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この世界の常識

「お嬢様…」


隣で、シエラの咎めるような視線とぶつかる。彼女にはソフィアの考えなどお見通しのようである。


「そうですね。初代様の親族は貴族となり、王室方の手助けをする形式が出来上がったと言われています」


教師は顔色一つ変えず、眼鏡をクイッと持ち上げた。


「それなのに、どうして平民達がこの学院にいるのでしょう。魔力を扱えないのなら、学ぶ必要はないでしょう?」


令嬢は後ろの席で固まっている複数の生徒達に嫌味な視線を送った。

それに同調するように周囲の貴族令嬢達も悪意の笑い声をあげる。

けれど、向けられた本人たちは肩をすくめるだけで、言い返さない。

ゲーム内に設定されたソフィアのように、教師も冷たい言葉を吐くあの令嬢に注意一つしない。

記憶が戻る前のソフィアもマニエルが理不尽な扱いを受けている場面に何度も遭遇した。

あの時は何もしなかった。けれど、今は違う。


こういう雰囲気は前世でイジメられていた頃を思い出す。

虫唾が走るわ。

弱いからとか、言い返さないから何をやってもいいのだとアイツらは見下しているのだ。

あの時はそれに気づかなかった。ただ、過ぎ去るのを待っているだけの弱い女の子だった。

それももう過ぎ去った過去だわ。

ソフィアは最初にこの会話を始めた令嬢を見据えた。


「おやめなさい。彼女らも魔力が高いからこの場にいるのでしょう。それを咎めるのは女神アビステア様をけがすのと同じだと思わないのですか」


この場で最も立場が上なのはソフィアなのだ。彼女がこの話題の発信者たる令嬢の意見に賛同しない以上、誰も反論しない。


「そうですわね。フフッ!」


無難にソフィアに媚びを売るのだ。思惑が外れて、手を挙げた令嬢は悔しそうに俯いていた。

それでも彼女には何もすることはできない。貴族という肩書に誇りを持っていたとしても、階級制度はしっかり認識しているのだ。

安易な言葉を口にするから、恥をかく事になったのだ。これでしばらく大人しくなるはず…。

私が平民出身者の学生を庇うとは誰も思っていなかっただろうけれど…。


助け船を出したつもりであるが、嫌味の矛先を向けられていた生徒達ですらソフィアの言動は理解できないようで困惑している。後で何かされるのではないかとビクつかれているのではとすら思える。


