第10話 塩むすびがつなぐ縁
「なんだ、わしのいないところで勝手な約束しても知らんぞ。おとはとは金輪際会うつもりはないからな!」
さっき外でおとはさんと交わした会話をカゲロウに報告したところ、このようなすげない答えが返って来た。
「おばあちゃんが生きていた頃は会ってくれたのにって言ってたわよ。ひどいじゃない、急に態度をころっと変えるなんて」
「それは、何かあってもお千代さんならどうにかしてくれるという安心感があったからじゃ。お前じゃ信用できん。ここでわしとおとはが喧嘩したら、その威力だけでこのぼろ店が吹っ飛ぶぞ」
「ちょっと! 私に対しても失礼ね! 確かにおばあちゃんよりは年の功はないけど、でもその孫なんだから少しは信用してよ!」
「血縁関係だけで信用できるか、たわけが」
ムキーとなる私を、ポン太とバクさんが懸命に止めた。
「まあまあ、男女のことは当人同士しか分からんこともあるじゃろ。そうましろが介入せんでもええんでないか?」
「そうだよ。確かにこの店内で二人が喧嘩なんてしたら崩壊するのはあり得ない話じゃないぞ。それくらい強いからな」
「それでも、ひたすら追いかけているおとはさん見てたら可哀想になっちゃって。カゲロウが薄情に見えちゃう」
「お前の目にはそう見えるかもしれんが、二人にしか分からない事情があるんじゃろ。確かにおとはは気性が荒いから、影郎の気持ちも分からんではない」
同じ女としておとはさんに同情してしまうので、女の子の格好をしているポン太がそう言うのが私は納得できなかった。いや、ポン太の本当の性別は私にも分からない、そう言えば今まで考えたことがなかったな。
「もうごちゃごちゃ言うのやめーい。とにかくおとはの話は十分じゃ。せっかくの酒がまずくなる」
カゲロウはそう言うと、元のカウンター席に戻り、ぬか漬けをポリポリ食べ始めた。
結局彼を説得するのは失敗に終わった。それから数日後、このままおとはさんに会うのは気まずいなと思いながら仕事をしていたある日、店の近所で、ガードレールに寄りかかってスマホをいじっている彼女に遭遇した。喫煙よりはマシかもしれないが、これでも十分怪しまれてしまうだろう。近所の人には彼女の姿は見えていないのだろうか。ついそんなことを気にしてしまう。
「ああ、ましろちゃん。こないだ注意されたから、今度は文明の利器を手にしてみたんだけど、どう? これなら周囲に溶け込んでるかしら?」
そう言っておとはさんは、どや顔でスマホを水戸黄門の印籠のように前にかざした。うーん、道端でスマホいじってる人って、まあ皆無ではないけど……と私は答えに窮してしまった。
「どうでしょうねえ……それより、カゲロウを説得したけど駄目でした。私はおばあちゃんみたいに信用されていないみたいで。お役に立てず申し訳ありません」
そう言って素直に頭を下げた。気性が荒いと言われるおとはさんだと怒られるかなと思い下手に出たのだが、意外にも彼女は平静に受け止めた。
「まあ、そんなところだろうと思ったわ。それでも一応話はしといてくれたのね。ありがとう」
「あの、本当にごめんなさい。カゲロウもすごく頑固なんで、てこずりました」
「うん、分かってる。あいつそう言う奴だから。大変だったでしょう」
改めてそう言われると、更に申し訳ない気持ちになってしまう。急に彼女がかわいそうに思えてしまって、私はせめて自分でもできることを探した。
「あの、すいません。ちょっと店に行きます。すぐ戻って来るので待っててください」
そう言うと、小走りで店に戻り、目当てのものをラップにくるんで、また彼女のところへ行った。
「はい、これ。まだ試作品なんですけど食べてください」
「なに? これ?」
「見ての通りおにぎりです。具も入ってない塩むすびなんですけど、酢と油を少量入れて炊くとおいしいんですって。SNSで見つけて真似したんです。こういうのすぐ試したくなっちゃって」
おとはさんは怪訝な顔をしたが食べてくれた。一口、二口、しばらくそのまま黙って口を動かしていたが、三口食べたところで口を開いた。
「ああこれおいしい。素朴な味なのに飽きが来ない。つい何口でもいけちゃう。ごはんもつやつやしてるし、塩気もちょうどいいし、身に染みるわね」
「ありがとうございます。これに加え、付け合わせに出しているお味噌汁とぬか漬けを組み合わせて『お値打ちランチ』として300円で売る案を思いついたんですけど、どう思います? しっかり食べる時間がない人や、小食の人にも受けるかなって」
「そうね。でもあなたの店って結構がっつり系の定食屋でしょう? それだとちょっと方向性が違うかな……」
なんと、おとはさんから具体的なアドバイスをいただけるとは思ってなかった。塩むすびを持って来たのは、単純に彼女を励ましたかったからである。しかも、なかなか鋭い視点を持った意見に、私はびっくりした。
「そうか……確かにそうですよね。短時間で済めば回転率も上がるかなと思ったんですが、連れの人が普通の定食頼んでいたら同じですものね。難しいな」
「でも色々可能性にチャレンジするのは悪いことではないわ。お千代さんの方針をそのままやるだけでなく、自分でも色々考えてるのね」
「ええ。下手に変えても元のイメージを損なうだけだと思うんですが、2割くらいは新しいことやってもいいかなと思ったんです。まだ経営が軌道に乗ったわけじゃないから、まずはいいリズムを作ることが優先ですが」
「そうね。足元を固めることが大事よね。これだけだと寂しいから、ウインナーと卵焼きを付けて値段を上げて売るのはどう? 『お弁当定食』みたいな。栄養バランス的にもいいし、他のメニューとの整合性も取れるかも?」
やだ、もしかしておとはさん頼りになる? 自ら用心棒と称して飲んだくれている旦那よりしっかりしてそうである。私はますます、カゲロウが彼女を毛嫌いする理由が分からなくなった。
「おとはさんうちのコンサルになってくださいよ。今いるスタッフ、余り食に関心ないのか無頓着で」
「えええ……『こんさる』ってなんのこと? これくらいの助言ならいつでもしてあげるわよ。影郎の結界が張り巡らされているから店の中に入るのは無理だけど。あいつったらこういうところで実力発揮しなくていいのに、全く」
スマホを持っている人がコンサルの意味も分からないのが面白いが、どうせだからインターネット検索してみればいいのに。もしかしてただの一般人カモフラージュ? 私は、頭にたくさん浮かんだハテナマークを無視して、引き続きカゲロウを説得しますと言っておいた。
店内に戻り、またカゲロウにおとはさんの話題を振ってみる。
「あやつがそう言ったのか? 確かに食べるのは元々好きじゃったのう。人間に染まるからたくさん食べるのは控えろと言ったのに、食への興味が尽きないみたいで。好奇心旺盛な奴なんじゃ。確か、アイスクリームを初めて食べたのもおとはとだったな。デパートの食堂で食ったんじゃ。当時はまだハイカラで珍しかった」
「あら、そんな時期もあったんじゃない」
「いつの話だと思っとるんじゃ。昭和の始めごろじゃ。昔のデパートは遊園地みたいな感覚じゃった。あの頃は楽しかったな」
カゲロウは懐かしそうな眼をしながら語っていた。思い出話をするカゲロウは優しそうな顔になる。それなのにおとはさんに会いたがらないというのはどんな事情があるのだろうか。私はますます訳が分からなくなった。
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