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vol_2 魔王ちゃんたちの幸せのカタチ。




 魔王様が封印され、この世界からいなくなってしまわれてから数百年……。

 この世界はにっくき勇者がもたらした平和と希望に満ちていた。


「はふはふはふっ!……美味しいぃ~このでっかいお肉さいこうだよ~!」

「ふふふっ……もうアシュちゃんったらほっぺいっぱいに頬張って」

『………………』


 悪の教団の構成員として産まれ生きてきた私にとって、今の希望に満ち溢れた世の中は地獄と同じ!

 ……なのだが、目の前でこんなにも可愛らしいお二人のイチャイチャを見守る壁として生きられるのであれば、平和な世の中も悪くないと思っている。


 だけど問題なのは、この可愛らしい少女お二人は、数百年前魔王と呼ばれていたということ。教団としては蘇った魔王様に世界征服なり何なり悪の限りを尽くしてほしい所なのだが……。


「……あら、どうされました?先程から難しいお顔で……食事も進んでいないようですね。食欲、……無いですか?」

『うわわっ……だから壁に話しかけないでくださいって』

「召喚士ちゃん、また変なこと言ってるー」

「……まったく……仕方ありませんね~」


 壁として気配を消していた私に話しかけてきたのはサカラだった。その隣でほっぺたいっぱいに食べ物を入れたアシュラが呆れた視線を送ってくる。

 何かと世話好きなサカラは、腹ペコ魔王アシュラの姉のような存在で、私の事も何かと気にしてくれる、とても魔王様とは思えない慈愛の女神様のような存在だ。

 確かアシュラ寄りにテーブルを囲んでいたはずなのだけど、今は私の隣にぴったりとくっついて座っていて、顔を両手で挟まれる。


『……え?ちょっと、何を……』

「あら、壁さんはおしゃべりも出来るんですねぇ?……お口があるのでしたら、食事もちゃんと取ってくれますか?」

『っ、と、取ります、取りますっ!……う、し、心配してくださってありがとうございます。……えっと、アシュラの食べっぷりを見てたらお腹いっぱいになっちゃって……ですね』


 とりあえず言い訳をしてサカラから離れようとするけど、もっと強く両手で顔を挟まれ身動きが取れない。


「ふぐ?ふぉうらの!?なら召喚士ちゃんの分もいーっぱい食べるからね!」

「あ、こら、ダメですよ?アシュちゃん。めっ!……召喚士様?あなたは人間なのですから、ちゃんと召し上がってください」

『むぐぅ、サファファ』


 最近ずっとこんな騒がしい日常に身を置いている。

 世が世なら、私は魔王様のお気に入り、下っ端構成員から魔王様の小間使いと大出世コース?なのだけど……。

 その実は、つい先日魔王様が封印されているという祠の掃除中に封印石と呼ばれていたそれにホウキを振り下ろしてしまったのが原因なのである。数百年前の魔王伝説、その魔王様を崇めるオカルト教団員ではあるけれど、正直ただの作り話だと思っていた。だからこんな場所にわざわざ掃除に行かせる教団に日頃の鬱憤が溜まりすぎて魔が差してしまったのだ。

 お二人は私のことを封印された祠からこの世界に呼び戻した召喚士だと思っているみたいだけど、本当はそんな力、一欠片もない。でも本当のことを言ったら魔王様に殺されてしまっても文句は言えないので黙っている。

 ……私はただのオカルト教団員であり、少女二人のイチャイチャを見守るだけの壁なのに。


「……さ、召喚士様の分はわたくしがお皿に取ってあげますね」

「私の分もあげるよ?召喚士ちゃんっ!」


 今、一緒にテーブルを囲み微笑ましく食事をしている二人の少女。

 平和な世の中で、この目の前にいる少女たちが魔王様だと言って信じる者は誰一人としていないだろう。いやむしろ私が頭おかしいと言われボコられて留置所パターンだ。こんな可愛い子たちを捕まえて騙して何してるんだ、って。


『……はぁ……何で私なんだろ……』


 そもそも何の力も持ってないオカルト教団員の私がなんで?こういうのって不思議な力を宿した誰かがやることでしょ!?