私って本当に信用されてないのね。

まあ、どっちでもいいわ。

この授業が終われば、自由に動けるのだから。



「本当に行くんですか?」


鼻を手で押さえてシエラは辺りを見渡した。


「ちゃんと授業を受けて、放課後まで待ったのだからいいでしょう」


ソフィアは早歩きで街を闊歩していた。マニエルの死を目撃した時はそれどころではなかったが、あの場所やその周辺があまり治安がいいわけではないと言う事は分かっていた。

だから、柄の無いブラウンのワンピースにどこにでもありそうな黒のコートを着込んでいるのだ。

これらはシエラの私服だ。ソフィアの物はどれも高価なのだ。

それだけでカモだと思われてしまう。


シエラは主であるソフィアが安い服を着る事を拒んだが、その泣き顔に弱い事も知っていた。

そうして、首尾よく服を調達したソフィアはここに来たのだ。

確かにそこは先日来た時よりも悪臭が立ち込めていた。表通りでこれなら裏通りはもっときついはずだ。これもマゴス復活が近い兆しだろう。


「ですが、お嬢様…殺された少女とそれほど親しかったのですね。私は知りませんでした…」


シエラにとっては何気ない言葉のはずだ。気遣ってくれているのが分かる。

しかし、ソフィアにとっては胸が抉られる響きだ。マニエルという少女との思い出はイジメの瞬間に立ち会ったという事ぐらいなのだ。

すぐそばに目的の人物がいたと言うのに、かつての私はどこまでも使えないバカだ。

今でもあまり変わらないのも悲しい。


「いえ…」


結局、言葉を濁してやり過ごすしか対処方法を知らない。


「あそこね」


人形のように動かなくなった少女の姿と重なる。

しかし、すでにそこは何もない路地だ。

血の跡も何もない。彼女とつながる物など何も感じられない。

行き場を失った人たちのたまり場でしかないのだ。

そこには普通の人は絶対に立ち寄らない空気が満ちている。



『治安の悪い地区にいたんでしょ』



今朝話していた少女達の言葉が繰り返されてくる。確かに、マニエルはどうしてこんな場所に来ていたのだろう。

学院から歩いてこられる距離ではある。表通りなら私を含め、多くの学生達も利用しているとは言え、路地に入る者は少ない。

それは平民身分の人々も同じだ。特に年ごろの少女が好んで来るはずはない。

薄暗いそこはもはや血の跡すらかき消されていた。

前世で好きだった刑事ドラマ「所轄署三係」の名シーン。



『捜査の鉄則は現場に戻れ』を真似したが、あまり役には立たなかった。



「やっぱりドラマのようにはいかないわよね」


ソフィアは思わずため息をついた。そもそも、世界観からして違うのだからしょうがない。

何より、前世でも今世でも特段、頭がいい設定はなされていないのだ。


そんな時、ソフィアの視界の溝に何かが光った。そっと近づき、それを拾い上げる。

シルバー色のチェーンだ。しかもそこには24本の線によってまるで檻のように収められた黒薔薇が刻印されている。


「それはマゴス信仰の象徴では?早く捨ててしまいましょう」


シエラは明らかに気分を害しているようだった。

確かに、この模様はこの国では忌み嫌われるシンボルだ。

もし、身に着けていれば即捕まるだろう。

だが、ここにはマニエルの優しい魔力が残っている。

彼女が長い間持っていた証拠だ。


どうしてヒロインである彼女がこれを?


疑問が膨らんでいく。

思わず唸るソフィアの背後で物音がした。


振り返ると身なりの悪い男が嘗め回すようにソフィア達を品定めしていた。

嫌らしい視線だ。こういう奴が出没するから普通の人間は足を踏み入れない。


「これは上玉だな。お二人さん。俺と遊ばないかい?」


絵にかいたような悪者のセリフを男は口にした。


「お嬢様、おさがりください。ここは私が…」


シエラは慣れた手つきでスカートをまくり上げようとした。

その下に隠されたナイフを取り出そうとしているのだ。だが、ソフィアはそれを止めた。

腕のリングが小刻みに振動を起こしている。


この聖女の遺物は目の前の男から発せられる邪力の気配を感じ取っていた。


「無駄よ。彼は闇の陣営に落ちている。普通の武器じゃ効果はないでしょうね」


淡々と語るソフィア。男の目は怪しい赤色をおびている。こういう連中が最近本当に増えてきていた。この国には彼らを浄化できる魔力の系統を持つ術者を保有してはいる。だが、そのほとんどは貴族が独占している。街にまで手が回らないのだろう。

ソフィアはリングに手を添わせた。彼女の周囲に白い膜が生成され、男に向かって、光の粒子となって突き刺さる。その衝撃で、男は苦しそうにもがき、気絶した。


「お嬢様、今のうちに…」


シエラは主の手を取り、逃げようとする。

だが、ソフィアは男の前に膝をつき、申し訳なさそうにうつむいた。


「ごめんなさい…」


本来の持ち主である聖女が身に付ければ、このブレスレットはきっと奇跡を起こしただろう。

彼の事だって、苦しませずに聖なる魔力の名のもとにその意識を呼び戻せたはずだ。

しかし、聖女には程遠いソフィアでは一時的にマゴスの力を弱める事ぐらいしかできないのだ。


「ああっ…あっ!」


人間とは思えない声に振り返れば、目の前で伸びている男よりも症状の重い中年の男がこちらに迫っていた。すでに人格は崩壊しているのだろう。

奇声をあげていた。


参ったわね。今、ブレスレットの力を使ってしまったわ。

これほど強烈な邪力を帯びた者に私の力で対処できるのか。不安がよぎった。


「お嬢様、私が足止めしておくので行ってください」


「そんな事できるわけないでしょ!」


すでに臨戦態勢のシエラの背中を眺めながら、彼女を巻き込んでしまった事を後悔した。

こんな事なら一人で来ればよかった。どれほど危険な場所かぐらいわかっていたのに…。


私はやっぱり、無力だわ。

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