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珍しい組み合わせ

「何をしていらっしゃるの?」


ソフィアはごく自然に池の前に立つ弟に声をかけた。

夜の校内を照らす光は少ないが、出くわしたくない姉の登場に弟は明らかに不機嫌そうな顔をした。その事にソフィアは気づかないふりをして微笑んだ。

そんな姉の態度にこの青年がますます機嫌が悪くなることを分かっていながら…。


一つ年下のミルトンに話しかけたのはいつぶりだろう。昔は兄妹仲は良かった。しかし、ソフィアが聖女指導を受け始めてからは屋敷で顔を合わせても口を利かなくなった。

かつてのソフィアはミルトンに複雑な感情を抱いていた。

おばあ様はミルトンには優しい人だった。絵にかいたような祖母と孫。


ソフィアは毎日、過酷な環境の中に身を置く事を強制されているのに、弟は伸び伸びとした環境で家庭教師や仲間達と笑い合っているのがたまらなく腹がたった。

だから、ソフィアはミルトンが大切にしていたぬいぐりみを取り上げたりと小さな意地悪をするようになった。最初の頃はソフィアが有利だったが、背を抜かれてからは、いじわるをする変わりに口を利かなくなった。それでも、弟だ。こんな夜更けに校内をうろついていれば、興味も湧く。


「アンタこそ…」


“姉さん”と呼んでくれない事に今更ながら寂しくなる。しかし、それも仕方がない。


「散歩よ」


ソフィアは一歩後ろで頭を下げるシエラに視線を移した。これで、公爵令嬢が侍女を連れて夜の散歩に出ていると言われてもなんの不思議もない。


「で、そっちは?先生と何をしてらしたの?」


ソフィアは黒髪の長身の男性を見やった。カール・タイディという人物は細身の体と長い髪に褐色の肌を持っていた。その容姿は異国の人を思わせる雰囲気がある。

この国の司祭が着用する白いローブを身にまとったその姿は神の使いと言われても信じそうになる。


「友達?笑わせるなよ。せっかく、散歩しながら、明日のスピーチ課題を練っていたのに、この男と鉢合わせするなんて…」

心底嫌そうにミルトンはカールを睨んでいた。

「こらこら。仮にも教師の私に向かって、この男呼ばわりとは…。それに、いくら校内と言えど、夜出歩くのはいかがなものかと思いますよ」


けれど、カールは優雅な物腰で笑っている。

さすがは多くの司祭を輩出してきたタイディ家に連なる者。どこまでも達観した雰囲気だ。


「お前だって、夜に出歩いてるくせに…」


「私は授業の採点の帰りですよ。ミルトン君とは違ってね」


言葉遣いは丁寧なのに、なぜか、相手を責めているような気にさせられる。

その視線はねっとりとしていて、相手を見下しているように演出しているようだ。

静かに相手をディスっている雰囲気ともいえる。


そんなカールの様子にミルトンの表情はますます険しくなる。

そういえば、ゲーム内でもこの二人は仲が悪かった。理由までは覚えていないが、彼らのルートはどっちに転んでもマニエルとの三角関係に突入して、乱闘騒動にまで発展する。

しかし、目の前で繰り広げられている会話はまるで年の離れた兄弟のやり取りのような感覚も覚える。


なぜだろう?


記憶を手繰り寄せて思い出したのはこの二人は最終的にはマニエルの仲裁で和解するという事だ。

その仲直りの印に彼女からお揃いのペンダントをもらうというイベントがあった気がする。

確か、そのトップには可愛らしいイルカの模様が施されていたはず…。


雲にかかった月が出現して、夜の校内が明るく照らされる。

二人の青年の胸元にまさにイメージしていたイルカが輝いていた。


「あっ…それ」


思わずミルトンの胸元を指さす。

慌てたような、それでていて、マズイ物でも見つかったように弟はオドオドし始める。


そんなに怯えなくたっていいのに…。


いや、まあ、過去に彼にやった事を思えば、責められないか。


「別に取ったりしないわよ」


弟が気にいっていた人形やお菓子を取り上げた幼い頃のソフィアを思い出して、申し訳ない気持ちになる。その姉の様子に何かを感じとったのかもしれない、


「えっ!ああ…」


と気のない返事でミルトンは答えた。


まだゲームは序盤だと思い込んでいたが、結構、進んでいたのかもしれない。

この二人がすでに和解しているのなら、ここにも示し合わせていたのではないかと思った。

ソフィアがそんな風に推測していた事にカールは何を勘違いしたのか、


「これは生徒からの贈り物なんですよ。ソフィア嬢…」


と弁明してきた。当然、マニエルからもらった物なのだから、真実を述べただけなのだろうが、なぜか、言い訳に聞こえてしまう。


「知っています」


「おや?」


何を知っているのかとカールは疑惑の表情を見せた。


マズイ…。


ペンダントの件はマニエルとミルトン、そしてカールの三人だけの秘密なのだ。


物語をかき回す役割のソフィアが事情を知っているのは普通に考えておかしい。

今度はソフィアが冷や汗をかく番だった。


ゲーム内のイベントを知っていたばかりに思わず返事をしてしまったわ。


おそらく、この世界でもマニエルが彼らに送ったのだろう。


私が覚えているゲームの時系列と明らかに違うのは気になるけれど。


そういえば、この場所ってマニエルがカール先生とミルトンに初めて出会う池だったはず…。


あれ?それってどんなシーンだったっけ?


ド忘れしたのは中身の年齢のせいか、それとも私の実力不足のせいか。


ここで悩んでも仕方がないわよね。

でも二人がマニエルとの思い出で重要視されるこの場所にいるって事は…考えられるのは一つしかない。


「亡くなった女子生徒を想ってここにいらしたの?」


「なぜ、それを…お前、マニエルに何かしたんじゃ!」


ミルトンはソフィアに掴みかある勢いだった。

言い訳しても下手に勘違いされると思って、彼女の名前を出してみたが、逆効果だったかもしれない。しかし、口に出した言葉を消す事はできない。

ソフィアはこの場をどうやっておさめるのか考えなければならないのに、あまりいい考えは浮かんでこなかった。

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