 そしてそんなうっかり事故で魔王が蘇った、なんて話を教団が信じてくれるはずもなく……。支部への報告はしたものの、しばらく休暇を取ってはどうか、とりあえず戻ってこい、としか書いてなかった。……いや、私だってこんな可愛らしいお二人が魔王様だなんて信じられないけどさ、でも話を聞く限りお二人は嘘を言ってない。

 ……その強さを目の当たりにしたわけじゃないけれど、冒険者協会の一件を聞くとお二人は本当にお強いみたいだし。

 ならば連れて帰って、直接その目で確かめてもらえばいいだけの話。お二人が本物の魔王様だと分かれば、教団もこのお二人を丁重にもてなしてくれるだろう。……お二人といるのは楽しいけど、この幸せに慣れてしまったら、もう今までのように教団の広報ボッチ活動なんて出来なくなってしまう。

 ……それに、どうせ二人とは別れの日が来るんだし……。


「……ねぇねぇサカラちゃん。召喚士ちゃん全然話聞いてないけど」

「もぉ……困った方ですね。……召喚士様?はい、あ~ん」

『…………んぇ?』


 ふと気付くと、隣に座る魔王様、サカラが私に肉片を乗せたフォークを向けていた。そして目の前にアシュラが山盛りにしたお皿がドンと置かれている。


『……わ、私は大丈夫ですから、お二人で食べてください』

「はい、あーん」

『え、だから』

「あーん」

『ぅ……あー……ん』


 押しの強いサカラの微笑みに負かされた形で口を開けると、ジューシーな肉片が口の中で弾けた。


『んんっ!……おいひいれふ』

「ふふっ。ではこちらも、はい、あーん」

『だ、……大丈夫です。後は自分で食べられますから』

「ダメです。……召喚士様は先程から上の空でわたくし達の話を聞いていませんでした。……ですから、これはその罰です♪」

「そーだよ、ちゃんと話を聞かない子にはお仕置きなんだよ?召喚士ちゃん」


 いやこれ、むしろご褒美な気がするけど……。

 この定食屋は言わずもがな、私たちだけで利用しているわけではない。おまえ美少女に何させてんだ、何様だ?というどこぞの冒険者グループからの痛い程の視線を感じていた。

 今までボッチ飯を食べていた時、あの人たちから向けられていた憐れむような視線……。それが今は羨む視線と憎しみのこもった視線に変わっている。

 まぁ……気分は良いけど、後が怖いかな……。


『あ、あの、サカラ……もう大丈夫、』

「ちゃんとお野菜も食べてくださいね?はい、お口開けて?」

『っ、周りの視線が……その、……ですね』

「……召喚士様はわたくしとアシュちゃんのことだけ見ていればいいのでは?……それとも魔王命令、してほしいですか?」


 耳打ちされて、思わず悶える。一気に顔が熱くなってサカラに背中を向けてしまうと、クスクスとからかうような笑い声が聞こえた。

 見た目の年齢で言えばだいぶ年下のこのお二人にからかわれる私……うぅ、また私を見る周りの目が冷たく、白くなりそうだ。


「しょーかんしちゃ~ん。ほらほら、早く食べてー」


 名前を呼ばれて振り向くと、今度はアシュラにマッシュポテトをスプーンで口に運ばれ、私は恥ずかしさに耐えながら口を開いた。


「……はい、よく出来ました」

「えらいね、召喚士ちゃん」


 ……何だろう……この生温い世界は……。思わず涙がこぼれそうになって、グッと堪えた。恥ずかしさを紛らわすように目の前のパンにかじりつくと、やっとお二人が安心してくれる。


「それで?召喚士様は何に頭を悩ませていたのですか?」

「召喚士ちゃんの悩みは私たちの悩みだよっ?」

『……だっ……大丈夫です……』


 消え入るような声で答えると、お二人がテーブルに前のめりになって私の顔を覗き込んでくる。


「……召喚士様?内緒はダメです」

『ぅ……』

「……はぐはぐはぐっ」

「……もうアシュちゃんったら、召喚士様の分まで。……ごめんなさい。お詫びにわたくしが……」


 言いかけて止まるから気になってサカラを見ると、その可愛らしい印象の中にある魔性、とても大人びた視線で見つめられてドキッとする。何も言えないまま見つめ返すことしか出来ない。顔が熱くなって顔を逸らすと、耳元でサカラの声が聞こえた。


「……なーんでも、してあげます」

『…………なん、……でも?』

「ええ。召喚士様は……わたくしに何をしてほしいですか?」


 熱い視線、……というか、人間を闇に落とすような惑わす光。小さな欲望をいくつも持つただの人なら、一瞬で飲み込まれてしまうような、……そんな危うい眼光を目にして、彼女はただ可愛らしいだけの人ではないと思い直す。


『…………して、……ほしいです……』

「なんです?可愛らしい召喚士様」

『……魔王様に、世界征服してほしいですっ……!』


 テーブルの上で両手をギュッと握り目をつぶって恐る恐る口にした。

 ……私のような下っ端が畏れ多いことを……!

