他の客がいないからいいようなものの、客相手にキレたらまずかろうもん! もう来てもらえなくなるぞ!」
あやかしたちが必死に取り押さえようとするが、私の怒りは治まらなかった。
「こういう時って普通味を褒めるもんでしょ! なのに、火加減、火加減って! レアとかミディアムの次元じゃなくて、ハンバーグなら普通はウェルダンなのよ!」
「それが、実際は違うんです。ハンバーグなのにレアの店がごまんとあって。肉の鮮度に自信あるのかもしれませんが、こちらとしては本当に信じていいのか心配になってしまって。それに、ハンバーグはちゃんと火を通してる方が肉汁がじゅわっとあふれておいしいと思うんですよ」
「こら! この場面で追い打ちかける奴がいるか! おぬしも黙れ!」
佐藤さんも佐藤さんでどこか抜けたところのある人である。ポン太が思わず突っ込みを入れてしまうほどだ。
「悪かったですね! 肉の鮮度に自信がなくて!」
「それはいくらなんでも曲解しすぎというもんじゃないか? こやつがかわいそうじゃ。そうだ。この機会に聞いてしまおう。おぬし、本当はカキフライがいいのにと言っとったらしいな? あれはどういうことじゃ?」
カゲロウが機転を利かせて、一番疑問だったことを代わりに聞いてくれた。そうだ、これが本題だったのだ。私は、頭にカーッと血が上っていてすっかり忘れていた。
「ああ……そのことですか。いや、別に大した理由じゃないんですが、僕、叔父がやってる社会保険労務士事務所に勤めてまして、労務士の資格を取ろうと思ってたんです。ある時、せっかくだからゲン担ぎにトンカツを食べようと思って、偶然この店に入ったんですが」
「ん? 千代ちゃんの頃からトンカツはうちではやってないぞ」
「そうなんです。定食屋だからてっきりあると思ったのになかった。その時偶然、仕事の知り合いがお店に来てて、その話をしたんです。そしたら店のおばさんが『ゲン担ぎしたいならカキフライがあるよ』と言ってくれて」
「なんでカキフライがゲン担ぎになるんじゃ?」
「何でも『カキーンとホームラン』だからカキフライとか言ってましたね。いくら何でもこじつけがひどいと思ったんですが、おばさんが威勢よく笑いながら言うので、こっちもその気になって頼みました」
私はそれを聞いてズコーとこけそうになった。あんなに謎だったカキフライの真相がそんなあっけないものだったなんて。おばあちゃんが言いそうなことではあるが。カキーンとホームランってダジャレじゃないか! 拍子抜けした私は呆気に取られていた。
「でもおいしかったんですよ、カキフライ。外はサクッと中はとろっとしてて。揚げ物にこういう表現が正しいのか分かりませんがカキのエキスがじゅわっと出てジューシーでした。それであのカキフライがまた食べたくなったんです。今度は最初から『カキーンとホームラン』を打つつもりで」
「あれ、もしかして試験はおちたんか?」
「お恥ずかしながらその通りで。『カキーンとフライ』になってしまったんですね。カキフライだけに」
「またダジャレかよ!」
「でも、あの時のおばさんはいなくなってしまったし、カキフライもなくなってしまった。正直最初は寂しい気持ちの方が強かったです。でも、偶然頼んだハンバーグがおいしかったので、そのまま通い続けてます。僕、いつも同じものを食べてしまう癖があるので」
「ふんだ。さっきは火が通ってるからとか言ってたくせに。調子がいいわね」
「えっ? もちろんおいしいですよ!? ただ、それだと月並みな感想だから特別な理由を考えた方がいいかなと思って。あれ、もしかして本気で怒らせてしまいましたか? それはすいませんでした!」
「どうやら、こやつなかなかの抜け作というか、ちとズレとるぞ?」
ポン太がこっそりバクさんに耳打ちしているのが聞こえる。
「こういうこと言っちゃうと言い訳にしか聞こえないと思うんですが……でも、こういう定食屋って、特別すごくおいしい必要はないと思うんですよ? 例えば、チェーン店の味って、すごくおいしいわけじゃないじゃありませんか。良くも悪くも普通、みたいな。でも客は、わざわざ当たり障りのない味を求めてチェーン店に足を運ぶ。特別おいしいものって食べるにも気を使ったり、身構えたりするところあるから、特別な日ならいいけど、忙しくてとりあえず空腹を満たしたい時は、逆にそれが心理的なハードルになったりするんです。こういう店は、チェーン店に近いところを目指す方がいいんじゃないかなあって……いっぱい食べられて、それなりに手頃な値段で、家庭の味に近くて、どこかホッとするような……」
褒めてくれたつもりなんだろうが、言われた方はちょっと複雑だ。でも何となく分かる気がする。どこかホッとする……もしかして、おばあちゃんがそんな存在だったのだろうか。
「そういや千代ちゃんは、厨房にいながらも、『いらっしゃいませ』と『ありがとうございました』は欠かしたことなかったな。ドアがガラガラ開くタイミングで言ってたんだろう」
私はまだそこまで気を配る余裕がない。でも、厨房の奥から声をかけられたらお客さんは悪い気がしないだろう。でも、本当にそんなことが効果あるのか?
「まあ、全体的な空気を作るうちの一環だな。それだけで客足が伸びるなんてのは絵空事じゃろ。それに、お前とお千代さんは違うからな。若いおなごが店主を務めていると知ったら、悪い虫も寄って来るかもしれんの」
「もしかして僕、そんな風に思われてました?」
佐藤さんがびっくりして声を上げる。彼がそんな人じゃないというのは分かっているけど。
「そんなことは考えてなかったから心配しないでください。それより、こちらの方が佐藤さんのことは気になってました」
「あれ、僕名乗りましたっけ? よくご存じですね」
「ああ、これはほら……常連の方から偶然聞いたんです。祖母がやっていた頃から客足が完全に戻らないから、原因探しをしていたんです。佐藤さんのケースがヒントになるかなあと思ったんですけど」
「それなら、やはりあのおばさんでなくなったことが影響しているかもしれませんよ。この店と一体化してましたから。あの空気感を求めて来店した人は少なくないかもしれない。いわば、自分のキャラもまるごとブランド化していたというか。お孫さんの代になって、今度は若い方が店主になったので、その辺まだ完全に一致してないのかも」
なんだなんだ? 佐藤さんなかなかマニアックなことを言うな? 何だかんだ言ってさっきから佐藤さんのユニークな意見を拝聴して、私はある考えが頭に浮かんだ。
「ねえ、佐藤さん。コンサルというかアドバイザーというか、客の観点からアドバイスみたいなものを今後も聞いていいですか? 報酬と呼べるものは出せないけど、常連特権で時々カキフライ作りますよ?」
「そういや先日も言ってたが、コン猿とはいかなる獣じゃ?」
「カゲロウ、余計な口を挟まないでよ! 後で説明するから!」
「コンサルですか? そんな大それたことはできませんが、ささやかなアドバイスぐらいなら気軽にできますよ?」
佐藤さんは戸惑いながらもOKしてくれた。どうしてこんな結論になったんだ? というのは、最早みんな忘れていたが、まあ結果オーライということでいいや。
「それでいいんです! てなわけで、今度からはハンバーグ以外のメニューも頼んでくださいね!」
これで一件落着、なのかな? やけにほっとしたのは、おばあちゃんの新しいエピソードが聞けたからかもしれなかった。
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