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一難去ってまた…

首都を騒がせる失踪事件の手がかりは消えた馬車だけだ。

その痕跡を垣間見ただけで今回は上々なのかもしれない。


本当はこんな事している暇はないのに。

マニエルの件の手がかりの方が正直最優先。

本当はそんな風に思ってはいけないのにね。


「ありがとう。送ってくださって…」

「これぐらいはさせてくれ。美しい女性を夜道で一人歩かせるわけにはいかないからな」

「あら、顔に似合わず口がうまいですわね。でも、言葉通り受け取っておきますわ」


学院の前まで送ってくれたサイに軽口を叩けば、彼は愉快そうに微笑む。


「マサト君は?」

「もう、落ち着いている。心配しなくていい」

「そうですか。よかった…」

「アンタに頼まれた件も、早いうちにやるよ。銀の月にかけて必ずな」

「そこまで、大層に考えなくてもよろしいですわよ」

「いいや。それぐらいの事はさせてくれ。アンタは命の恩人だからな」


彼は街の住むすべての人が大切なのね。こういう人は信用できるけれど、同時に命を落としやすい。


「ではよろしくお願いします」


しかし、それを指摘できるほど、ソフィアは彼と仲良くない。

何より、私の方がこの世界が消えるのは早いかもしれないのだから。


サイに良い夢をと思いながら、ソフィアは自室へと向かった。

幸い、静まり返る学院でとがめる者と出くわしはせず、寮の廊下を歩むに至る。


今日はゆっくり眠れるだろう。

そう思っていたのだけれど…。


シエラの寝室がどうしても気になった。

彼女の顔色が悪かったのももちろんそうなのだけれど、何か得体の知れない動悸が湧き上がってくる。かつてのソフィアなら間違いなく、気づかなった微妙な空気の変化。


「シエラ?起きてる?」


何気なく、扉の前で呼びかけても返事はなかった。


「入るわよ」


開け放たれた室内に熱風で充満していた。

最後にこの部屋を出た数時間前とは明らかに違う。


「うっ…!」

「シエラ?」


シエラのうめき声が聞こえるのに視界は靄がかかったように薄暗い。

彼女の体を覆い隠すかのように不気味なツルが伸びている。

かなり濃い邪力を帯びながら…。


入口のすぐそばに破れたお香袋が転がっていた。

ソフィアはそれを拾い上げ、匂いを嗅ぐとここ最近シエラが纏っていた香りがかすかに漂ってくる。


「これは聖なる魔力の香り?」


邪力の効果を鎮める浄化水特有の匂いだと気づく。この手の物は巷には広まっていない。

ほとんどは貴族が買い占めているからだ。


そんな物をどうしてシエラが?


“私の物に…”――

“嫌!私はお母様とは違う”――


相反する言葉がツルを通じて、部屋にこだまする。


「シエラ?どこにいるの?」


呼びかけても彼女の返事は帰ってこない。


あの子の調子が悪くなっていたのはマゴスの邪力に汚染されたからなの?

近くにいたのにどうして気づけなかったのかしら?

聖女のブレスレットを思わず触っても答えは湧いてこない。


所詮、私はまがい物。身近にいる人に忍び寄る闇すら見逃してしまう。


ソフィアはラ・ルチェ・ガンに手を伸ばした。

ついさっき、街で聖女の遺物の力を使ってしまった。今夜、放てる力は後一発が限度だろう。


もう何度と味わった鉄の味が舌の上を這いあがっていく。


この身に似つかわしくない聖女が残した聖遺物を数えられないほど乱用している。その代償を支払うのはそう遠くないかもしれない。もしかしたら、マニエルの件が片付く前に命は終わってしまうかも…。

そんな考えがよぎった。


あの子の死を受け入れてたから、この人生は彼女のために使うと決めた癖に…。

他の人のために力を使っている方が多いと実感している。


そして、今もそうだ。


でも、仕方がないじゃない。シエラも大切な子なの。前世が蘇る前の哀れな私にずっと寄り添ってくれた優しい子。


彼女は今、邪力のツルの中へと消えている。

放っておけるわけないのよ。


そんな言い訳を何度も自分に言い聞かせて、怪しい紫のオーラを放つツルの中心へと銃口を構える。


「キャアッ!」


思わず飛び出した声色に我ながら驚く。思っていた以上に甲高い。

ツルの一つが足に絡みつき、宙づりになる。他のツルたちもまるで、意識があるようにソフィアの体にまとわりついていく。頭頂部に血液がたまっていくのが分かった。

それでもソフィアは冷静だった。

おばあ様から与えられた苦痛に比べれば、こんな物、子供の遊びだわ。


何より、C級エロの定番みたいなシーンを私が味わうはめになるとは人生何があるか分からない。

一体誰得なのよ。可憐なマニエルならまだしも…。

彼女が器用に動くツルの餌食なる想像をして、罪悪感が募っていく。

まあ、悪役令嬢がひどい目にあうのに謎の快楽を味わう人間もいるのだろうけれど、その当事者になる気はさらさらない。そんな感想を抱きつつ、視線はターゲットからそらさなかった。


これでも、初めて銃を撃つわけではないのだ。


「大きな的を提供してくれるなんて、ありがたいわ」


そんな軽口を叩きながら、心臓に、腕に力を込める。

渾身の集中力で作った魔力の玉は予想通り、中心部へと食い込む。


一瞬のうちに部屋中を覆っていたツルが姿を消した。

ソフィアはベッドの上へと叩きつけられる。


間近にシエラの顔が迫る。その瞳は硬く閉じられ、意識はない。


ソフィアはかすむ意識に反抗するようにその手を彼女に延ばす。

無事を確かめるように…。


「シエラ…」


喉の奥が何かに引っ掛かったようにかすれる。


全く、今日はなんて日よ…。


ソフィアは大切な侍女の声を聞く前に意識を手放したのであった。

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