 そして静かになったテーブルで、ゆっくりと目を開けるとこちらを見ているお二人と目が合う。その表情はとても私の言葉に賛同しているとは思えなかった。


「……サカラちゃん、召喚士ちゃんにそれ以外あると思ってるの?」

「むっ……これでもわたくし、少しは召喚士様に好かれていると自覚しておりましたのに」

「それサカラちゃんだけじゃないし。私だって召喚士ちゃんに好かれてる自信あるもん!」

「……はい?アシュちゃん、わたくしが一番であることをお忘れなく」

「はぁ!?私が一番だよっ!ね?召喚士ちゃんっ!」

『えっ、ちょっと何故お二人が喧嘩を!?』


 急に喧嘩を始める二人に驚いていると、そのうち血走った眼がこちらを向く。


「……召喚士様?してほしいのはどちらです?もちろんわたくし――」

「――もっちろん、私だよね?!」


 ぐいっと顔を近付けてくるお二人に悪いとは思いつつも、私は自分の気持ちを口にする。


『え?い、いえ、正直お二人に頼むのは忍びないので。……私はお二人じゃない魔王様でも……』

「「っ!?」」


 ……だって、お二人はどう見ても、こっち側ではありませんし。

 先程までの優しい眼差しが一瞬で瞳の光が無くなる。お二人の可愛らしいお顔が急にあの伝説の魔物、ドラゴンのような威圧感と大気を震わす波動が、小柄なお二人から漏れ、一瞬でここが地獄かと思うような嫌な気配で包まれた。


『なっ、なに、何なのっ……!?』

『おいおいおいっ!この近くに上級モンスターでも現れたのか!?すごい気配だ!』

『ひぃっ……ま、まさか今、騎士団でさえ手を焼いているあの魔物か!?』


 ……いや、ここに居ます。その上級……いえ、究極魔族である魔王様がお二人も。

 慌てふためいているみなさんには悪いと思いつつ、彼女たちの怒りを静める術もなく心の中で謝る。


「……わたくし以外の魔王の方が好み、と。今、そうおっしゃられました?」

『い……いえ、そんなことは一言も……』

「……だめー!絶対だめ!召喚士ちゃんは私のなんだから!」

『……アシュラは食べ物くれる人なら誰でもいいのでは……』


 周りの騒ぎを気にすることもなく、お二人の殺気は増していくばかり。……どうやら私が怒らせてしまったらしい。


「召喚士ちゃんのばかー!」

『……で、ですが、可愛らしいお二人に魔王様なんてやっぱり無理だと思いますし。ですから他に106人?居るのでしたらそちらの魔王様になんとかして頂いて……って、サカラ?顔怖いですよ?せっかくの可愛らしいおか、』

「――召喚士様、浮気は許しませんよ?」


 にこっと微笑んではいるものの、目の奥が笑ってない。その指先で私は言葉を止められ、有無を言わせぬ迫力に口を閉じた。そもそも浮気とは……、その意味を問いたかったけれど、その前に店の外から聞こえてきた叫び声に一斉に振り返る。


『うわぁぁぁぁぁぁ!!ド、ドラゴンだ!』

『……え?ど、どうしてこんな辺境の街にドラゴンが……』


 ギャオォオオオオ……という声が遠くから聞こえてくると、店の中に居た冒険者パーティーが逃げるように外へと出て行った。

 ……もしかして先程みなさんが感じていた殺気って、お二人のことでは無く、ドラゴンの……?私も外の様子を確認する為に店を出ると、大きな影が通り過ぎて行く。


『ギャアアアアアアァアァァァァァ』


 思っていたよりも、ずっと大きかった。

 この大きさは、冒険者協会に依頼されるレベルを超えている。そんじょそこらの冒険者には手に負えないレベル……イコール、この街は滅びる。

 その大きく凶悪な羽根が一羽ばたきするだけで、建物の屋根が飛んでいく、壁が倒れる。息をひとつ吐くだけで、一面が炎で染まる。まさに滅亡……見たかった景色がそこにあった。


