第12話 口は災いの元
もうあの三白眼のお客さんは来ないだろう。いつもハンバーグ定食ばかり食べているのを私が本人に暴露してしまったからだ。自分のせいで一人のお客を失う羽目に陥り、私は悔やんでも悔やみきれなかった。これでカキフライの謎を考える必要はなくなっただろうと、いい方向に考えようともしたが、やはり後悔してしまう。
それなのに。彼はまたうちに来てくれた。
「ちょっと、これはましろのハンバーグがよほどおいしいと見えるぞ。カキフライがよかったとは一体何だったんじゃ。あやつの考えてることが全く分からん」
ポン太は首をひねりながら不思議そうに言っていたが、私も同意見である。確かにお客さんにおいしいご飯を提供したい気持ちはあるが、ここまで気に入ってくれるとは、何か特別なものがあるんじゃないかと疑ってしまう。
「もしかしてましろ目当てかもよ。ほら、若いおなご目当てで来る客ってたまにいるだろ?」
「若いおなごならここにもおるぞ。オラだって『ぴちぴちぎゃる』じゃ」
「お前の感覚と語彙は昭和で止まってるんだよ」
「なに? わしが用心棒をしてるというのに、そんな不埒者が紛れ込んだのか。由々しき事態じゃ、これは捨ておけん」
「ちょっと待ってよ。別にそうと決まったわけではないし、何にもして来ないんだから別に構わないわよ。それに、あなた用心棒って言ってるけど何をしているの? いつもの席で酒をちびちび飲んでるだけじゃないの?」
「これだから素人は。わしが陰でどれだけ邪を祓っているか分からんのか?」
「分かるわけないでしょう!」
あやかしたちとこんなやり取りをしている間にも、三白眼の彼は、黙々とハンバーグ定食を平らげ、食後は長居することもなく帰って行った。まるで、こないだの気まずいやり取りなど最初からなかったかのように。
「何か気になるなあ。カキフライの謎。どうして彼は、カキフライのメニューがなくなった後もハンバーグを食べにうちにやって来るんだろう? 簡単に教えてくれる方法ないかなあ? 仲良くならないと無理かなあ?」
しかし、ヒントは意外なところからやって来た。うちの常連の一人である柴崎さんが、例の彼に話しかけているのを見たのだ。どうやら、顔見知りらしく彼も軽く挨拶している。話の内容は他愛もないようだったが、彼を知る人物がうちの客の中にいたというのがまず驚きだった。そこで、さりげなく柴崎さんに話を聞いてみようと思った。
「柴崎さんいつもありがとうございます! さっき、別のお客さんと会話してましたが、彼何者なんですか?」
どうも私は、人から話を聞くのがとても不得手らしい。余りにストレートすぎる質問に、周りで聞いていたあやかしたちは、あちゃーというリアクションをとった。柴崎さんも、めをぱちくりさせて驚いている。これはやっちまったか?
「なに、ましろちゃん、佐藤さんが気になるの?」
何と、彼の名は佐藤さんというのか。名前ゲット!
「いえ、そういうわけじゃないんですが、いつもハンバーグ定食を頼んでいかれるので、ついつい覚えちゃったんですよねー」
しまった。またやっちまった。全然関係のない柴崎さんにハンバーグ定食の話はしなくてよかった。どこかでネタにされるかもしれない。私はすっかり焦ってあわあわとなってしまった。しかし、柴崎さんは、そんな私の内心に気付くことなく、アハハと笑っただけだった。
「そうなんだ。他のごはんもおいしいのになあ! 彼、ひよこ社会保険労務士事務所の営業で、定期的にやって来るんだよ。うち以外にも仕事取ってるみたいで、よくこの辺に来てるから、そのついでにここで食べて行くんじゃないの?」
何と。これは貴重な証言が得られた。ひよこ社会保険労務士事務所と言えば、お堅い職業のはずなのに、ふざけたネーミングセンスのせいで、この近所ではそこそこ知られていた。もっとも、仕事ぶりは普通で、ただ名前がふざけているだけなのだが。確かにあの三白眼と髪をセンター分けにした感じは、堅物な青年のイメージである。
「なんだ、営業なんかやっとるのか。つまらんのう、現代は。世が世なら陰陽師や山伏に適性あるのに。先日も密かに術をかけてみたが、まったく口を割らんかった。二度目だからこっちも本気出したのに、わしの本気に逆らうとは、かなり才能ある奴なんじゃが」
「ちょっと! いつの間に何やってたのよ! 勝手にサラリーマンを陰陽師にしないでよ!」
カゲロウは、何もしてない振りをして術をかけることができるらしく、また知らぬ間に何かやっていたらしい。本当にとんでもない奴だ。
「こうなったらましろ、本人から直接聞くしかないんじゃないのか? オラが聞いてやろうか? ましろは下手だから」
「正論過ぎてぐうの音も出ません。でも、もう一回自分で聞いてみる。というか、こないだあけすけなことを言ってしまったのを謝りたいから」
というわけで、佐藤さんが来るのを待つことにした。すると不思議なもので、しばらく彼は店に姿を現わさなくなった。どうして意識し始めると、逆に来なくなるのだろう。理由は分からないが、往々にしてこのようなことは起きる。
「ああ、やっぱりポンちゃんに頼もうかなあ。今度こそ地雷を踏みぬいて二度と来てくれなくなるかも」
「今頃言っても遅い。女にゃ二言はないぞ! 自分で聞いてみい!」
そんなことを言ってるうち、10日ほどしてから佐藤さんはやって来た。別に彼のことを何とも思ってないのに、私はやった! と内心喜んだ。これでカキフライとハンバーグの真相を聞ける!
私は、彼がレジに向かったタイミングで、調理の手を止め話しかけた。
「あの、先日は失礼いたしました。あれに懲りずに来てくださって嬉しいです」
「は? 何のことですか?」
佐藤さんは目をぱちくりさせて言った。
「いつも同じメニューを頼んでいるって話のことです。本当は、うちのハンバーグを気に入ってくれてありがとうと伝えたかったんですが、失礼な言い方になっちゃったなと思って」
「なんだ、そのことですか。確かにちょっと恥ずかしかったけど……別に気にしてませんよ」
「そうですか、よかった。ついでなんですが、うちのハンバーグのどこが気に入っているか聞いてもいいですか? 今後の参考にしたいんです。ぜひお願いします」
佐藤さんの本命がカキフライ定食であることは知っていたが、いきなり本題から入るのではなくて、別のところから攻めてみようと思ったのだ。佐藤さんは、少し考えてから答えた。
「いやあ……単純にハンバーグが好きなんですよ。ここのはよく火が通ってるし。最近よくあるでしょ『生ハンバーグ』というやつ。ひき肉が赤いの。あれ受け付けなくて。だってステーキのような塊肉なら、表面だけ火を入れればいいですけど、ひき肉はミンチにした時点でまんべんなく菌汚染されているでしょ。だからちゃんと中まで火を通さないといけない。合いびき肉なら尚更です。なのに、日本人の生信仰ってなんでしょうね? 肉でもなんでも生を好む。むしろ火を通した方がうまい食べ物は山ほどあるのに、野菜も収穫したばかりのやつを、生のまま畑でがぶりとやる人多いし、豚肉や鶏肉ですら血のしたたるレアを提供する店もある。あれ訳分かんないですよ。あれ、どうしました?」
佐藤さんは、私がぷるぷる震えているのにやっと気づいたようである。
「おいしいとか、おふくろの味にそっくりとか、そんな理由じゃなくてただ単純に『火が通ってる』だけかー!!!」
私の叫び声は、狭い店内に響き渡った。
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