第11話 カキフライの謎を追え!
さて、カゲロウとおとはさんの関係は膠着したまま、時間だけがいたずらに過ぎた。私も何とかしてやりたいとは思うのだが、いかんせん、決定打が思いつかない。カゲロウは何を言ってものらりくらり交わすだけだし、いい加減な奴に見えて実際頑固者であるというのが最近分かって来た。そんな訳で、彼女には申し訳ないと思いつつ何もできない日々が続いた。
そんなある日、ポン太が少し気まずそうに私のところに来てこう言って来た。
「のう……ましろに言おうかどうかずっと迷っていたんじゃがの、週に何度か来る若いサラリーマン風のあんちゃんいるじゃろ? ほら、前髪分けて眼鏡かけていつもハンバーグ定食頼む神経質そうな三白眼の? カゲロウの術を使って本音を聞きだしたんじゃがの、『俺は本当はカキフライ定食が食べたいんだ、あれを復活してくれ』と言ってるんじゃ。仕方ないからハンバーグ定食を頼んでるけど、この店の味ではないんだと。そのうち、そろそろ通うのやめようかなとか言い出したからこうしてお前に報告したんじゃが……」
ポン太の評価は散々だが、確かにそのお客さんなら覚えている。彼を見るといつものハンバーグ定食ねとすぐに分かるくらい、いつも同じメニューを頼んでいるからなのだが。なんと、本命は、メニュー刷新で廃止したカキフライ定食だったとは。すっかり私のハンバーグを気に入ってくれたかとばかり思っていた。
「えええ……そんなあ。一人のためにカキフライ定食は復活できないわよ? ハンバーグじゃ満足してくれないのかなあ?」
「今度また来たら、ましろが直接聞いてみればどうじゃろ? 詳しいことを教えてくれるかもしれんぞ?」
お客さんと直接話すのか……一瞬躊躇したが、客の顔を見ないことには客商売とは言えないだろう。開店してから今まで、客あしらいはポン太とバクさんに任せきりだった。注文をさばくので精いっぱいだったのだ。
でも、そもそも店長というのは店全体を見回して全体を統括しないといけない。お客さんの反応を直接見聞きすべき立場なのだ。そう思った私は、ポン太の提案を了承することにした。
「ほんじゃ、今度その客が来たら呼ぶからのー」
とは言え、もう見切り付けて来なくなる可能性もあったが、数日後、そのお客さんはまたやって来て、またハンバーグ定食を頼んだ。カキフライ定食がなくなって内心不満なんだろうが、愛想をつかさずよく足繁く通ってきてくれるものだ。人は、一度決めた習慣を変えるのがストレスに感じる生き物だと聞いたことがあるので、この人もまた一から新しい店を新規開拓するのが面倒くさいとか、いろいろ事情があるのだろうと解釈した。ポン太からの目配せを受けた私は、調理の手をいったん止め、レジで精算を済ませたそのお客さんのところへ向かった。
「あの、いつもありがとうございます。何かご要望あったら気軽におっしゃってください」
相手の男性は、いきなり話しかけられて明らかに戸惑っているようだった。ポン太の言った通り、一重まぶたで切れ長の目をしているせいか、それだけで神経質そうな印象がある。
店長が厨房の奥からやって来るのは普通じゃないから、びっくりさせてしまったかもしれない。これでも、警戒心を抱かせないようににこやかに言ったつもりなのだが、もしかしてしくじっただろうか?
「あ、あの、いつもハンバーグ定食注文してくれてますよね? どういうところが気に入っているか今後の参考のために教えてくれませんか?」
私はここまで言ったところで、しまったと思った。相手は明らかに引いた反応をしている。確かに、自分が何を注文しているかなんて、店の人間が把握しているのは知りたくないだろう。「あーこいつまたハンバーグ定食だよ」なんて思われるんじゃないかとか、余計な心配を抱かせたに違いない。確かに思ってるけど。でもそういうのは、できれば知らずにいたいよね。私もそうだから分かる。
お互い気まずい雰囲気になって沈黙してしまった。周りにいたポン太やバクさんもあわあわしている。と、その時、相手の男性がはっと顔を上げて、突然饒舌に話し始めた。
「ハンバーグ定食は言わば次善策で……本当はカキフライ定食がよかったんですけどなくなってしまったので」
いきなり相手がぺらぺらと喋り出したから私はえっと驚いてしまった。会話が止まってしまったのをカゲロウが気付いて、密かに真実を喋る術をかけたのだろう。そう思いカゲロウの方に目を向けたが、既に彼は何食わぬ顔でお酒を飲んでいる。全く、どのタイミングで術をかけたのだろう。全く切れ目を感じなかった。
「おばあちゃんの……祖母がやっていた頃はカキフライ定食あったんですけど、私の代になってからメニューを減らしてしまったんです、ごめんなさい……でも、余裕が出てきたらまた考えますので……何なら期間限定メニューでも」
「え? ええ……」
男性は、私の返答を聞いて、自分が正直に喋ってしまったことに気付いたようだ。
「祖母の元で働いたことはないので、一からやり直しなんです。だから、祖母の味から色々変わっていると思います。私も前の味をよく覚えてないので、再現しきれてないところも多くて……もし、お気づきの点があれば教えてください。客足が元に戻るように工夫したいんです。積極的に改良しますので」
私は食い気味に男性に話しかけた。それくらい、真剣にお客様の声を聞きたいと思ったのだが。
「あのー、別に今のままで結構です。そんなわがまま言いませんので。すいません失礼します」
あれ? あれあれー!? 突然、男性は明らかに避けるような様子で無理に会話を切り上げて、そそくさと店を出て行ってしまった。カゲロウの術の効果が切れてしまったのだろうか?
「あいつ、ひとりでにべらべら喋ってしまったことに気付いたようじゃな。ああ見えて、なかなか察しが良い」
店が終わってから、カゲロウがそう言った。察しがいいとはどういう意味なのだろうか?
「人間の中には、わしらの術がかかりにくい者もいるんじゃよ。そのような者は、昔だったら陰陽師や山伏などの才能があるとされて来たが、今は別にどうってことないがの」
「ましろの聞き方も悪かったんだぞー。真正面から質問するもんだから簡単に悟られてしまったではないか。オラはもっとうまくやってるんだぞ」
ポン太にまで責められるほど、私はしくじってしまったのだろうか。よく分からず首をひねる。
「つまり、さっきのお客さんは、何か異変に気付いて途中で心を閉ざしてしまったっていうこと? それじゃ話がよく分からないじゃない?」
「だから、どうしてカキフライ定食がいいのかという肝心な理由は不明じゃ。一度ああなると、二度目は効きにくい。自力で聞き出すんじゃな」
そんなあ。私は何だか悔しい気分になって唇をかんだ。
「別に一人の客に固執しなくてもいいじゃないか。ハンバーグ定食を気に入ってくれたんならこれからもそれ目当てに通ってくれるんだろう? それで十分だと俺は思うんだが?」
「何となく気になるのよ。カキフライが良かったのにどうしてハンバーグを食べに来るのか。カキフライのどこが良かったのか。そこにカギがあるような気がする。確かにバクさんの言う通り、一人の客の一意見に過ぎないんだけど」
「ましろは研究熱心だなあ。千代ちゃんはその辺もっとおおらかというか、いい加減だったけど千代ちゃんファンは多かったよ。俺もその一人で、ファンが高じて働くようになっちまったけどな。あの客も千代ちゃんファンクラブの一人だったりして」
なんと、おばあちゃんはああ見えて男性キラーだったのだろうか。私には引き継がれなかったモテモテぶりにちょっと妬いてしまったのであった。
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