 ……夢にまで見た、力、という破壊。

 これなら魔王復活の前兆だ、と人間たちに恐れられるに違いない、とその姿を目で追っていると、雲一つ無かった空から雷撃がドラゴン目掛けて落ちた。


 ドドドドドドーン……。

 大きな振動と音が遅れてやってきた後、悠々と空を飛んでいたドラゴンが街の外れの丘に落ちていく。


『……えっ!?なっ……なんでドラゴンがやられてるんですか!?街が滅ぼされる様が見たかったのに……!』

「……そうはさせません。召喚士様の倫理観はこのわたくしが矯正いたします!」

「街が滅んじゃったら……こーんなに美味しい料理、もう食べられなくなるんだよ!?そんなの許せないよっ!」


 振り返るとその声の主たちが店の中から出てきて、呆然と空を見上げていた私に近付いてくる。


『っ、……くぅっ……!何故……何故あなたたちは魔王なのに、人間たちの味方をっ……!』


 サカラの手のひらに集約した光が霧散していく。

 あんなに大きな竜を一撃で……そんなことが出来るのは、やっぱり魔王様なのだろう。


「っ!……どうしよう、召喚士ちゃんが悪者の手下みたいなこと言ってるよ!?」

「……大丈夫です。わたくしの愛の力で召喚士様の濁りきった目を覚ましてみせますから!」

『……くっ!こ、こうなったら私だけでもっ……!』


 ドラゴンを回復したらなんとかまた滅ぼしてくれるかもしれない。私の持っている薬草でどうにかなるかは分からないけど。


『助けてくれー!!』

『きゃああああ』

「あっ!召喚士ちゃんっ!!」

「……逃がしません……!」


 ちょうどよく街の人間がパニックになって通りを走り去っていく。私はその人間たちに紛れ、二人の前から逃げ出すことに成功した。

 突然現れたドラゴンに成す術もなく、街に常駐している平和ボケした騎士や警官たちはパニックになっている街の人を避難させるだけで精一杯。私は建物の影に身を潜めながら、丘に不時着したドラゴンの元へと急ぐ。


『はぁっ…………はぁっ…………わ、私はっ……私はあなたの味方ですっ……!』


 人類滅亡、世界征服、その心躍る四字熟語に心を傾けてくれる人間はほとんどいない。復活された魔王様でさえ、もうその言葉にも興味を持ってもくださらない……。それなら私は、私だけは悪の道を進むべきっ……!


『……ひぃ……ふぅ、っ…………』


 日頃の運動不足がたたってる。もう目の前に見えているというのにっ……!丘の上には衝撃で土が盛り上がり木々が倒れていた。


『ギャアオォォォ……』

『!……ドラゴン様っ!』


 動けなくなっていたドラゴンの背中からプスプスと煙を上げている。

 あのドラゴンがあの一撃で…………。確かにお二人の強さは魔王級なのかもしれない。……でも、でも、お二人は世界征服なんかより、もっと似合うものがある。それなら私は次なる魔王に匹敵する力を手に入れてみせる……!


『っ、……薬草っ……いや、エリクサーならっ!』


 小瓶を取り出し、煙を上げる傷口に近付くと、肉の焼けた匂いがした。強靭とされるドラゴンの鱗を焼ききるあの雷撃にどれ程の威力があったのか、私が知る限りではないけれど、それより何より今はこの傷をどうにかしないと。傷口が見える場所まで近付くと、小瓶の中身をそこに振りかけた。


『ギャアラァッ!!』

『――っ!?』


 叫ぶことも許されず、吹き飛ばされて地面を転がる。そして木の根っこに背中を打ち付けた。


『ガハッ……ゲホゲホッ……ぐぅ……』


 数十メートル……いや、もっと。私はドラゴンに吹き飛ばされていた。苦しそうに地面でもがくドラゴン、その地響きで私は立つ事もかなわない。バタバタと暴れるドラゴンに何も出来ず、大人しくなるのを待っていると急にその体が光り出した。


『ギャアッ………………』


 声が聞こえた後、シンと静かになる。眩い光が収まり、地響きも何も無くなった後、私は静かに立ち上がり、先程までその大きな躰があった場所へと近付く。


『…………ん?……ど、ドラゴン様……!?』

『……ウゥ……』


 先程まで肉の焼ける匂いがした場所に、裸の人間が横たわっている。そこにあった大きな躰は忽然と消えていた。

 ま……まさか、私はこの手で世界を滅亡しゆる最強モンスタードラゴンを……この世界から消してしまった……とか?それとも魔王様たちのように召喚してしまったとか……。いやいやいや、


『…………あ、あの、』


 ドラゴンと入れ替わりにその場所で横たわる人間に近付くと、その白く綺麗な背中には小さな羽根が生えていた。

 …………え?これは…………。

 一つ、私の頭に浮かんだことは口にせず、体の正面を直視しないように、私は持っていた布で体を包んだ。


『……ウ……ハァ……ハァ……』


 苦しそうな息遣い。……もし仮にこの人がドラゴン……に関わる何かだったとしたら、あの傷で苦しんでいるのかもしれないし。


『……確か痛み止めと……あぁ、もぉっ!吹き飛ばされてるし!』


 さっき一緒に吹き飛ばされた鞄を拾いに行く。そして横たわったままのその人の横に薬を並べた。

 白い背中には火傷のようなただれた傷口。先程のドラゴンの背中から煙を上げていた時の肉が焼けた匂いがしていた。そして苦しそうな顔に手を当てるとこっちが火傷しそうなぐらい額が熱い。先に背中の火傷に塗り薬と包帯を巻いて、身を隠せる場所までその人を連れていくために背中に背負った。

 ……生憎この辺りは、魔王様と出会う前に拠点にしていた場所。街の外れに放置されていた小屋によく寝泊りしていた。街に戻るよりもきっと安全なはずだ、と足を動かした。


 あの質量のドラゴンが忽然と消え、そしてその場所にこの人が倒れていた。……それも背中に小さな羽根つき。

 この事実に基づき、結果をひねり出そうとして脳みそにブレーキが掛かる。……それ以上考えてはだめだ、と。


『……よし、考えるのは後にしよう』

『グゥアァ……』


 ……背中からドラゴンの鳴き声のような声が聞こえたけど。



+++



 魔王様たちと一緒に居るようになって、日の当たる場所、街の中で暮らしていたものの、元々はアンダーグラウンドな人気のない場所の方が私は落ち着く。誰にも見つからないように木々の間を縫うように歩いていると、背中にいる人の腕が私の首に回った。


『……気付きました?聞こえますか?』

『グルルルッ』

『い、痛っ!!』

『……フゥゥゥ……フゥゥッ』


 思い切り首と肩の間を噛まれた後、ジッと動かずに耐えていたら、そのアトをペロペロと舐められる。……どうやら敵対視されることは避けられたらしい。


『き……気が付いて良かった。……とりあえず落ち着く場所まで移動しています。しばらく大人しくしていてください』


 ……返事は無いけど、その代わりにやたら匂いを嗅がれた。……首の辺りや髪の毛まで、その荒い息遣いが耳元で聞こえる。そしてぐいっと押し付けられたやけに柔らかい感触が背中から伝わってきて、色んな意味でドキドキしながら小屋に辿り着く。


『ちょっと待っててくださいね』


 小屋の中は私が生活していた時の物がそのまま置かれていた。その人を椅子の上に下ろした後、服を手に取り頭から被せる。


『……え?女の子……?』


 彼女の体には羽根だけじゃなく、頭に角のようなものも生えていた。

 正面からちゃんと顔を見ると、見た目だけなら、あの魔王様たちよりは年上に見える。それでも私よりは年下だけど。

 長い髪が顔を隠しているけれど、その奥から覗く赤い瞳は宝石のよう。本当にこの女の子が……?しばらく魅入られるように見つめていると、私の首に抱き付いて、さっき噛みついた所をまた舐めていた。


『……うーん……』


 ……こう、目覚めたら最後、世界の全てを燃やし尽くしてくれる……!みたいな事を期待していたんだけど……。これじゃ、大きな子どものようだ。


『……あの……どこか痛い所、あります?』


 通じるかどうか分からないけど、とりあえず話しかけると彼女は舐めるのをやめて顔を上げた。顔を隠す長い髪をかき上げると、赤い瞳を潤ませた彼女の顔が良く見える。


『……美人さんですね』

『ガウァ?』


 途中、汲んだ水を手渡すと、一気にそれを飲み干した。あれだけ熱かった体も熱は下がっているようだし、水の容器に夢中な彼女をそのままに裏手の小川に水を汲みに行く。……そして戻ってくると、床の上でペタンと蹲っている姿が目に入って慌ててそばに寄った。


『……大丈夫ですか!?』


 グウゥゥゥ……

 座り込み、お腹を手で押さえる彼女。……どうやらお腹が空いたらしい。何事も無くホッとしていると、彼女は体を起こし、水の桶から直接顔を突っ込み水を飲んでいた。

 びちゃびちゃになった彼女と床。……冷たくなった服を着せておくわけにもいかず着替えさせようとするけれど、何故か濡れた服が気に入ったらしく着替えさせるのに手間取った。


『……はぁ……今、食事の用意をしますから大人しくしていてくださいね』

『ウアァ……』


 保存食から簡単に食事を作る。……というか、彼女の口に人間の食事が合うかどうか分からないけど。……野生のモンスターを丸焼きにして飲み込んでるイメージだし……ドラゴンって。


『……さぁ、出来ましたよ?』

『……ガウッ』


 匂いは気に入ったのか、お皿に引き寄せられてくる。……益々なんというか……いや、ドラゴン様にそんな失礼なこと思ってはダメだ。傷が治って、またあの素晴らしい体躯に戻ったドラゴン様に世界征服を進言しなくては。


『はぐはぐはぐっ……』

『はいはい、落ち着いて食べてくださいね』


 ……誰かさんを思い出す食べ方だなぁ、と思って見ていると、大皿をそのまま口の中に流して飲み込もうとして、そのまま自分の服にボロボロと落とす。……私はまた彼女を着替えさせなければならないらしい。

 でも染みになるのも気にせず食べたいままに食べる彼女はとても嬉しそうなので、諦めてそのままにすることにした。


『……元気になられたようで何よりです』

『ガウアウ……』


 食べるとすぐ眠りについた彼女を着替えさせ、その背中の包帯も替えようと傷口を見ると綺麗に無くなっていた。……あんなに酷かった火傷が、……傷があった場所の指で撫でると、眠っていた彼女がくすぐったそうに身をよじる。

 ……小さな羽根が自分の意思を持っているかのように動いていて、そして幸せそうな寝顔を浮かべている少女を見つめていると、あの魔王様たちを思い出してしまった。


『……はぁ……私はまた、こんな悪のあの字も知らないような少女に、悪の限りを尽くしてほしい、という願望をぶつけている……』


 所詮自分は自分の願望を誰かに叶えてもらうことを期待しているだけに過ぎない。……それは平和を願って、勇者に魔王を倒してほしいと願う何の力も持たない民衆と同じ。


 この子はもう大丈夫だ。……明日の分の食事を用意して、そしたら私は去ろう。……どうせ支部も本気だと思っていないようだし、このままあの魔王様たちから離れて、これまでと同じくオカルト教団員として各地を回ればいい。

 ……あの可愛らしい魔王様たちに世界征服をお願いするより、ずっといい。彼女たちは人々に好かれる、魔王じゃない、別の職業にだって就けるはずだ。


 その日はあまりに疲れていたのか、気持ち良さそうに眠る彼女を見ていたら、いつの間にか眠っていた。


『ゴァウア』


 次の日、彼女に爪とぎをされて目を覚ます。


『……ふぁ……あぁ、お腹が空いたんですね』


 ……でも食材は無いし、昨日の食事じゃ彼女が満足するには全然足りなかっただろう。私は彼女に大人しくしてるよう言いつけて、食材を探しに街へと向かった。


 ……ドラゴン騒ぎになった街の中は静かで、まだ警戒態勢を敷いているのか避難している人が多い。その中、人のいる食材店を見つけ食料を買い込むと、私はすぐに街を出た。

 ……魔王様たちもどこかへ避難でもしているんだろう。見つからずに買い物を終えられたことにホッとする。


『……さ、早く戻らないと』

「…………あら、どちらにお戻りで?」

『………………』


 背中に冷たい汗が流れた。私は振り返らず、そのままダッシュする。


「……あ!召喚士ちゃんっ!!」

「逃がしませんっ……!」


 背中から聞こえてくる声。振り返った瞬間、捕まる、と思い走るけれど、魔王様に一般人が勝てるはずもなく、秒で捕まった。


『……くっ……私を捕まえても、第二、第三の私が次の魔王様を探し出すはずっ……!』

「……召喚士ちゃん、また悪者の手下っぽいこと言ってる~。っていうか心配したんだからね!」


 観念して地面に座り込み、私を見下ろすお二人を見上げる。アシュラに軽くげんこつされた後、サカラが怖い顔して私の首に顔を寄せた。


「朝帰り……他の女性の匂い……それにこの首筋のアトは……?」

『っ!?……ちょっ、ちがっ、違います!これは、』

「はい♪……ちゃんとわたくしが納得する言い訳を聞かせてくださいね?召喚士様」

『………………』


 やたら笑顔を浮かべるサカラに、もう逃げられない……と悟り、私は説明するよりも彼女を見てもらおうと、街外れの小屋へと向かうのだった。


『ガウアウッ……アウッ』


 小屋に戻ると、目が覚めていたあの子が私に抱き付いてくる。そしてそれを見るなり、サカラが鋭い目つきで私と彼女を見比べた。


『お二人なら分かると思うのですが、彼女は、』

「っ、どなたとの子どもです!?……召喚士様っ……わたくし、信じていたのに……こうなったらあなたも道連れにして、」

『ちょっ、違いますって!』

「サカラちゃん、落ち着いてよ!この子、あのドラゴンだよ!!」


 今にも私の首に手を掛けようとしたサカラがアシュラの言葉で足を止める。そして私に抱き付いている彼女がサカラの手に触れた。


「……はぁ?アシュちゃん、わたくしを騙そうだなんて…………あら?」

「サカラちゃんが思いっきり雷落とすから~……この子、回復に魔力使いすぎちゃったんだよ」

「あらあら、まぁまぁ……ふふふ、取り乱してしまって申し訳ございません」


 やっとサカラが分かってくれたようで、私は首が繋がったような気持ちで深く息を吐いた。

 そして私の腕の中にいた彼女はアシュラが近付くと、私を跳ねのけて抱き付き匂いを嗅いでいる。……うっ……私よりアシュラの方がいいと……。まぁ、そうですよね。


『……ウアゥ』

「……うん、私が魔力分けてあげるね!」


 彼女の言葉がわかるらしいアシュラが話すと、かざされた手のひらから光が放出され、体を包んだ。

 サカラとアシュラの姉妹もいいけど、妹アシュラが角耳の女の子の飼い主っていうのも、また…………。


「……ふふ、大丈夫ですよ?彼女が親離れしたとしても、わたくしが召喚士様のずっとおそばにおりますから」

『……え?だ、ダメですって。サカラはアシュラを取られてヤキモチやいていてほしいんですっ!』

「……む、わたくし、愛しい召喚士様が見ず知らずの方に奪われたのかと心配で仕方なかったというのに……それなのにあなたは、またわたくしとアシュちゃんをくっ付けようとなさっているんですか?」


 グイグイくる彼女から逃げようと後ずさりして、椅子の上に落ちた。座り込んでしまった私がそれ以上後ろに逃げられるはずもなく、いつもなら見下ろす彼女を見上げる。


「……あら、逃げ道が無いですね?召喚士様」


 嬉しそうに顔を寄せて、私の耳元で呟く。

 わ、……私はこんな事でキュンとしない……!むしろサカアシュが盛り上がる為のただの当て馬でありたいっ……!そう思っているのに、サカラの妖しい光が灯る瞳を見ていると、何故か心拍数が上がってしまう。


『我はカルラである!古よりこの大陸の守護者であり、最強の魔……あー!そいつは我の伴侶だ!近付くなっ!』

「……えっ?」


 いきなり目の前のサカラが突き飛ばされた後、目の前に現れたドラゴンちゃんことカルラと名乗った彼女に思い切り抱き付かれた。……骨が折れそうなぐらいに。


『イタタタッ!』

『おまえは我のつがいだろう。何故他の雌とくっついておるのだ!』


 腕の中にいるのは間違いなく、あのドラゴンちゃん。ガウアウ、としか喋らなかった彼女が言葉を話している。……というか、あの甘えん坊なドラゴンちゃんがこんな俺様な話し方をするとは思わず考え込んでしまう。


『ちょっと待ってください。……ダメですよ、そんな話し方をしたら。アシュラと仲良くしたいんでしょう?』

『……なんだ?何を言っておるっ、頭を撫でるなっ!子ども扱いするなっ!我はおまえの何百倍も生きておるのだぞ!』

「ねぇねぇサカラちゃん、話せるようになったよ?カルラちゃん」

「……アシュちゃん、余計なことをしましたね……」

「えぇっ!?なんで、私悪くないじゃん!……元はといえばサカラちゃんが雷落とすから!」

「いいえ、わたくしは一つも悪くありません。……彼女がいきなり街を襲うからです」


 お二人の言い分もごもっとも。……まぁ私としてはそのまま魔王様のお力を見せつけてほしかった所ですが……。


『えーと……カルラ?何故街に降りてきたんですか?』

『……むぅ。我は……我が同胞の怒りのエネルギーを感じ、同胞を助ける為に街へと向かっただけだ。……我は冬眠していたのだが、その悪しき波動で無理矢理目覚めさせられたのだ。……だから我は機嫌が悪い』


 私の首に抱き付きぶら下がるカルラ。……どう見ても年上には見えない彼女をあやしていると、カルラを引き離そうとするアシュラと、それを見つめ不機嫌そうなサカラが目に入る。

 ……そうそう、そうでなくちゃ。いつも仲の良い二人が突然現れた少女がアシュラとばかり仲良くして、面白くないと思っているサカラと些細なことがきっかけで喧嘩になる、でも鈍感アシュラはなかなか気付かずに……、うん、その続き、もっと。


「……同胞……って、もしかして私たちのことかな?」

「はぁ……知りたくありませんでしたが、そのようです」

『……お二人の同胞ということは、カルラも魔王様の一人……?』

『そうだ。我も魔王である。だからおまえは魔王のつがいだ』


 そう言い私の首の後ろに手を回してくる。じゃれついてくる彼女をそのままにしていると、私の頬にキスした後、頬擦りしてきた。……やっぱり大きな子どものようだと頭を撫でるとまた噛みつかれる。


『痛っ!!』

『おまえは生意気だ、腹が空いたぞ!』

「ずるいずるい、私も召喚士ちゃん食べたいよっ!」

『……アシュラは冗談にならないからやめて……』

「……わたくし……今すぐにでも召喚士様に首輪を付けたい気持ちです」

『わ……私はただの壁ですっ!』


 ……それからあの根城にしていた小屋で4人で暮らすことを提案されたけれど、すぐ断った。

 お二人から逃げられなかった現状、やっぱり支部へと向かうしかない。……なのにこの3人の魔王様たちは街から出ることも嫌がった。


『……何で魔王様が3人も揃って、世界征服しないんですか!!』

「えー……だってここの料理美味しいもんっ!おじちゃんもおばちゃんも優しいし!」

『我はここにおまえとの巣を作るつもりだ。縄張りを離れるつもりは無い』

「……はぁ……召喚士様を連れ去ってしまいたい……永遠に二人っきりの世界に……」

『ダメですっ!魔王なんですから、健全に世界征服してくださいっ!……それが嫌なら私たちの教団で崇められてくださいっ!』






おまけ



『……はぁ?我らに世界征服してほしい?』

「うん、召喚士ちゃんはね、世界征服されるのが夢なんだって」

「……はぁ……わたくし召喚士様が不憫でなりません……わたくしがこの手で今すぐにでも人として幸せにして差し上げたいのに……」

『……人間なのに変なやつ。……まぁ、我はあいつがしてほしいって言うなら、やってやらんこともない』

「あ、私もー!世界征服して、召喚士ちゃんハッピーにしちゃうんだもんっ」

「……む、それならわたくしが一番に世界征服して召喚士様と愛を誓います」

『……おい、あいつは我のつがいだと言ってるだろ』

「……あなた、分かってませんね。わたくしとアシュちゃんの方が先に彼女に会っていますし、未来を誓い合った仲です。急に現れたあなたが彼女を伴侶呼ばわりしていいわけがないでしょう?」

「えっ、えっ、……ちょ、ちょっと喧嘩しないでね?この間建物壊して、召喚士ちゃんに怒られたばっかりなんだから~」

「……わたくしが正妻だということをお忘れなく」

『……ぐぬぬぬ、そんなもの関係無いっ!』

「あわわわわっ!!召喚士ちゃ~ん、助けて~!」



『……ん?アシュラが手を振ってる……あぁ、またサカラとカルラがアシュラを取り合ってるんだ。……よし、壁にならなきゃ』




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